不滅の
「ベル、これ以上はやめて」
と、リリンの声でボクの意識はまた、リリンの奥の深い所に閉じ込められた。
(どうして! こいつ、リリンの体を傷付けた! それも心臓を!)
「それで、どうして私は無事なんですか?」
(そっちのほうが使いやすいから……)
「……後で詳しく話を聞きます。とにかく、シモンとこれ以上戦うのは無意味です。無力化して、それで放置するのが正解です」
なぜ、とベルが声を上げるまでもなく、答えはそこにあった。シモンは自分の四肢をむりやり引きちぎり、ベルの黒い腕の拘束を抜け出していたからだ。
「いやはや、聖女様には種が割れているから分が悪うございやすな」
そうヘラヘラと笑うシモンの両腕は、ぶくぶくと泡を立ててつなぎ直されていた。
(うわあ、気持ち悪い)
「あっし、生まれついての無痛症でござんして。痛みを感じないんでございます。そこに教会仕込みの復活と癒やしの祝祷を、体中に刻んで……。文字通り、体中に」
そう言いながら、シモンの体は再生していく。完全にではない。傷跡は生々しく残り、ただ、体としての機能が最低限保たれる程度に。
「皮膚をはぎ、筋肉を剥き、体中のありとあらゆる臓器に復活の魔術を刻めば、まあこの通り。筋肉も鍛えられませんし、再生には体力も使いますし。けれど、足止めだけなら天下一品の男が出来上がりという寸法で」
道理で、とベルは不満そうだ。
(つまんないつまんない! ムカつくこいつ! 殺そう! 今すぐ殺そう!)
「あっしを殺せるんなら、ぜひともやって御覧なさい。あっしを痛めつけられるのは、多分第八席の嬢ちゃんくらいじゃあございやせんか」
そう言いながら、シモンは刀を拾い上げる。また構える。
「あっしは貴方様を殺せはできやせん。けれど、あっしも死なない。いつまででも戦いやしょう。いずれ第八席が、貴方様を殺してくれる」
「質問を。シモン・ジン」
「なんなりと」
「あなた方の目的はこの、銀の聖剣のはず。なぜ私を殺そうとするのですか?」
「ふむ。勘違いなさってる。確かに銀の聖剣があれば、とりあえずの目的は達成されまさあ。特に第四席はそう考えてたみたいござんすが……。第一席の考えは違いやす。あの人は貴方様がお嫌いだから」
確かに。あの男は私を憎んでいた。なぜかはよく分からなかったけど。
「それでも、交渉はできませんか。私にとって、銀の聖剣はもう、ただの頑丈なだけの剣。でもあなた方にとっては違うんでしょう?」
「ええ。それはもちろん。ですが交渉はできやせん。いずれにせよ、あっしらは貴方様の首を断つ。魔王復活の報はすでに国中を駆け回ってしまっていやす。あれだけの魔力の淀みが消えたら当然。……責任を、今の列聖委員会がとるわけにはいかない」
「だから、私に死ねと?」
「端的に言えば、そう。……貴方様も、第四席とお会いになったなら理解したのではございやせんか。最初から、あっしらは貴方様を生贄にするつもりだった」
「それだけのために、私と、あれだけの数の少女を犠牲にしたのですか?」
「それだけ? いいえ、違いやす。まだ計画は序の口。このロランド聖王国を、かつての真に聖なる神の王国に戻すための犠牲」
それは勿論、このあっしの体すら。そう言って、シモンは踏み込む。受ける。再生したばかりだと言うのに、その速度に一切の衰えはなかった。
「いやはや、良く見切れますな。あっしの自信もなくなるというものでございやす」
逃げなければ。けれど、どうやって? この男とこのまま戦い続けて、きっとどこかで勝てるだろう。だが、その頃には第八席がやってくる。そうしたらきっと詰みだ。彼女だけは、完璧に対策して迎え撃たなければならない。
(ねえ、ベル。シモンを『紙細工』にできない?)
(できるけど)
(流石に紙細工にされたら、シモンと言えど元には戻れないはず。どうにか隙を見て……)
(やだ)
ベルはどうにも不満そうだ。
(どうして!)
(嫌だったら嫌だ! ボクこいつ嫌い! 絶対に殺す。コレクションにはいらない。だってこいつ、なんにも無いんだもん!)
だもんって。完全に子供の癇癪だ。とは言え、今の所有効な策はベルの『紙細工』くらいしか無い。ベルの機嫌を取るのと、シモンから逃げ切るの。どちらが果たして楽だろうか。いずれにせよ、私が本当に危機に陥ったらベルは助けてくれる。それが本当かどうかはわからないにせよ、私にはベルに対する不思議な信頼感があった。
とにかく、今は生き延びて、国境を超えることだけを考えよう。どうせ私は賢くない。私が巡らせる策略の何手先を十二聖人たちは見ている。それも百年前から。だとしたら、この場限りの小細工は無しだ。
私はもう、ただの少し剣が得意な女の子だ。味方も居ない。理解者も居ない。きっとすぐにでも、教会は私を宗教犯罪者として触れ回るだろう。
でも、ベルがいる。それだけは救いだ。
(ベル。それじゃあ、紙細工は無しにしましょう。その代わりに手を貸してください)
(ふうん。で、どんな手を貸せばいいの?)
(シモンの再生速度は、一定じゃないありません。深く傷付けば回復には時間がかかる。特に脳は)
(なるほど?)
(つまり――)
「全身粉々に吹き飛ばします!」
私が踏み込むと同時、意識がボクに入れ替わる。くるり。力。
踏み込む足から剣を持つ右腕にかけて、一連の筋肉が影の力に満たされ、縮み、一瞬で伸びる。シモンより速く。粉々に。切り刻む。
「任せてよリリン!」
思わず笑みが溢れる。人間を粉々に切り刻む。そんな物騒な言葉がリリンから出たことが、なんだか嬉しかった。
ボクが乱暴に振った剣を、シモンは正確に、完全な角度で受け止める。でも駄目。たかが完全に受け止めた程度では、この力量差は覆せない。
「ぬう! 重い!」
「粉々に切り刻んで、ミンチにして、内蔵引っこ抜いて、腸詰めにしてあげる!」
幸いにも、頑丈な剣として見るなら魔王のボクにとっても、聖剣は完璧な得物だった。ボクがどれだけ聖剣を振るっても、それが傷つく気配は無い。けれど、どれだけシモンを切りつけたところで、斬ったそばからジワジワと再生していく。
けれど、無尽蔵ではないはずだ。爪を剥がれても、それを治していなかったように、おそらくシモンの回復はある程度選ぶことができる。選べる、ということは、選ぶ必要があるということ。リソースが有限だということ。
なら、枯れるまで斬る。
◆
何回か日が沈んだ頃、斬りあって、突如として「その時」は来た。斬り飛ばしたシモンの腕が、再生しない。尽きた。
その隙を逃さない。まずは足を斬って動きを止める。次に腕。両手両足を奪う。次に頭。腕を奪った後なら防御されることはない。何度も叩くようにして、割る。次に首。胴。ある程度ばらばらになったら、後はひたすら叩く。剣で叩く。完全に斬れる必要はない。ある程度細かくなれば、肉は支えを失い、自然に崩れる。あとは筋を斬るようにすりつぶす。
粉々の肉片になると、シモンは流石にもう動かなかった。その場に崩れ落ちそうになる。まだリリンの体は完全に魔王にはなっていない。だから疲れるし、食事も要る。もうお腹が空いて、疲れて、倒れ込んでしまいそうだった。
だけど、ここで倒れては意味がない。すでにシモンの肉片はぶくぶくと泡立ち始めている。
「うえ……。キモチワル……」
聖剣で体を支える。とにかく、南に行かなければ。
少しずつ歩く。少しずつ進む。かなりの距離を歩いた。途中でボクは眠ってしまったかも知れない。いや、リリンが眠ったのかも。わからない。でも小さな泉を見つけた。そこにかがんで、浴びるように水を飲んだ。それだけは覚えている。綺麗な花が一面に咲いていて、そこで急に眠くなって、それで。
それで、眠って。
「ねえ、お姉さん。生きてる?」
その声で、目覚めた。




