勝手に同盟
「リリン、全員殺したよ。次はどうする?」
(もう私たちはこの村には居られません。早く発ちましょう)
「でも、山を超えるのは大変だよ。ご飯はどうするの?」
(私の体は空腹には耐えられます。最悪、ベルが何とかしてくれるんでしょう?」
「ヘヘヘ。なんかリリンに頼られると嬉しいなあ」
私は、ベルから体の主導権を取り返す。
「別に、頼ってるわけじゃありません」
(もう。強がっちゃって。アズヴァルちゃんの加護が無くなったから、もう頼れるのはボクだけのくせに)
それは一応、事実だ。けれど、どうにもおかしい。ベルはまだ体に慣れていないだけ、と言っていたけれど、この程度の魔物だったら、それこそ驚異ではあるけれど、何度か戦ったことがある。
かつてロランド聖王国を滅ぼしかけた伝説の魔王の力が、まさかこの程度なのだろうか。十二聖人一人に足止めされ、たかが数十人の異端審問官相手に、これだけ時間をかけなければ倒せないような……。
ぽつ。と、冷たいものが頬をなでた。空を仰げば、ぽつ、ぽつと、ほんの少しの雨が落ち始めている。
「雨、ですね」
雨は嫌いだ。ジメジメして、寒くて、ひもじくて、母たちとビルが死んだあの日を思い出すから。
その時、何か暖かな気配を感じて、後ろを振り返る。けれど、何もない。なんだろう。この気配は。この予感は。
「ねえ、ベル。何か感じませんか?」
(えー? 特に)
辺りを見回すが、よく分からなかった。嫌なもののようにも感じるけれど、でも、きっとそうじゃない。ベルに似ている。邪悪だけど、温かい。そんな、真っ黒でドロドロして、けれど包み込むような。
けれど、ベルが何も感じないと言うなら、私の勘違いだろう。直感に関しては、私よりベルのほうが絶対に鋭い。
まあ、良いか。
「行きましょうか。少なくともマティア……。十二席は私たちの居場所を把握しています。常に移動し続けて、撹乱しないと」
(でもさ、ボクらが国境を超えることくらい予想つくんじゃない?)
「それでも、国境は広いですから。アンザス山地にさえ入ってしまえば、追うのはかなり難しいはずです」
十分に休養はとった。お腹が膨れるほどご飯も食べた。あまり長居をしすぎても、体を再生した十一席、シモンが追いかけてくるリスクを上げるだけだ。
(まー、ボクはリリンに従うよ。ボクがリリンのものだからね)
私はアンザス山地を見る。夜で、しかも新月だ。その山影はほとんど見えない。雨も少しずつ勢いを増して、それは少し不吉だった。
ミルイから貰った外套、血で汚れてしまったな。
彼女から受けた恩を、まったく返すことが出来ていない。それは心残りだけれど、このままここに残り続けてしまっては、むしろ危険に巻き込むことになってしまう。
行こう。
またきっと、会いましょう。
◆
そのリリンを、木の上に座りながら見つめる人の影。ぶかぶかのローブを着た、薄紅色の髪の少女。
「……いやあ、やっと見つけたっすよ、リリン先輩」
十二聖人、第八席。フォマ・キルシュヴァッサー。けれど、その声は雨音にかき消される。
「さすがリリン先輩っす。魔王を宿してなお、まだ意識が残ってるなんて。はあ……。綺麗だったなあ。リリン先輩はたしかにイノセントなのも良いすけど、やっぱりなってーか、血が似合うっすねえ。耽美で、蠱惑的で……。はあ。駄目だ、なんも手につかん。おいおいシャンとしろ、うち。生産性ないすよ今。さてさて、こっからどうするっすかねえ」
よっ、と声を出しながら、高いところから飛び降りる。まだ雨は弱い。地面から跳ねるのは砂埃だ。フォマはそのまま、転がった審問官たちの死体に近づく。
「はあ、綺麗に首切られてるっすねえ。良いなあ。うちもリリン先輩に首斬ってほしいなあ。……くそ、そう思ったらアンドレイのやつが羨ましくなってきた。良いなあ。うちも死ぬ時はリリン先輩の顔見ながら死にたい」
そう言いながら、フォマはローブの内側から長い釘を取り出す。真っ黒に塗られた、鉛の釘。それを振りかぶり、思い切り死体の心臓に打ち込んだ。
「よっ」
すると、その死体はふるふると震え始め、やがて何かを思い出したようにすっと立ち上がった。死体が、動く。真っ黒な鉛釘。鉛はアズヴァルの加護を受けない、呪われた金属だ。それを打ち込まれた死体はアズヴァルの加護を失い、さまよった魂は霊となって死体を動かし出す。
フォマは動き出した首なしの死体に、「ほれ」と釘を渡す。
「これ、元お仲間の心臓に刺したげて。うち優しいから、やっぱ仲間同士、死んでから仲間はずれってのは良くないと思うんすよね」
首なしの死体は釘を受け取ると、緩慢に動き出す。そして死体は、もともと仲間だった死体たちの心臓に、釘を突き立てる。
「いやあ、やっぱ異端審問官の死体は質が良いっすねえ。しかもこんだけあれば、まあしばらくは持つっしょ」
少し、雨の勢いが強くなってきた。
「いやあ、いい雨っすねえ。夜の雨。死体をいじる女。サイコーのシチュじゃないっすか。さすがうち。絵になる」
フォマはいい気持ちだった。あの七面倒な十二聖人から飛び出し、リリン先輩を追いかけ、見つけた。このままリリン先輩が国を出るのを、陰ながらサポートしよう。いやはや、うち、出来る女。後からリリン先輩に何食わぬ顔で会って、「実はあの時、うちが裏で手を回してたんすよ」とカミングアウト。きっと褒めてくれるに違いない。
しかも質の良い死体が沢山手に入った。それも、リリン先輩が作った死体だ。
「これはもう、リリン先輩とうちのケーキ入刀といっても差し支えない気がするっす」
差し支えるのだが、フォマにとってはどうでも良いことだった。
「――ねえ、そこのあなた」
ふと、フォマに対して声がかかった。雨の夜に死体を集める不審な女に声をかけるなんて、気が触れているのじゃないか。フォマは驚いて声の方を見る。
そこに居たのは、まだ年端も行かぬ女の子だった。
「なんすか。相手がうちだったから良いすけどね、普通は夜中に死体漁ってる怪しい女に話しかけたら危ないんすよ。お嫁さんに行けない体にされちゃうんすからね」
「それは困るわ」
「……あんた」
フォマの目が鋭くなる。その女の子が纏う影が、まるで普通ではなかったからだ。黒い、ねっとりとして、まとわりつくような、そんな邪悪な気配。
「あらやだ。そんなに警戒しないでほしいわ。ワタシ、あなたの敵じゃないと思うの」
「ふうん。うち、こう見えて元神官なんすよ。あんたみたいな邪悪なやつの相手、超得意っすよ」
「神官? へえ、驚きね。近頃の神官は死体を玩具にするの?」
「まあ。うちはちょっと人より特別なんで」
フォマは警戒しながら、ローブの中で隠すように釘を手に持った。フォマにとって、この釘は戦うための武器でもある。
「お嬢さん、名前を聞いてもいいっすか?」
「ワタシ? お嬢さんだなんて。やだ、お上手なのね。……ワタシに名前はないの。強いて言うなら『ミルイ』なのだけれど……。でも、それっておかしいわよね。それはこの体の名前だから」
「……それ、リリン先輩がちょい前まで可愛がってた女の子の名前っすよね? ちょっとカチンときましたわ。うち、リリン先輩の邪魔するやつ全体的に嫌いなんで」
「ちょっと、そんなに怖い顔しないで。ワタシ、ミルイではないけれど、ミルイなのよ。ちゃんとミルイのときの記憶もあるし、人格もあるし……。それに、リリンさんに憧れる気持ちだって、消えてないのよ」
そう言って恥ずかしそうにはにかむ少女は、たしかに年相応の幼女にも見えた。けれど、決定的に纏うマナが禍々しすぎる。
「……わかったすよ。あんた、『魔女』っすね」
「正解。ふふ。やっぱりわかっちゃうものね。そうよ。ワタシ、魔女なの。あのお方に貰った素敵な名前が一応あるのだけど、ほら。やっぱり大切な宝物は、『宝石箱』の奥底にしまっておくものでしょう?」
「まだるこしいすね。婚約指輪は見せびらかして牽制に使うもんすよ」
「あら、あなたって素敵な例えを使うのね。それは確かにその通りだわ。……ワタシ、偉大なるベルナルド様の忠実な下僕。名前を大魔女のエステル・レカンフルール」
聞いたことがあった。歴史書を紐解けば、その名前を見つけないほうが難しい。あの大魔王ベルナドット・ザス・カルトナージュの元で暴虐の限りを尽くした七人の大悪魔の一人。
「ワタシは名乗ったわ。あなたの名前を教えてくれないかしら」
「……悪魔相手に簡単に名乗るの嫌っすけど」
「でも、あなたの名前は一度祝福されているのでしょう? だったら恐れることなんて無いじゃない」
「……それもそっすね。うちはフォマ。昔はもっと仰々しい名前だったすけど、リリン先輩のために捨てたっす」
「あら! 素敵ね!」
読めない魔女だ。フォマは正直やりづらかった。列聖委員会のジジイたちは、ある種の腹芸が大の得意で、だからこそやりやすかった。けれど、このエステルという魔女は違う。本心だ。本心で語っている。それは腹芸など使う必要がないという、大きな力の裏返しでもある。
悪魔は、ある意味で人間よりも純粋だ。
「ねえ、フォマ。ワタシたち、手を組まない?」
「手? うちら、敵同士なんじゃないすか」
「違うわよ! ……いいえ、違わないのかも。ワタシはあのお方が大好きで、ミルイもリリンさんが大好き。あなたもリリンさんが好き。恋敵ね!」
「いや、それなんか違……。いや、違わない……?」
フォマは考えた。リリン先輩と、この眼の前の魔女がイチャイチャしだしたとしたら、それは絶対に耐えられない!
「……うち、デキる女なんすよ。だから不安の種は今のうちに潰しときたいんすけど」
「あら、ここでワタシと戦って良いのかしら。ワタシ、とっても強いのよ。でも、ワタシはあのお方とリリンさんの味方。あなたもそうでしょう? 異端審問官たちと列聖委員会はフォマの敵? 違う?」
「……なるほど。言われてみれば確かに。クセで殺したくなってたすけど、今のうちが悪魔だの魔女だの殺す義理もないすね」
だったら、ここは手を組むべきだ。少なくともリリン先輩の良さを共有できて、しかも危害を加える心配がないという点に置いて、列聖委員会のジジイどもよりは遥かに信頼できる。
「……わかったす。うちはエステルを殺さない。でも、条件があるっす」
「ええ。なんなりと」
「まず一つ。うちは今から、リリン先輩の命を狙ってる十二聖人を二人くらいブチ転がすんで、その手伝いをしてほしいっす」
「元からそのつもりよ。ついでの用事もあるし」
「そしてもう一つ。これがイチバン大事なやつっす」
「へえ。それはどんな?」
フォマは、手を差し出す。
「抜け駆け禁止、っす」
エステルは不敵に笑って、その手を握った。
「契約成立、ね」




