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【幕間】十二聖人

 ロランド聖王国は、君主に神から冠を授かった聖王を戴く、大陸の北方に位置する宗教国家である。


 選択と秩序の神、アズヴァルを唯一神とあおぐアズヴァル聖教を国教とし、聖ロランドの亡骸が眠る、ロランド教会こそが国の起こりであると、国の歴史書では語られている。


 王都、その中央に座すロランド教会は、豪奢なステンドグラスに彩られた教会で、その中央に位置するのはまるで神の神殿と見紛う尖塔。中央神殿。教会の中でも「青服」と呼ばれる、位の高い神官しか入ることを許されぬ、真に聖なる領域。


 今、教皇も王も不在のロランドにおいて、ここに入れるものは十二人しか居ない。十二聖人。


 すなわち、列聖委員会である。


 円卓。そこを取り囲むのは八人。全員が青い修道服に身を包んでいるが、その背格好や性別は様々。


 そのうち、蜂蜜色の髪色をした、まるで少年のような風体の男が口を開いた。


「今日は四人も欠席か。第四席、アンドレイが聖務なのは報告を受けている。残りの三名は?」

「第一席。私から報告を」


 答えるのは、文様がびっしりと書き込まれた大理石の仮面を被った男。


「第三席か。良いだろう、続けろ」

「第十一席と第十二席は南アンザスの魔物発生の鎮圧に向かいました。何分、急だったもので、報告が遅れているものかと」

「遅れ? 奴らにしては珍しい。なぜだ? そして第八席は?」

「伝言役が第八席だったことが原因かと。そして第八席はいつもどおり――」


 第三席の言葉の途中で、委員会の扉が開く。入り口に立っていたのは、春に大輪を咲かせる、花のような少女。花のような薄桃色のふわふわの髪の毛と、透き通ったアクアマリンのような青い瞳。幼さを感じさせる表情で、少し大きい青色の修道服は、まるで子供の仮装のような似合わなさだった。


「いやあ、遅れたっす。さーせんさーせん。第八席、フォマ。入室するっす」


 間の抜けた声。第一席は苛立ちを隠さない。


「第八席。遅刻とは何事だ。列聖委員会をなんと心得る」

「クソめんどくさい議題に、不必要に時間かけて、回りくどい結論出して、で、責任を押し付け合う場所じゃないんすか? はは。うち馬鹿なんでよくわからんすけど」

「面倒にしているのはお前の遅刻も原因であると認知しろ」

「うっす。あ、そーいや何か伝言あったっすよ。シモンちとマティアねーさんは何か……。なに? どこだっけ? まー何か、南の方に行くから来れないらしっす」


 どん、とテーブルを叩く音。第一席だ。


「もう第三席から報告を受けた。第十一席と第十二席は欠席だとな」

「マジすか? じゃあうち何のためにわざわざ此処まで来たんすか。あー骨折り損だ」

「委員会に出席するためだろう。貴様の席が埃を被るぞ」

「別にいいすもん。だってうち、別に十二聖人とかメンドイのになりたいわけじゃないんすよね」

「だが事実、お前は十二聖人に選ばれた」

「はあ。いやそりゃ、アズヴァル様に選ばれた本物の十二聖人だったらうちも嬉しかったっすけどね」


 その一言に、委員会の空気が凍りつく。


「あれ? なんすかこの空気。うちが滑ったみたいじゃないすか。困るんすけど」

「第八席、貴様、わきまえろ」

「はあ。わきまえる? それって此処にいる全員に足りてないことすよね? そっちこそわきまえたらどっすか? 十二聖人はアズヴァル様が選ぶんであって、人間が選ぶもんじゃないすよ」

「だが、今の聖教にアズヴァル様は、教皇は不在だ。なればこそ、我らがなんとかするしかあるまい」

「建前はいっすよ。だって、それやりたいなら別に、白服のまんまで良いじゃないすか。わざわざ青服着て。余計な政治して。民衆連れてきて実験台にして。ウケる。で? 十二聖人? 笑わせるわ」

「……もう良い。疾く着席しろ」

「いやっす。うち帰るんで」


 第一席の怒りが限界であることは、この場の全員が理解していた。だが、第八席の恐ろしさも同じくらい知っていて、この場にいる誰もが言葉を出せずにいた。


「帰る? それが許されるとでも?」

「はあ。いや別に、誰に許されるとか関係ないっすよ。うち、別に自分がやりたいことやるだけなんで。……あんたらと一緒っすよ。リリン先輩のこと、最初から殺すつもりだったって聞いたんすけど」


 その言葉に、場の緊張感は最大限に高まった。この第八席が聖女リリンを特に気に入っていて、まるで妹のように懐いていたことを知らないものは居ない。だからこそ、第四席は最後まで彼女だけには計画を明かさなかったのだ。


 事実、第八席にとって、聖女は姉のような存在だっただろう。


「さっき、ちょっとシモンち脅したらゲロってくれたんすよね。で、第四席の研究室にちょちょいとお邪魔したんすけど。なんすかこれ?」


 そう言って、第八席は紙の束を円卓に放り投げる。それは間違いなく、「真に聖なるクロイライト」を人工的に作り上げるという、あの悪夢のような研究の報告書だった。


「なんつーか、リリン先輩って超優しいんすよね。強いし、かっこいいし。なんすか。リリン先輩がうちに優しくしてくれたのって、この洗脳みたいなやつのせいなんすか? 全部ウソだったってことっすか?」


 その言葉に、全員が沈黙した。その中で、大理石の仮面が声を出す。第三席だ。


「……そんなことはない。その報告書は事実だが、聖女は君を本当に可愛がっていた」

「いいす。今そういうの要らないんで」


 ため息。誰のものだろうか。それを探る間もなく、第八席が声を上げる。


「うち、この十二聖人ごっこ、やめさせてもらうっす。今日から第八席のフォマ・キルシュヴァッサーじゃなくて、ただのフォマに戻らせてもらうっす。別に、神の僕でいられたら、権力とか要らないんで」


 そう言って、第八席のフォマは、首のロザリオを円卓に放り投げた。乾いた鉄の音がする。


「まー、十二聖人ってポストは俗物にはそこそこ人気あるんじゃないすか? うちより可愛い子いくらでもいると思うんで、あんま気を落とさないでくださいよ」


 フォマは背を向けて、委員会から去ろうとする。怒号をあげようとする第一席を手で制して、代わりに第三席が問いかけた。大理石の仮面の奥から声がする。


「第八席。これから何処へ行くつもりだ?」

「さあ? 言う義理とか無くないすか」

「私が君のために図った便宜の数を思えば、行き先くらいを聞く権利はあるのではないか?」

「……まあ確かに。イオちにはお世話になったし。……うち、リリン先輩のとこに行こうと思うっす」

「手遅れだ。彼女は既に銀の聖剣を抜き放った」

「で?」

「魔王。それも、あのベルナドット・ザス・カルトナージュの精神支配だ。いかに彼女と言えど耐えられない」

「はは、イオち、まじでそれ言ってます? それはリリン先輩のこと舐めすぎっすよ。リリン先輩は真に聖なるクロイライト。決して折れず、錆びず、鈍らない。……絶対に」

「もし仮にそうだとして、第四席が計画のフォローに入っている。万に一つ、失敗はない。確実に聖女は死に、銀の聖剣とロザリオは回収される」


 ふうん。と、フォマは生返事をする。


「第四席? はは、アンドレっちには荷が重すぎません? あの程度で先輩を? あのモヤシジジイには無理っすよ」

「言わせてもらうが、第八席。お前は第四席を甘く見ている。彼の計画に破綻はない」

「言わせてもらうっすけど、第三席は第四席を過大評価してるんじゃないすか」


 だって、と。フォマは言う。


「第四席に、『俺が無理だったら、後は頼む』って言われてるんすよ。まあ確かに、相手が魔王で勝てるのなんてうちくらいっすよね。でも残念。うち、十二聖人のみんなより、リリン先輩のほうが好きなんで。そんじゃ。上司とかはクソだるかったけど、マティアねーさんだけは好きでしたよ。って、マティアねーさん南の方行ってんだった。ウケる」


 そう言って、フォマの背中は見えなくなった。あとに残ったのは沈黙。


 しばらくして、第一席が口を開いた。


「……あれで、やつの勘は本物だ。嫌な予感がする。斥候を出せ。第四席の安否と銀の聖剣の所在確認を急がせろ」

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