第七.五話
「………それで?また飢餓暴走でも起こしそうなのか?」
カリオス湖に反射した月光が、俺達を照らす。
彼女の横顔を見ながら、俺は少し意地悪に問いかけた。
「ち、違うよ!あの日から、新月の夜はセレン君が手を握っててくれるから、大丈夫だったじゃん!」
「その度に俺は生命力を吸われていたという事だぞ。」
「うぅ……。ありがとうございますぅ。」
表情の激しいエンミュと共に生活するのはとても楽しい。今日までの旅を思い返すと、傍には必ず彼女の笑顔があった。
「いよいよ明日だな…。」
「うん…。」
昔の話で俺に謝ったりしてきたのは、彼女もこの冒険が明日、大きな区切りを迎える事を重大に感じているからだろう。
「あの祠の奥に、ヘリオス様が眠っているのね…。」
「ああ。きっと俺達のことも何か知っているはずだ。」
俺達が居る場所よりも更に東の湖際に、『龍の祠』が建っていて、祠の中には地下へと続く階段があった。
日が昇っている時に一度降りてみたのだが、どうやら相当長く続いているようだった。軽装だった俺達は、準備をして出発しようと一度カリオス村まで戻って来たのだ。日も暮れていた為、出発を明日にした為、今夜はこうしてエンミュと湖に出掛けていたのだった。
「セレン君。明日私の素性を知っても、傍に居てくれる……?」
「今更そんなこと気にしてるのか。」
「何故かセレン君がどこかに行っちゃいそうで、不安なんだもん。」
「………わかった。」
俺は物心付いた時からずっと、両耳に付いていたピアスの右側を外した。
「ヨニア村で、呪いが解けるまで一緒にいるって言ったけど、あれ取りやめな。」
「えっ……。」
眉にシワを寄せ、泣き出しそうな顔をするエンミュ。俺はその潤った瞳を真っ直ぐに見つめ、ピアスを差し出しながら言った。
「ずっと傍に居てください。」
彼女は何が起きたかわからないと言った顔で、瞳を数回瞬かせてから、急に涙を零し始めた。
「はい…。こちらこそ、よろしくお願いします……。」
彼女は涙ながらにそう言って、しばらく俺の胸の中で泣いていた。俺は彼女が泣き止むまで待ってから、声を掛けた。
「ピアス、付けれる?」
「うん。」
彼女は暗い夜でも眩しい程の笑顔で、俺の手からピアスを受け取り、自分が付けている耳飾りを全て外した。そして、俺の左耳に付いているものと、左右対称のデザインをした三日月型のピアスを右耳に飾った。
「えへへ。お揃いだね。」
「ああ。これで不安も無くなっただろ。明日に向けて、そろそろ休むか。」
「待って。私からも贈り物っ。」
「えっ……?」
彼女は急に、強く抱きついてきた。
「私、初めての口づけの記憶無いんだよね。誰かさんのせいで。」
「…自分のせいだろ。」
「うっ……。だ、だから、今ここで本当の私の初めて。あげる。」
何故か少しだけ偉そうな彼女が、顔を赤く染めているのに気づき、これ以上反論することを止めた。
「……じゃあ、遠慮なく…。」
「うん………。」
少し肌寒い夜のカリオス湖。細い月が水面に浮かぶその畔に、二つの三日月がぎこちなく並んでいた。