第七話「二人の旅立ち」
村に戻った俺は、村長に死体狼の群れと死狼王の件を伝えた。
その間にエンミュは浴室を借り、身体を温めていた。
レンという少女の霊が現れた話をした時、村長は顔色を変え、詳しく話を聞いてきた。
「…そうじゃったか。あの子たちが居たのか…。」
その顔は、村の長としての威厳など微塵も感じられない、一人の父親の顔だった。
「詳しく聞かせてもらえませんか。青ローブの男について。」
ヨニア村の過去の話について、一つ引っかかっている事があった。
レンに呪いをかけた青ローブの男だ。
殺人を楽しんでいるだけでは無い、別の目的があるような気がしたのだ。
「青ローブの男…。わかりました。私どもが知っていることをお話しましょう。」
村長は両手を強く握りながら、謎のローブ集団について話してくれた。
彼らは『新月教』という宗教の信者だそうだ。
とても怪しげな宗教で、新鮮な生命力を求めて世界各地の村を襲っているらしい。
なんでも、新月の魔女を復活させる儀式を行うためには、大量の生命力が必要なのだそうだ。
「彼らは生命力にランクをつけているそうじゃ。レンはとても元気な子じゃったから、それで狙われたのかもしれぬ・・・。」
村長はレンの一件から、自ら周辺の村に足を運んで、情報を集めていたようだ。
「仇を取ってくださいとは言いませぬ。ただ、あの子の生命が捻くれた者達に悪用されることが嫌なのじゃ。どうか、新月教と対峙した暁には、レンの……娘の生命を、お守りください。」
頭を下げる村長に、俺が声をかけようとした時、いつの間にか後ろで話を聞いていたエンミュが予想だにしない言葉を発した。
「新月教……私、知ってる…かも…。」
「なんですと!?」
村長は勢いよく顔を上げ、エンミュに言い寄った。
俺は前屈みになっている村長を右手で制し、エンミュに問いかけた。
「何を知っているんだ?」
「ごめんなさい…知ってるのは確かなんだけど、何も思い出せないの…。」
「そんな!思い出してくだされ!」
村長は目を見開き、声を荒げた。
おでこに手を当て、記憶を辿っていたエンミュは、その声にビクッと身体を震わせた。
俺は彼女の肩を抱き、村長の目を真っ直ぐ見た。
「村長。」
「……すみませぬ。奴らの新たな情報が聞けるかもしれないと思うと、つい興奮してしまってじゃな…。」
「だ、大丈夫ですよ!むしろ、思い出せなくてごめんなさい…。」
「無くした記憶かもしれないな。」
「……う、うん。」
俺の言葉に対し、何故かエンミュは慌てて頷いた。
「不躾なお願いじゃが、新月教について何かわかりましたら、教えてください。」
「わかりました。その時は、また村にお邪魔させていただきます。」
「ええ!是非ともお越しください。この度は本当にありがとうございました。どうぞ、今夜はゆっくりとお休みくだされ。」
「「ありがとうございます。」」
俺たちは村長に案内され、昨晩と同じ部屋に入った。
「お気づきかもしれませぬが、ここは元々はレンの寝室だった部屋じゃ。」
「まさかとは思っていいましたが、本当にそうだったんですね。」
しかし、これで納得がいく部分もあった。いくら村長の家とは言っても、客間を用意する必要があるほど、賑わいに溢れた村ではなかった。
部屋が綺麗なのは、普段使用されていないからではなく、新月教の一件で汚れた内装を改修したのが理由のようだ。
「レンちゃん…。」
エンミュは手を胸の前で握り、ベッドを見つめていた。
彼女はレンの霊に会っていない。せめて、レンの眠る場所には連れて行くべきだろう。
「もし迷惑でなければ、明日レンさんに挨拶させていただけませんか?」
「ええ、もちろんですとも。朝食を済ませたら、案内します。」
エンミュは目を大きく開き、ベッドに向けていた視線を俺に向けた。
「よろしくお願いします。」
「あ、ありがとうございますっ。」
俺の言葉に続き、エンミュは慌ててお礼を言った。
「そんな!お礼を言うのは私のほうじゃ。どうぞ、今日はゆっくりお休みください。」
村長は俺たちに休むよう促し、部屋を後にした。
村長が出ていった後、しばらくしてからエンミュが口を開いた。
「ありがとう。私に気を遣ってくれたんでしょう?」
「…これだけ関わっておいて、レンとの接点が全く無いのは、辛いと思っただけだ。」
「やっぱりセレン君は優しいね。」
エンミュは優しい笑顔を俺に向け、俺の手を両手で握ってきた。
「さあ。今日はもう寝よ?私、疲れたちゃった。」
「ああ。そうしようか。」
そう言って、二人でベッドに移動した時、重大な問題点に気がついた。
「………これ、どうやって寝るんだ?」
「………あ。」
この部屋に、ベッドは一つしか無い。
「…俺は床で寝るから、エンミュはベッドで寝るといい。」
「だめだよ!セレン君のほうが疲れてるでしょ!セレン君は絶対ベッドで寝なきゃ。」
「それだと君の身体が冷えてしまうだろ。」
「でもでも…。」
俺たちはベッドの譲り合いで、しばらく言い合いをしていたが、どちらも譲らず、結局二人でベッドを半分ずつ使うことになった。
「べ、ベッド小さいねっ。」
「・・・一人用だからな。」
すぐ隣でエンミュの息づかいが聞こえる。
意識し始めると、眠れなくなりそうだと察知し、俺は早々に眠りにつこうと目を閉じた。
しかし、目を閉じると部屋の音がより鮮明に聞こえるようになる。そのせいで、エンミュの呼吸音だけでなく、自分の心拍音まで大きく聞こえ始め、なかなか寝付けずにいた。
どれくらい経っただろうか。しばらく静かだったエンミュが、唐突に右手を握ってきた。
突然の出来事に、思わず目を開き、顔を横に向けて彼女の顔を確認する。
「…ごめん。起こしちゃったかな。なんだか息苦しくて。」
エンミュは、少し罰の悪そうな顔でこちらを向いていた。
彼女は飢餓暴走を起こしてからまだ一晩しか経っていない。生命力がまだ、十分に回復していないのだろう。
彼女を助けると約束した以上、再び暴走しないように、生命力を供給してあげるのは俺の役目だ。
「起きていたから大丈夫だ。いつでも手を握っていいからな。」
返事を返しながら、握られた手を優しく握り返し、生命力を送る。
風呂上がりだからだろうか、エンミュの顔が少し火照って見えた。
「あ、ありが、とう…。」
エンミュは何故か嬉しそうに、小さく笑顔を浮かべた。
その後しばらくの間、俺たちは向かい合って横になっていた。
気がつけば彼女は、穏やかな笑みを浮かべたまま静かに寝息をたてて眠っている。
(お疲れ様。おやすみ…。)
複雑な状況にありながら、村のために戦った彼女の寝顔を見ると、不思議と心が落ち着いた。
次第に瞼が重くなり、全身の力が抜けて
――――俺も意識を手放した。
「ん…?」
朝、俺は右腕がやけに熱く感じて目を覚ました。
瞼を開け、ゆっくりと顔を右に向けると、エンミュが子供のような寝顔で、腕に抱きついていた。
「……やっ。」
俺が腕を離そうと動かすと、エンミュは抱きつく力を強めて、顔を二の腕あたりに埋めてきた。
(・・・。)
彼女のことは後回しにしようと決めて、外の様子をベッドの上から観察した。
どうやら既に日は高く昇っているようだ。
外では子どもたちが元気に遊ぶ声を響かせ、村は普段の賑わいを取り戻している。
(もう朝食の準備もしてそうだな。)
エンミュを起こすことを決めた俺は、腕に抱きつく彼女の頬を指でつついた。
「おい。起きろ。朝だ。」
「……むぅ…あとちょっと………。」
「だめだ。今すぐ起きろ。」
俺の言葉に、目を開けた彼女は不服そうな顔をしていた。
「………ばーか…。」
少し頬を染めながら、肩のあたりから俺を見上げ、口を尖らせて何か呟いた。
「なんだって?」
「なんでもない!起きますぅ。」
エンミュは腕から離れると、そそくさと部屋から出ていった。
(…寝起きで機嫌が悪いのか?)
考えても仕方がないので、俺も朝の支度を済ませるため、部屋を後にした。
その後、俺たちは朝食をごちそうになり、約束通りレンの墓に案内してもらった。
村人たちの墓地は村の西端にあり、俺たち以外に参拝者の姿はなかった。
「また来るね。」
エンミュは帰り際に、明るい笑顔で墓に声を掛けていた。
俺もレオが村を襲っていた理由がわかったら、再び訪れようと決意し、墓地を立ち去った。
「もう行かれるのですか。」
「ああ。これ以上長居する理由もありませんから。」
村に戻った俺達は次の拠点を目指すため、出発の準備を進めていた。
広場の周囲には共に戦った衛生兵の方々や、村の住人たちが集まっていた。
「もう少しゆっくりされても良いのではないかね?」
「いえ、あまり迷惑をかけてもいけませんから。」
エンミュは村から何着かの着替えが入った巾着をもらい、黙って俺の後ろに隠れてている。
「そうですか…。どうかご無事で。これはせめてものお礼です。」
村長は俺たちに、三日分程の食料と水を差し出した。
「ありがとうございます。助かります。」
「こちらこそですじゃ。ありがとうございました。またいつでもお越しください。」
村長が頭を下げるのを合図に、村の方々もお辞儀をし始めた。
これほどまでの人数に感謝されたことが無いのだろう。エンミュは感極まって、目に涙を浮かべていた。
「ほら、彼らのためにも、早く行くぞ。」
俺はエンミュにだけ聞こえるように、小声で話しかけた。
経験上、見送りに来た人たちは、足音がある程度離れるまで顔を上げないのだ。
静かに頷いた彼女は、俺と共に広場を背に北へと歩を進めた。
しばらく進んでから振り返ると、村の人々全員が手を振っていた。
「温かい村だったな。」
「うん…もう少しゆっくりできたら良かったね。」
「そうだな。次訪れる時は、ゆっくりさせてもらおう。」
俺たちも彼らに向かって手を振り返しながら、村を後にしたのだった。




