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Crescent  作者: 藍和
第一章「表世界編」
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第六話「双星(フタツボシ)」



 死狼王ノーウルフキングは鋭い爪で俺を切り裂かんと、前足を振り回す。

 対する俺は、攻撃を受け無いように敵の周囲を移動しつつ、距離を詰めていた。


 死狼王の爪は空を切り、地面や周辺の倒木に無数の傷跡を残しながら、俺を追いかける。


 「グワアァァ!」


 間合いに踏み込んだ時、死狼王は湖の時と同様に、宙返りを使った尻尾攻撃を繰り出す為、重心を落とした。


 「そこだ!」


 俺は剣を強く横に薙ぎ払った。ブゥン!という空気を裂く音と共に光の残像が残る。


 三日月の残響(クレス・リーヴ)―――斬撃を一定時間その場に残す技―――だ。剣を振るった俺は直ぐに一歩後ろへ下がり、尻尾攻撃の間合いから離れた。


 直後、先程まで俺が居た場所を、凄まじい速度で死狼王の尾が切り裂く。



 ―――数秒後。



 ドスッ。と背後で何かが音を立てた。


 顔を横に向け確認すると、大きな尾が雑草の上に転がっていた。

 少女の方に目を向けると、泣きそうな顔をしながらも、目を逸らさずに戦いを見守る姿があった。


 死狼王は尾を半ばから失い、切断面は黒く腐った肉を覗かせている。


 「ガウゥ!」


 間髪入れず、尾を失った事になんの反応も見せない死狼王は、大きく口を開けて俺を噛み砕こうと迫ってきた。


 俺は体勢を低くし、迫る牙に向けて走り出す。


 死狼王は逃げ道を塞ぐように、頭を横向きにし、勢いよく噛み付く。


 牙が俺を捉える直前、素速く真上に飛ぶ。

 ガギッ!という鈍い音が響くのを、俺はその少し上空から聞いた。


 「らあっ!」


 着地際、硬い毛に覆われた首元を力強く蹴り、敵の右後ろに向かってさらに飛ぶ。


 ドン!という地響きと共に、死狼王の顔が半分程地面に埋まり、骨の砕ける音が聞こえた。

 身動きの取れなくなった死狼王の一瞬の隙を逃さず、地上に降り立つと同時に、右後ろ足を付け根から両断する。


 「終わったな。」


 支えを失った胴体は、バランスを保てなくなり、大きく傾き始めた。


 「グオオオゥ。」

 「・・・っ。」


 体勢を立て直そうと、前足を地面にり込ませ、大きな胴体を支える。


 首を左の方向に変形させ、尾を半ばから無くし、後ろ足を片方失った姿は、少し痛々しかった。


 身体を引きりながら、こちらに向き直ろうとする姿を、これ以上見てはいられなかった。



 動きの鈍い死狼王が振り向く前に、素速く距離を詰める。


 音にならない雄叫びを上げながら、腕を振り回そうとした死狼王はバランスを崩し、その場に倒れた。


 「眠れ。」



 俺はその首を切り落とした。



 切断箇所が僅かに青く輝き、やがて光を失った。

















 「…ありがとう。」


 いつのまに移動したのか、レンは俺のすぐそばに居た。


 「ああ。」

 「おやすみ。レオ。」


 少女はレオに近づくと、切り離された頭を優しく撫で始めた。


 俺は静かに剣を鞘に収め、その姿を只々《ただただ》見守った。






 「…クルルッ。」






 突然、獣の喉を鳴らす音が広場に響き渡る。


 「狼の生き残りか?」

 「…違う。この声は…レオ!」


 少女の声に反応するかのように、狼の鳴き声が再び響いた。


 「どこ?どこにいるの!?」


 声は聞こえても姿は見えず、幻聴のようにレオの声は反響していた。



 ピクッ。とレンが唐突に身体を震わせた。



 「キャッ!」

 「どうした?………なるほど。」


 俺がレンの方を向くと、そこには死体から顔を覗かせて、少女の手を舐めるレオの姿があった。レオはレンと同じく、青白く光っていた。

 おそらくは、死体狼としての『魂の束縛』が解かれ、彼の魂が肉体から離れたのだろう。彼もまた、彼女と同様に霊体の状態であると考えられる。


 「びっくりした~。もう!レオは甘えん坊だなぁ。」


 甘えるように声を出すレオと、会ってから一番の笑顔を見せるレンは、お互いを確かめ合うように抱きあった。

 微笑ましい光景が目の前にあったが、彼女達に与えられた時間は、そう長くは無いはずだ。


 「君もレンも、もうこの世界に心残りは無いだろう?時間は限られているぞ。」

 「…そっかぁ。私たち、消えちゃうのね。でも大丈夫!もうレオと一緒だから。」


 少女の声に、クルルッ!とレオも嬉しそうに応えた。


 「なら、心配いらないな。」

 「うん。おねがい叶えてくれてありがとう。ええと…?」


 少女が困った顔で、言葉を詰まらせた。俺のことをどう呼べば良いのか困惑しているようだ。


 「そういえば名乗ってなかったな。俺の名前はセレン。」

 「セレンさん……セレンお兄ちゃん。ありがとう!」


 再び笑顔を覗かせたレンは深々とお辞儀をすると、レオも頭を下げた。


 レオの横に移動した彼女はこちらに向き直り、少し寂しそうな笑顔で別れを告げた。


 「バイバイ…。」


 言葉と同時に、彼女達の輝きが弱くなっていく。少しずつそらに向かいながら、姿が透けていく。


 手を振る彼女達を見送っていると、背後から草を掻き分ける音が聞こえてきた。



 「セレン君どこーーー??」



 死体狼アンデットウルフの群れを撃退したのだろう。エンミュの声が広場の入口付近から響いてきた。


 「ここだよ。」


 視線をそちらに向け、返事をし、また上空に目を向ける。


 しかし、夜空に視線を戻した時には、彼女達の姿は見えなくなっていた。


 「何見てるの?」


 近くまで歩いてきたエンミュは静かに問いかけてきた。


 「…今日は星が綺麗に見えるなと思って。」

 「たしかに。今日は月の光も弱いもんね。」


 「ああ。今夜は繊月せんげつだからな。」

 「…星もいいけど、アレ倒したんでしょ?はやく帰ろうよー……へくちゅ!」


 エンミュの声に、ようやく顔を戻した俺は、彼女がずぶ濡れになっている事にようやく気がついた。


 「お、おい。一体どうしたんだ?」

 「えへへ…。湖に落ちちゃった。」


 「落ちる…?」

 「いやぁ~。正直、あれくらいの敵なら余裕だと思ったんだけどなぁ…へくちゅ!」


 ズビビビ。と鼻をすすりながら、彼女は言葉を続けた。


 「途中で、生きてる狼が沢山出てきたんだよねぇ。私と死体狼の間に入るだけで、敵意はない感じだったから、斬りたくなくて…。」

 「それで戦いにくくなって、湖に追い込まれたのか。」


 「…うん。」

 「でも、何で全身ずぶ濡れなんだ?」


 「………けた。」

 「え?」



 「~~~こけたの!!」



 顔を赤く染めながら、声を荒げる彼女を見て、先程までの感傷的な雰囲気を忘れ、思わず笑ってしまった。


 「ひどーーーーい!・・・でも、セレン君のそんな笑顔見たの初めてかも。」

 「あはは。ごめん、面白くてつい。」


 「ねぇ、もう帰ろう?死狼王ノーウルフキングの件も村長に伝えなきゃだし!」

 「そうだな。行こう。」


 「もう!セレン君笑いすぎ!」


 笑いながら返答した俺に対して、エンミュはちょっと怒っているようだったけど、顔は笑顔だった。















 俺は村に戻るまでの間に、レンとレオの事をエンミュに話した。


 エンミュは話しの途中に「つらいね…。」とだけ言い、黙って話を聞いていた。


 「でも、良かったね。ちゃんと成仏できたみたいで。」

 「ああ。二人ともお互いの事を思っていただけだからな。最期は仲良く、一緒に昇っていったよ。」


 「今頃はお空の上で、一緒に遊んでるのかなぁ。」


 俺たちは細い月の浮かぶ夜空を見上げた。


 暗い空に浮かぶ星々が、ここぞとばかりに輝きを競い合っていた。

 その中に、一層強く光る二つの星が、並んで輝いていた。





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