R-Day 1: 雪の幻影<後編> -Side M-
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「知らない天井だ。」
目が覚めた瞬間、そんな言葉が頭の片隅を過ぎり口に…は、しなかった。既に日は落ちて暗くなった部屋の中で、私はソファの上で目を覚ました。相変わらず、家族は帰ってきていなく、ペットの犬すらいない。家族がどうなっているのかという心配ももちろんだが、そもそも自分がどうなっているかという不安に襲われる。とりあえず、連絡がつく相手が一人だけいるという点が、まだ、この時は、私の心を保たせていた。
どれだけ不安に駆られようと、自分の体は正直なもので、ふと空腹感を感じ、冷蔵庫の中を確認する。料理ができるわけでもないが、日持ちしないものから食べていくべきだろう。そう考え、野菜室からレタスを出す。そういえば水は出るのかな、とふと思う。蛇口をひねると水が出てくる。レタスを洗うために、ボウルに水を張る。特に水が汚れているようには見えない。大丈夫だ、使える。そんな確認作業をしつつレタスを洗い始める。ふと、この時に気づいたが、インフラは問題なく使えている。もちろん、今は電気を付けて作業しているし、水も出ている。ガスはどうだろう。どうせ料理はできないけれど、お風呂に入れないのは嫌だな、と考える。そこで、コンロの火を点けてみる。どうやら使えそうだ。不思議なものだ。他の人がいなくなったのに、これらは使えるなんて。
とにかく、今、ライフラインの断絶が起こっていないことに安堵しつつも、これからどうなっていくかわからないので、今の環境に安心と感謝をする。
そうこうしているうちに、レタスが洗い終わった。主食はどうしようと思い、もう一度冷蔵庫の中を覗く。生の豚コマが冷凍されずにあったが、本当にどうしようかと悩む。自分の料理の出来なさは悲しくもなってくる。が、そうも言っていられない。食べなければ、ここ数日でダメになってしまうはず…。何か良い手はないかと、今までの記憶を探り思案する。母親の料理や、友達のSNSに投稿された料理、今までの自分の食事、そして家庭科の授業…。
「そうだ、しゃぶしゃぶにしよっかな。」
思わず、自分の中からアイディアに対し、これぞとばかりに声を上げる。まあ、薄い肉だし、しっかりとお湯の中を通せばいけるはず…。鍋を用意し水を張り、沸騰するまで待つ。
何か音楽でも聴いてようかと、棚の中から漁る。自分の前に好きだったアーティストのCDを見つけ、たまには聴こうかなとかけ始める。部屋の中には、男性グループの歌声がスピーカーから聴こえてくる。昔聴いていた音楽というだけで感傷に浸れるものだ。そういえば、この前、弟が私の部屋で同じグループの曲を聴きながら勉強をしていたことを思い出す。今、家族のことを思い出すと、何かが壊れてしまう気がしたので一曲終わったCDを止める。
そんな波風の立ち始めた心を抱きながら鍋の水面を見つめていると、お湯が沸いた。白いパックに入った肉を入れる。どのくらいやれば良いか、イマイチわかってはいないが、それなりに長く茹でれば大丈夫なはずだ。
肉を入れて刹那、肉が白くなるのを確認する。もう少し待とう。沸騰したお湯に揺られ、くるくると、ひらひらとお湯の中を舞い続ける肉たちを見る。そろそろあげて食べようか。そう思い、肉をお湯から引き上げ、レタスの上へと置く。主食に、買ってあった食パンをトースターで五分焼いて食べる。これだけあれば、お腹は膨れるはずだ。お皿にそれぞれの食べ物を入れて、リビングの自分の定位置に置く。
自分の食べ物以外の食器のない夕食はいつぶりだろう、と食べながら考える。ふと窓の外を眺めると、雪がくるくる、ひらひらと舞い落ちてきた。雪が孤独を一層引き立てる。感傷的になっちゃダメだと思いつつも視界が歪む。しゃぶしゃぶにかけたゆずぽんの香りがツンと目尻を刺激する。色んな思いとともに肉を飲み込む。
食べるペースが次第に早くなり、食卓には空っぽの食器が残された。片付けながらリビングのアナログ時計をちらりと見る。もう、夜の八時だ。朝起きた時間がそれほど早くなく、昼寝もしてしまったから眠くはない。でも、お風呂には入っておこうと思い、お風呂場へと向かう。
お風呂場に着き、浴室へと入る。浴槽を水で軽く流した後、スポンジで洗う。また、水を流す。手が冷たく冷えてくる。水が排水溝へと流れ落ちていく。吸い込まれる様子をじっと眺める。今後、いつお風呂に入れなくなるのか、どう環境が変化していくのか、また、いまどうなっているのか、そんなことを、水を見つめながら考える。栓を閉め、お風呂を沸かす。
再びリビングに戻ると、テーブルの上に置いてあった携帯を見る。ロック画面を開く。通知は来ていないようだ。パスワードを入力しようとした時、ふと時刻が目に入る。二十三時四十五分と表示されている。そういえば、リビングの時計が遅くなっていたことを思い出し、一度その時計の方へと目を向ける。まだ、八時十分頃だ。やっぱり、どんどんずれているようだ。ふと、その時計の秒針を眺める。チクタクと規則正しく音が刻まれている。その音はいつもと変わらず、遅くなってはいないように思える。自分の体感がずれているのか、その感覚は正しいのか、それとも携帯がずれているのか、次々と疑問が降っては湧いて出る。何が正しくて何が違うのか。全てがおかしいのか。次第に、私の思考は疑問と混乱で満ち溢れていった。