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復活のとき

 随分と長い間、まどろみの中に居た気がした。このまま心地よい夢の中に沈んでいくのかとも思ったが、どうもそうではないらしい。


 感覚はない。あらゆる情報が遮断されている。それでも意識は急速に戻っていて、徐々にボクのおかれた状況がわかってきた。


 そうか。ボクは負けたのか。


 昔から、奪われることが嫌いで、奪うことが好きだった。それがボク。史上最悪で最強で、イチバン美しくてカッコいい魔王。散々に痛めつけたロランド聖王国の、一人の年端も行かぬ少女に負けて、コントラット大森林の最奥に封印されたベルナドット・ザス・カルトナージュ。


 もっと悔しいかと思っていた。


 もっとイライラするかとも思っていた。


 けれど、不思議と心は穏やかだった。


 とはいえ、体がないのはまったくもって不便だ。体がなければ人を傷つけることも、苦しむ人を見ることも、悲痛な叫び声を聞くこともできない。それではあまりにもつまらない。


 体が必要だ。これからまた新しい1000年を生きるための、とびっきり美しくて、強くて、完璧な新しい体が。





 目覚めてからどれだけの時間が経っただろうか。なんだか、日ごとに体が軽くなっていく気がする。そこでボクはふと気づく。もしかして、封印が弱くなっているのではないだろうか?


 だって、ここは停滞とまどろみのコントラット大森林。たとえ肉体を滅ぼしてもボクの意識は不滅で、だからこそ、ボクの意識を永遠に繋ぎ止めるために選ばれたのがこの土地だ。この土地がたたえるのは停滞のマナ。あらゆる生命が悠久の時の中で停止する、時の檻。


 なのに、ボクの意識は蘇った。だとすれば、森に異常が起きて封印が弱くなったと考えるのが妥当だろう。集中すれば、だんだんマナの流れが見えてくる。マナは濁り、淀み、瘴気となって今にも魔物になってしまいそうだった。これなら、封印が弱くなるのも当然だ。


 意識を移せば、森に住まう生き物たちのマナの形もつぶさに感じ取れた。決めた。


 ボクは一羽の小さな鳥に意識を移す。一瞬で小鳥の体を掌握できる。当然だ。封印が弱まった今、他の生き物の体を乗っ取るくらいは訳ない。これでひとまずは自由だ。しかし、聖剣がある以上は、この森を離れることはできないだろう。だから、あの聖剣をどうにかどかす必要がある。そして問題はまだある。


 問題は、そう。この体はあまりにも弱い。


 こんな森にやって来るものなどいないだろう。この瘴気の濃さならいずれ知性ある魔物も生まれるだろうが、ボクの器にふさわしいのはもっと強くて美しい肉体だ。かつてのボクの肉体のような、とびっきりの芸術品でなくてはいけない。こんなひ弱な体では、人間の苦しむ姿なんか見られない。


 できれば。


 ボクは思う。かつてこのボクを封印した『彼女』のような体がほしい。美しくて、強靭。可憐で、苛烈。そんな肉体がほしい。


 しかし、聖剣に縛られたボクは、森の外に出ることはかなわない。計画的にいこう。まず、森に訪れた人間を唆そう。「君は伝説の剣を持つにふさわしい勇者だ」とでも言って聖剣まで案内して、聖剣を引き抜いてもらうのだ。そうすれば、ボクの封印は解ける。


 そして、その瞬間にその人間に取り付く。たとえ貧弱な人の器でも、聖剣があればある程度は戦えるだろう。そうして森を離れ、美しくて強い肉体を探すのだ。そして、その体を貰う。


 うん。おおよそ完璧だ。人間の体をいくつか使い捨てれば、いつかはボクにふさわしい体も見つかるだろう。


 そんな風に考えていたから、リリンがやってきた時は最高の気分だった。だって、欲しい物がまとめてやってきたんだから。だから決めた。あの美しくて強い体は全部、ボクのものにするんだ。




「ねえねえ、そこのお嬢さん」


 ボクは小鳥の姿で少女に話しかける。少女は驚いてボクを見る。


「あなた、今喋ったんですか?」

「そうだよ。君を見てひと目でわかったよ。君はクロイライトの血を引いている。正真正銘、世界を救う光の巫女だね」

「……どうして、それを」


 ああ。不安そうな顔をする少女を見て、ボクは久々に高揚していた。なんて素敵な顔をするんだろう。この体をもらいたい。騙して、奪い取って、絶望する顔が見たい。


「ボクはこの森の聖剣と共にいることを決められた精霊なんだ」

「聖剣? それはもしかして……かつて、魔王ベルナドット・ザス・カルトナージュを封印したという」

「そう! 詳しいんだね」

「ええ。私の目的はそもそも、その聖剣なんです」


 へえ。ボクは内心ほくそ笑んだ。あまりにも好都合だ。けれど、妙なこともある。聖剣を抜いたら、そもそもボクを封印する楔が失われてしまう。このコントラット大森林が昔のままだったなら問題はなかっただろうが、森のマナが変質している今、剣を抜くことはボクの復活を意味する。


 だが、人間は愚かだ。短い時間でも、人は忘れ、伝えそこね、意図的に足を引っ張り合う。多分、この少女は聖剣を引き抜くことの本当の意味を理解していない。


「聖剣? なんでまた?」

「わかりませんか。……このコントラット大森林がそうであるように、今、世界中のマナの流れが淀んでいます。それは魔物となり、私たち人間の生活圏を犯していて……。それらを抑えるためには、聖剣の力が必要なのです」

「力、ね」


 力。人間は弱い。弱いからこそ力を求める。


「まあ、そういうことなら話は早いや。ボクとしても、力ある若者に聖剣を持ち帰ってもらえるなら嬉しいな。ボクもいい加減、こんな森から出たいと思ってたんだ」

「聖剣を守る精霊……。なるほど、先の魔王を封じてから、あなたはずっと聖剣を守護していたのですね。……ええ、お任せを。この私、リリン・アズ・クロイライトの名にかけて。あなたを開放してみせましょう」

「心強いな。でも、大丈夫? この森は魔物だらけだけど……」


 実際の所、この少女が強いマナの巡りを持っていることは分かっても、実際に戦っている姿を見ていない以上、実は弱かった、なんてこともあり得ると思っていた。そして封印される前、そんなチグハグな人間を何度も見たことがある。


 このコントラット大森林は今や魔物の巣窟。並の人間が最奥にたどり着くことは難しいだろう。何より、さっきから淀んだマナの塊が、あたりを彷徨いている。


「大丈夫です。ご安心ください。……私は、強いので」


 瞬間、一閃。


 彼女に襲いかかろうとした魔物たちは、たった一振りで真っ二つになった。右手で持った十字剣は、何度も磨き直したあとのある、使い込まれた業物だった。


「へえ、こりゃ」


 こりゃ、最高の体だ。


 ボクはリリンの体を手に入れる決意を新たにする。これが出会いだった。ボクと、リリンの。

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