コーヒーにうってつけの日
私の一日は珈琲を入れることから始まる。
珈琲豆を金属製のケースから取り出す。近くの専門店から買わせてもらった特別品だ。一日分十グラムを計量スプーンで計る。
スプーンからこぼれそうな一粒を取って指先で転がしながら、グラインダーを準備する。豆を砕いて粉にするための道具だ。小さなふたをカシャっと開けてざらざらと豆を注ぐ。ふたを閉じ、左手で土台をしっかり押さえて、右手でハンドルを回す。ガリ、ガリ、ガリガリ、ぐりぐり、ざらざら。時間はかかるが、急がなくていい。準備の時間はゆっくりでいいのだ。ときどき、豆が引っかかる。一度ハンドルの回転をゆるめて、また力をこめ直す。
半分ほどが終わった時、小さいふたを開けてみる。ふわーっと豆の香りが昇ってくる。これがまた堪らない。ふたを閉める前に、さっき指でつまんでいた一粒を放り込む。何か意味があるわけでは無い、おまじないだ。すでに半分挽き終わっていることを忘れて、またハンドルを回す。
夢中になって回しているとクルリ、とハンドルが一回転。挽き終わったようだ。受け皿を引き出して粉の様子を見る。少し大きな欠片がある。後から入れた一粒かもしれない。
フィルターをドリッパーにセットして粉を注ぎ込む。いよいよ本番、抽出の時間だ。電子制御のケトルは常に同じ温度を保っている。充電機からガチャリと外す。まず熱々のお湯を粉と同じ量を目安に注いで、ゆっくり三十秒を数える。蒸らしと呼ばれる工程だ。これをすることで苦みとコクがある珈琲ができる。コクが何なのか分からない人も上手な珈琲と下手な珈琲を飲み比べればなんとなく分かるはずだ。
三十秒を数え終わる。実際は四十秒ほど経った頃か。ゆっくり、お湯を注いでいく。ここで苦みのある珈琲を入れるためにはどうすればいいか。実は蒸らしがしっかり行えていればさほど遅くする必要はない。もっとも普通の苦みで満足できないのであればゆっっくり入れるといいが。
湯の中で膨らむ豆の粉。立ち昇る湯気。匂い。それらに集中していたらあっという間に珈琲はいれ終わってしまう。瞑想よりよっぽど心が落ち着く。精神を成長させたいと思う方には、珈琲を入れることをお勧めしたい。
自分で淹れなくてもいい。自動販売機で買ったものでいい。ホットのブラック以外は、個人的に認めない。それを飲んで、「自分は今、珈琲をたしなんでいるのだ」と思えばそれだけで世界一格好いい人間になる。さて、程よく冷めた頃か。唇が刻む最小限を口内に流す。顔がしかめる程苦い。…まだ全然冷めていない。
あぁ。うまい。




