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目覚め

 結論から言えば、「真に聖なるクロイライト」なんてものが存在しないことは、とうの昔に分かっていた。


 私が連れてこられた教会に集められていたのは、たくさんの女の子たち。たくさんは、たくさんだ。具体的に何人だったのかはわからない。だって、目の前に沢山の女の子が居たら、数えようとも思わない。


 どれだけ、あそこに居たかわからない。長い年月だった。


 そこにいた最初の人数がわからなかった。その理由は一つで、全員が揃ったのはその、最初の一日だけだったからだ。


 私が聖女になった時、その女の子は全員居なくなっていた。


 どうして? 死んだからだ。いや、違う。殺した。


 私が殺したんだ。




 私たちは教会に閉じ込められた。私たちがあの長い間、指示を出されたのはたった一回だった。


「この中で生き残った、最後の一人がクロイライトとなります。期限はありません」


 別に、武器は渡されなかった。殺せとも言われなかった。ただ、それだけ。だけど、食べ物も、水も、何も与えられなかった。ただ放置された。


 最初の三日くらいは意味がわからなかった。集められたのは私のような浮浪児ばかりで、空腹には慣れていた。でも、四日目くらいから事情が変わった。特に栄養状態の悪かった女の子がひとり死んだ。


 だけど、何もなかった。私たちはまだ放置された。女の子の亡骸は、何人かで丁寧に埋めた。


 翌日、誰かが門を抜け出せないかと画策しだした。結論から言うと、不可能だった。物理的な監獄で、出入り口は一つだけ。そこは頑丈な鉄の門で、外から閂がされていた。壁はすべて石造りで、高さは大人五人分くらいはあった。


 六日目。ここのところ雨続きなのは幸いだった。水があれば当面は大丈夫に思えた。けれど、この日、最初に死んだ女の子の墓に、一人の女の子がいるのを見つけた。


 その女の子は、墓の前に座り込んで、何かを食べていた。何を食べていたかは明白だった。私は混乱した。吐き気をもよおして、けれど、空っぽの胃から漏れるのは酸っぱい胃液だけだった。この時、ここにいた全ての女の子が、この場所の意味を理解した。


 最後の一人になるまで。その意味を。


「何してるんだよ、このバカ!」


 死体を食べていた女の子を、思い切り殴った子が居た。夕焼けのような灼髪に、曇り空のような鈍色の瞳の少女。マリナだった。この頃のマリナはまだ言葉遣いが荒かった。


 二人はお互いに殴り合って、私はそれを仲裁した。いや、仲裁というには無理がある。私はマリナをかばったのだ。


「やめて! 喧嘩なんかしないでください!」

「じゃあ何だよ、何も食わずに、皆死ぬのかよ!」

「争ってなんの意味があるんですか!」

「ムカつくんだよ、その貴族サマみたいな話し方! 次はお前を殺して、お前を食ってやる!」


 私は多分、同世代の中では間違いなく喧嘩に強かった。ビルから、私は戦い方を教わっていた。死体を食べていた女の子は、私に殴りかかってきたけれど、私はそれを返り討ちにした。ボコボコにした。いつだったか、私を襲おうとした大人の男の人と同じくらいボコボコにした。


 この日から、私とマリナは仲良くなった。私はマリナに言葉を教えて、マリナは私に簡単な魔術を教えてくれた。


 空腹の日々が続いた。この頃から、みんなの目つきが変わっていった。この閉じられた石の教会で、食べ物になるのは虫とネズミと人だけだった。だけど、火をおこすことはできない。だから、虫やネズミを食べた女の子の中には、腹を下して、脱水症状で死んでいく子もいた。最初に女の子の死骸を食べていた子は、きっと死体が腐っていたからだろう。その子も腹を下して死んだ。


 だから、みんな理解していた。死んだばかりの死体が、清潔で、安全だということを。


 それでも、私とマリナは何も食べなかった。聞いたことが合った。徳の高い神官は、一切の食べ物をとらず、一ヶ月間の修業をするのだと。断食という神聖な儀式があるのだと。


 きっとこれは、それだ。私とマリナはそう信じていた。人を食べたものが、聖女になれるわけはないと思っていた。


 それでも、空腹は限界だった。


 特にマリナの弱り方がひどかった。マリナは日に日に痩せていって、しゃべることもまともにできず、一日中眠っている事が増えた。動かないマリナを見て、驚いては手を握り、その体温に安心した。


 そんなある日、夜だった。なにか嫌な予感がして目を覚ますと、一人の女の子が、マリナの首を締めていた。マリナは抵抗しようとするけど、力が入らない様子だった。首を絞めている方の女の子は、たぶん、考えたくもないけれど、そうやって何人も殺して、食べていたんだと思う。もう何週間も断食しているとは思えないくらい、肌艶が良かった。


 私の目が覚めたことは、幸い気付かれていないようだった。私は確かに戦い方を知っているけど、でも、もうすっかり弱りきっていた。きっと、力比べでは勝てないだろうと分かっていた。


 マリナを助けるために、私は、こっそりと女の子に近づいて、横合いから、顎を思い切り蹴りぬいた。首が支店になって、ちょうど頭を大きく揺らして、意識を朦朧とさせることが出来ることを、私は知っていた。一度ふらふらになった女の子に馬乗りになって、首を掴んで、頭を何度も石の床に叩きつけた。女の子は抵抗していたけど、そのうち力がどんどん入らなくなっていった。最後に、思い切り首を締めながら、もっと叩きつけた。気付いたら、冷たくなっていた。


 私は気分が悪くなって、それで、ふらふら歩いて、そのまま、生きているのか死んでいるのかわからないマリナの隣で寝た。もう死んでしまいたかった。





 翌朝、起きると、目の前にはマリナが居た。マリナは泣いていた。


「お姉さま」


 マリナは私のことをそう呼んで、私を抱きしめた。私も泣いていた。


 どうして、どうしてこんな目に合わなければならないんだろう。どうして、こんなに辛いのに、誰も助けてくれないんだろう。


 私たちの目の前には、一人の亡骸が合った。


 肉付きが良くて、肌艶が良くて、それはいかにも美味しそうだった。


 私とマリナはこの時、罪を犯した。誰も彼もがそうだった。だから、私は最初から知っていた。「真に聖なるクロイライト」なんて、どこにも存在していないということを。


 私とマリナは、最後まで生き残った。


 全員、殺した。


 私が。





 目の前でマリナちゃんが斬られたとき、リリンの意識は今まででイチバン揺らいでいた。がっちがちだった意識の境界が揺らいで、少しだけ、リリンの感情がボクと溶け合う。


 リリンの過去がボクの中に流れ込んできて、ボクはなんとなく、リリンとマリナちゃんが「きょうかん」できた理由が分かった気がした。


 多分、教会のやつらは「聖女の血統」なんてものが存在しないことは知っていたはずだ。なぜなら、聖女を作るのは聖剣だからだ。聖剣に選ばれた、真に聖なる少女だけが聖女となる。だけど、聖剣がなかったから、彼らは聖女を人工的に作ることにした。


 巨大なマナの受け口。困難に耐える精神。恐怖。悲嘆。そういう大きな感情は、マナの流動を引き起こす。マナが流れれば、マナが馴染む。魔女と呼ばれる者たちが、恐ろしいものを好むのはそのためだ。


 それを何度も繰り返せば、マナに慣れた肉体が、またマナに慣れた肉体に取り込まれていく。数え切れないほどのソレを繰り返した時、そこに生まれるのは、人間でありながら人間の限界を超えた肉体。


 聖剣が人を選ぶのなら、聖剣に選ばれずともそれを扱えるだけの人間を作れば良い。


 シンプルで、わかりやすいやり方だ。


 リリンの体の中には、たくさんの聖女候補だった魂の抜け殻が詰まっている。だからこそ、ボクという巨大な意識を引き受けても、その質量に押しつぶされることがなかったのかもしれない。だとすれば、本当に運の良い話。


「ねえリリン。どっちが良い?」

「……私は」

「眼の前でかわいい友達が殺されて、辛いよね。最初から捨て駒にされる予定で聖女にされたなんて、許せないよね。もしもリリンがボクに任せてくれるなら、ボクはリリンの代わりに全部の復讐をしてあげるよ」

「私は」

「安心して。ボクはリリンのことが大好きだから。意識を完全に消したりしないよ。ボクの中で、永遠のまどろみの中で、ずっと僕と一緒に世界を眺めていけるよ。リリンの体がなくなった後も、リリンの意識をボクはずっと抱きしめていてあげる」

「私は!」


 リリンは、叫んだ。普段からは考えられないくらい熱のこもった声だった。


「私は、聖女。真に聖なるクロイライト! 聖女、リリン・アズ・クロイライト! 決して折れず、錆びず、鈍らない! あなたなんかに体は渡しません!」


 素直に。


 ボクは素直に、すごい、と思った。もう普通なら折れてる。ボクの甘い囁きに、きっと飲み込まれてしまう。リリンの心が限界なのは、ボクが一番良く分かっていた。それでも、リリンは立つんだね。自分が殺した、たくさんの聖女候補たちと、マリナちゃんのために。


 ああ。リリン。最高だよ。大好きだよ。


「最高だよリリン。ボクも反抗的な方が大好き。――じゃあ、こうしよう。リリン。君に使われてあげる」


 きっと、教会は最初から、聖女候補たちに魔法を仕掛けていたのだろう。強固な精神支配の魔法だ。無意識に、教会を信じて、崇めて、疑えなくなる魔法だ。とっても強い魔法だけど、ボクは史上最悪で最強で、イチバン美しくてカッコいい大魔王。精神に干渉する魔法はとっても得意だ。この程度はわけない。


 だから。


「ねえリリン。君だけだよ。君だけが、ボクを自由に使って良いんだ。ボクは君に使われてあげる。どうする? 君はどうしたい?」


 ボクが問いかければ、リリンの口角はなぜか上がっていた。


 か細く、息を吐くように。けれど、ありったけの憎悪と、力と、決意を込めて。


 リリンは答える。


「――ベル。あなたの意識を、私が貰います」

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[良い点] 展開が興味津々だ [一言] タイトルを見て単なるコメディーだと思ったが、とてもびっくりした。
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