前夜<前編> -side M-
プロローグ別視点です。
クリスマスキャロルも終わり、街中に流れていたはずの「あれ なんで恋なんかしてんだろう」と歌っていた声もいつの間にか消えていた。その中、予備校の帰りに、公園のベンチで、手に持った携帯電話を見つめつつ、私は一人座っていた。彼氏との連絡がそれほど続いているわけでもなく、進路の相談をしていた相手であった元彼からの返信があるわけでもない。ただ、私は携帯の黒くなったスリーブ状態の画面とロック画面とを往復しつつ無意味に座っていたのだった。センター試験が目前へと迫っていることを感じつつも、家に帰って勉強の続きをすぐに始めようとは思わなかった。
冬の冷たい風は、目の前の葉っぱの落ちた木の枝をさわさわと揺らしている。それに目線を向けていると次第に落ち着かなくなっている自分がいた。
「何をしているんだろう」
誰がいるわけでもないが、ふと一つ一つの言葉の音を確かめるように呟いてみた。私は、なぜ、そうする必要があったかはわからないが、冬の冷たい風にさらされて開きづらくなっていた私の口はゆっくりとだが、言葉を紡いだ。
そんな中で冬の風は、私に一つのことを思い出させた。あれは中学二年生の時だったと思う。ちょうどこの時期の塾というのは、受験が迫っている先輩たちの鬼気迫る表情で少しずつ緊張が増している空間だった。その塾の中の暖房が効きすぎていると思える暑さと、独特の空気の中に彼はいた。彼は自習室で大半を過ごす、よくいる受験生の一人だった。ただ、違っていたのは、緊張に包まれないマイペースさと、こんな時期に、後輩の一人でしかなかった私を気にしてくれる、そんな余裕さだった。
私たちは塾でも学校でも話した。学年や部活動が同じだったわけでもないのに、学校の廊下、塾のビルのエントランス、そして塾の帰り道にあった高架下の時間で閉まったショッピングモールの前で話した。いつしか連絡先を交換して、彼の第一志望の受験の日に応援メッセージを送ったり、お互いの夢の話や塾の前に食べた夕飯の話をしたりしているうちに、私はやがて彼に惹かれていった。
中学生というのは、いつの時代も同じなように他人の恋バナが好きだ。いつしか彼とのメールのやり取りの中で「誰が誰を好き」とか、「誰と誰がくっつきそう」などといった話題になっていた。そのうち、そこから自分たちの話になるのは、テンプレ通りというわけで、そんな話になり、いつの間にか私たちは付き合っている状態になった。
やがて、季節は春になり、彼は進学先が決定した後、卒業をした。私たちは春休みを迎え、そして新学期となり、デートをすることもなく、お互いの間に変な空気を残したまま、関係は消滅した。
しかし、現在は、また進路の相談などで連絡を取るようになり、次第にくだらない話もする仲の良い友人へと彼は戻りつつある。昔はメールでのやり取りだった会話もチャットとなり、会話もそれなりにしていた。受験前の緊張感を程よくほぐしてくれることもあるのかもしれないし、中学生の時に彼から貰った「どれだけ希望が高くても、諦めなければ手は届くよ」という言葉が、自分の中に生きているからかもしれない。彼自身の生き方が無謀にも思えて、それを体現しようとマイペースながらにもがいているところが、自分に対して刺激になっていたのかもしれない。とにかく、そのようにして、今は彼との会話は戻っていた。
「そろそろ、家に戻ろうかな。」
そう、私はつぶやくと、ベンチから重い腰を上げ、帰路を辿って行った。
まだ、しばらく本編入るまで続きます。