第五話「レオン姉弟」
「よし行くぞ!」
俺達は一斉に死体狼の群れに向かって、木陰から飛び出した。
死狼王は、すぐに俺達の存在に気づき、大きな咆哮をあげた。
途端、周辺の死体狼達が全てこちらを向き、王に共鳴し始める。
死体狼達は、鋭い牙を剥き出しながら唸り、輝きの無い瞳で冷たく睨む。
群れの中央まで進んだ時、ガァ!と一体が吠えるのを合図に、四方から群れが襲いかかって来た。
それと同時に、エンミュが驚くべきスピードで俺の前に踊り出た。行く手を阻む敵を斬り払いながら、俺と死狼王の間に道をつくる。
(…すごいな。)
彼女の剣さばきは、昨晩とは比べものにならない程に凄まじいものだった。迫る敵を目にも留まらぬ斬撃で切り倒していく姿は、まるで刀を使った舞踊のようにすら見えた。
エンミュが背後から迫る敵を処理する為に振り向いた。
脇をすれ違う時、俺達は無言で頷き合い、作戦通り俺が死狼王の元へと群れの間を駆け抜けた。
「グオオオオォォゥゥゥゥ!!」
群れを抜けて距離を詰める俺を認識した死狼王は再び咆哮を上げた。片方の前足を振り回し、鋭い爪で襲いかかる。
距離を詰めながら、大きな爪が振り下ろさせる直前に右前方に蹴り出す。
爪は俺の頭のすぐ脇を切り裂き、地面に大きな爪痕を残した。
「っ!」
直後、攻撃態勢に入っていた俺に対して、死狼王は驚くべき脚力で宙返りをした。殺人的な速度で下から迫る尾に、俺は攻撃を止め、剣の腹を水平に構えた。
ギィン!と剣が悲鳴を上げ、俺は三メートル程後ろに飛ばされた。咄嗟に左手を地面に着き、後方に一回転しながら体制を立て直す。
「金属みたいに硬いな。」
他の個体とは一線を画した大きさと力強さ、俊敏な動き、鋼のように硬い尾はまさに、伝説に残る死体狼の覇王の名に相応しいものだ。
だが、死霊種それも死体には明確な弱点となる特性がある。
それは、『五感が無い』事だ。
彼らは生命の尽きた身体に残る霊魂が、何かしらの理由で肉体に残り続けている魔物だ。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、そして触覚の全てを既に失っており、只々生命力を求めて近くの生物を襲うのだ。
大抵の死体は、生前に十分な食事ができず、餓死した者が死後も地上を歩き回るという。
つまり、彼らは防戦する能力が低い。生命を喰らうことに特化した化物だからだ。
攻撃の方針を決めた俺は、全速力で走り出し、再び死狼王との距離を詰める。
敵の鋭い爪を躱しつつ、剣の間合いに入る。
「はあっ!」
掛け声と共に、敵の動きを止めようと後ろ足を狙って剣を振るう。
攻撃が当たる直前、死狼王は自慢の脚力で大きく跳躍し、湖の北側に移動して俺との距離を取った。
「こいつ・・・本当に死体なのか?」
そう疑いたくなるほどに、死狼王は攻撃に対して消極的だった。
その後も、距離を詰めると跳躍し、湖に沿って北に逃げ、剣の間合いに入れまいと鋭い爪や大きな牙で牽制を続けた。
湖の入口ではエンミュが、俺と死狼王の戦いに邪魔が入らないように、敵の群れを食い止め続けている。
(これ以上は長引かせたくないな。)
そう思い、傷を負う危険はあるが敵の攻撃を受け止め、反撃を試みることを決断した時。
「こっちだよ・・・。」
どこからともなく幼い少女の声が湖に響き渡った。
(逃げ遅れた子供がいたのか…?)
慌てて周囲を見渡し、子供の姿を探した。
だが、どこにも少女は見当たらない。
「一体どこに・・・っ!」
俺は言葉を失った。少し目を離した隙に、死狼王は俺に背を向けて北の森へ逃げ出していたのだ。
「馬鹿な…。死体だぞ。」
自分で言うのもなんだが、俺は人一倍生命力に満ちている。死体が俺を差し置いて、他の物に食いつくのは見たことがなかった。それ程までに魅力的な何かが、この北の森にあるというのだろうか。
「お兄さんも、来て。」
再び少女の声が木霊した。今度は死狼王が消えた森の奥から聞こえたような気がした。
覚悟を決めて剣を構え直し、ゆっくりと森へ歩みを進めた。
視界が悪いが、足元の踏まれた草が死狼王の行先を教えてくれていた。
足跡を辿り奥に進むと、すぐに少し開けた空間が現れた。左右を見渡してみると、苔に覆われた大きな倒木がそこかしこに転がっている。
そして腐りかけの倒木に囲まれた空間の中央に、その姿はあった。
「嘘…だろ…。」
俺はまたしても言葉を失った。広場の中心には大きな切り株があり、その上に青白く光る少女と、その隣で大人しく腰を落ち着ける死狼王がいた。
「お兄さんを連れてきてくれてありがとう。」
にっこりと笑顔を浮かべた少女は、髪を首の横で二つにまとめ、簡素な布のワンピースを着た、十歳前後の村娘のようだった。可愛らしい笑顔のまま、撫でるように死狼王の頭の上で手を動かしていた。
「…君は?」
「お兄さんも来てくれてありがとう。私はレン。この子のおねえさんだよ。」
「お姉さん?」
「そう。わたし達、同じ日に産まれたの。ちょっとだけ私のほうが先だったみたい。」
えへへ。と少女は照れくさそうに笑みを浮かべた。
「お兄さん、旅の人だよね。」
「ああ。」
「やっぱり!ええとね?いきなりなんだけど、お願いがあるの。」
「…何かな?」
俺は死狼王から目を離さず、なるべく穏やかな口調で少女に問いかけた。
「弟を、あなたに殺してほしいの。」
ほんの数秒。木々のざわめきすら失われた静寂がこの広場に訪れた。
森が音を取り戻したかのように騒ぎ出したのと同時に、少女は話を続けた。
「レオが村を襲ったのは多分私のせいなの。この子は本当は誰かを傷つけたりするような子じゃないの。」
少女は死狼王をレオと呼び、真剣な面持ちで語り始めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今から五十年程前、ヨニア村に一人の赤子が誕生した。とても元気な女の子で、村一番の産声を上げた彼女は『レン』と名付けられた。
その数時間後、村長の家で共に暮らしていた雌狼も子を産んだ。レンに負けるとも劣らぬ鳴き声を上げ、名を『レオ』と名付けられた。
ここヨニア村は世界的にも珍しい多種族共存の村だった。多種族とは言っても人と狼だけの小規模な生活共同体制であった。
狼は狩りと襲撃に対する戦闘力を。人は生活環境と知識を。それぞれの役割を持って、彼らは長きに渡って村を繁栄させてきた。
その中でも、村長家に仕える狼の血統は人一倍…いや、狼一倍優秀な血筋で、大きさのみならず、身体能力、毛の硬さ、知性に至るまで他の狼達とは一線を画していた。
現に、狩りや襲撃の防戦など、戦いになると誰よりも活躍し、仲間の窮地には身を挺して救出に向かうなど、強い正義感もあった。
誰が言い出したのかはわからないが、この村では村長家に仕える強き狼を『狼王』と呼び、人・狼問わず慕われていた。
村長家に産まれたレンとレオはいつも一緒に生活していた。
食事も、遊びも、お昼寝も、勉強も、お風呂も、夜寝る時も勿論、一緒に眠っていた。
いつしか彼女たちは『レオン姉弟』と呼ばれ、村中で有名な姉弟になっていた。
レンが十歳になる頃、既にレオは成狼となっていた。体長も三メートルを超え、立派な狼王として活躍を期待されていた。
レオは期待以上の活躍を見せた。村の歴史を遡っても、歴代の狼王の中にレオ程優秀な狼はいなかった。
度々レオが狩りや防戦に出るようになってから、レンは一人でいる事が多くなっていった。
傷の手当などで一緒に遊べない日が続くこともあった。
そんな日は、決まって村の東にある湖に出かけるのだった。
小さい頃から二人が一緒に出掛ける時は、必ずと言っていいほど、この湖に遊びに来ていた。
ここには二人だけの秘密基地があった。
湖の北側。湖面に背を向けて森に入り、少し奥に進むと、開けた場所がある。十年ほど前、謎の異常気象災害が発生した時に、巨大な雷がここに直撃したのだ。中途半端に炭化した倒木や、雑草が新しく芽吹き始めている草原は、彼女たちの好奇心を強く刺激した。
その日も夕方までレンは秘密基地で遊んでいた。
その頃、村には珍しく旅人が訪れていた。
青い大きなローブを、顔が隠れるほど深く被った男で、旅人を名乗ってはいるが、荷物を一つも持ち歩いていなかった。
何故か村中の狼達が牙を剥き、低く唸りながらローブの男を威嚇していた。
「フフフ。流石は狼さんですねぇ。臭いでしょうか。」
怪しげな男は不気味な笑みを浮かべ、独り言を言いながら村の中央にある広場に向かっていた。
一方その頃、レンは帰路に着いていた。いつものように、村の広場に面した家に帰ろうとした時、広場の中央には青いローブの男と対峙する一匹の狼がいた。
(レオ?)
怪我の治療で家にいるはずのレオがそこに居た。これ以上家に近寄るなと言わんばかりに、全身の毛を逆立てて威嚇している。
「オオ!素晴らしい!なんという生命力!あなたの命も欲しいですねぇ。」
そう言うと、ローブの下から人間とは思えないドス黒い腕を生やし、レオへと伸ばしていく。
「やめて!」
青ローブの男が何者かわからなかったが、おぞましい腕を見たレンは直感的に触れてはならない何か感じた。それでもレオを守る為、レンは男の腕を強くはたき、レオを庇った。
「痛いですねぇ。フフフ。でも、あなたがレンさんですね?手間が省けましたねぇ。」
手をローブのなかに隠し、痛みなど全く感じていない、愉悦に浸った声を上げた。
「フフフ。私の手に触れましたね。もうあなたは助かりませんよぅ。」
男は心底楽しそうに笑いながら話す。
「あなたには生命力を吸い取る呪いをかけたのです。これから呪いは徐々にあなたの命を喰らっていくでしょう。フフフ。そうですねぇ。生きていられて半年程度でしょうか。」
「何言ってるの?デタラメ言わないで。」
「嘘じゃありませんよぉ。あなたはあの御方の生贄となるのです。」
「あの御方・・・?」
「そう!我らがヘカーテ様の糧となれるのですよ!ああ。なんと素晴らしい!」
「っ!」
ヘカーテの名が出た途端、レンは足に根が生えたように動けなくなった。誰も好んでその名を口にすることのない悪魔の名だからだ。
「グアアッ!」
レンの怯えた表情を見たレオは、青ローブの男を威嚇した。
今まで見たことのない、狼王最大の威嚇は周辺に集まっていた村人たちでさえその場から動けなくなるほどの殺気だった。
「おお。怖いですねぇ。あなたの命も欲しい所ですが、今はこの娘で十分でしょう。フフフ。その殺気に免じて今回は帰るとしましょう。あなたはまだまだ生命力を高められそうですしねぇ。」
レンは今の発言にレオの命が危ないことを悟った。その途端、恐怖を忘れて声を発した。
「待って!この呪いを他の誰かにかけたの?」
青ローブの男は少し驚いたように彼女を見た。そしてすぐに顔をニヤけさせる。
「素晴らしい正義感!噂通りですねぇ。フフフ。安心してください。今日はあなただけを呪いに来たのです。」
「じゃあ、私だけの生命でいいでしょ。」
青ローブの男は口が裂けるほど口元を広げて、彼女の言わんとする事を察したように提案した。
「フフフ。わかりました。もしあなたが半年間生き存えたら、その狼さんの生命は取らないでおきましょう。」
そう言って、青ローブの男は背を向け、ゆっくりとした足取りで、村から出ていった。
その後、父である村長に報告をし、念の為、村の診療所で見てもらったのだが、特に異常はなかった。
それから数日間、特にレンの身に変化は無かった。なぁんだ、只の悪戯だったのかと安堵しかけたある日。
レンはいつも通り、家族で夕食を食べていた。うっかりスプーンを右手からこぼし、床に落としてしまった。恥ずかしそうに笑いながら、彼女は床からスプーンを拾おうとした。その時。
「う…そ。」
彼女は異常に気がついた。スプーンを拾おうとする指に力が入らないのだ。いや、そもそも右手に力が入りづらい。
それから少しずつ、彼女の身を呪いは蝕み始めた。
腕力、脚力、聴力、視力、味覚・・・
何かを失う度に彼女は、自分が人間ではなくなっていく感覚に恐怖した。
村の大人たちも手を尽くしたが、一向に良くなる兆しは無かった。
青ローブの男が現れてから五ヶ月が経った頃、レンはベッドの上で一日を過ごすようになっていた。
聴力はかろうじて近くの音が聞こえる程度で、目は光を失っていた。
自分で歩くことも難しく、唯一遜色なく動かせたのは口だけだった。
「レオ…どこ…?」
ベッドの横で伏せていたレオは、起き上がるとレンの耳元で小さく鳴き声を上げた。
「そこに居たのね。ありがとう。」
老人のように骨ばった手で、彼女はレオの頭を撫でた。
レオは彼女の頬を舐めて、それに応える事しかできなかった。
そして約束の半年が経つ日の夜、青ローブの男が再び村に現れた。
村人たちは様々な反応をした。罵声を浴びせる者、レンを救ってくれと懇願する者、関わるまいと身を隠す者。
「レンさんは生きていますかー?」
レンの眠る家に付いた男は、出てきた村長に不躾な言葉を掛けた。
「ぐ…。まだ息はあります。もうあなたに頼る他ありません。娘をお救いください。」
「フフフ。残念ですが、救うことはできません。私は解呪師ではありませんから。」
「そんな…。」
村長はその場に崩れた。ここ数日のレンは佳境を迎えていた。いつ息を引き取ってもおかしくない状況に家族は皆、一睡もできずに寄り添っていた。
「入らせていただきますよ。フフフ。」
青ローブの男はレンの眠る部屋に入った。
部屋にはレンの母と、レオの姿があった。
レオは、男をレンに近寄らせまいと、牙を剥き出しながら威嚇した。
「おお!相変わらずの生命力ですねぇ。フフフ。」
男はレオを見下しながら、楽しそうにベッドに近寄ってくる。
「…やく…そく。」
突然、もう三日ほど声を発していなかったレンが、絞り出すように呟いた。
その声にレオは吠えるのを止め、彼女の脇へ駆け寄った。
「なんということでしょう!半年も私の呪いから生き存えたのはあなたが初めてです!おめでとうございます!」
「…やく…そく。」
「ええ。わかっていますとも。フフフ。私だって鬼じゃありません。日付が変わるまであなたが生きていれば、約束通りこの狼さんの生命は取りません。生きていれば。」
男は楽しそうに笑みを浮かべながら、徐にローブの下からナイフを取り出した。
「私は悪魔ですからねぇ。」
そのままゆっくりと音を立てずにレンの首元に刃を近づけていき―――
「グワアァァ!」
切先が喉に触れる直前、レオは男の腕を噛み千切った。
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”」
腕を失った男は人間の声とは思えない音で叫び出した。右腕の切断面からはドス黒い血が止まることなく溢れ出している。
「イヤアアアアアァァァァ!!」
人の血に慣れていないレンの母は、思わず大きな悲鳴を上げた。皮肉にも、それが青ローブの男を正気に戻させた。
「フフフ。これはもう私の生命もありませんねぇ。フフフ。あなたが悪いのですよ。あなたの方から私の腕に触れたのですから!」
今度は狂ったように笑いながら男は声を発した。
レオは男を黙らせるように喉を噛み切り、息の根を止めた。
「…レオ?今、何が、あったの…?」
―――事態が収集し、精神的に立ち直った母が、部屋で起こったことの一部始終を語ったのは、日付が変わる頃だった。
「…レオと、二人にして…。」
事態を知ったレンは、今にも消えそうな声でお願いをした。
皆が部屋から出ていった事を、レオが頬を舐めて知らせると、レンはレオに語りかけた。
「あり、がとう…。いっしょに…み、ずうみ……いこ。」
レンは自分の生命が残りわずかであることを誰よりも理解していた。だからこそ、最期の時はレオと思い出の場所で過ごしたかった。
レオは彼女の命令に背いたことは一度もなかった。いつだってそれが正しくて、楽しかったからだ。
この時もレオは迷いなく、レンの願いを聞き入れた。
器用にレンを背中に乗せ、窓から部屋を出ていった。レンは力を振り絞ってレオの背中にしがみついた。
湖までの道すじには沢山の村人達が居たが、誰も彼女達に声を掛けられなかった。
湖には大きな満月が浮かび、とても幻想的な景色だった。ゆっくりと湖畔に沿って北に移動し、秘密基地へと向かった。
秘密基地の中心にある大きな切り株に、レオはレンを寝かせた。
「あり…がと。」
レオの頭を撫でながら言葉を発した時、光を失った瞳から、半年間一度も流さなかった涙が零れ落ちた。
「ごめんね…。レオの、こと。守れな、かった…。」
彼女の声はもはや声と呼ぶには小さすぎた。周囲の木々のざわめきに掻き消された言葉は、レオの耳に聞こえていなかったかもしれない。
レオの頭を撫でていた手が動きを失い、力なく切り株の上に落ちた。
レオは知っていた。レンが撫でるのを止めて腕の力を抜く時は眠った時だと。
静かに眠るレンの横に移動したレオは、いつものように寄り添った。
晴れていたはずの空からポツポツと、前触れも無く雨が降り始めた。次第に雨は強くなっていき、レオの体温を奪い始めた。雨に濡れたせいか、冷たくなってしまったレンを温めようと、レオは彼女の頬を舐め続けた。
―――雨は一週間降り続けた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「私が知ってるのはここまで。どうしてレオがこんな姿になってるのかまではわからないの。」
レンの霊は首を傾げていた。
「私、死んじゃったから、その後のことは知らないの。」
「そうか…。間違いなく、レオは死んだんだろうな。そいつが物語ってる。」
少女の横で大人しく座っている死狼王は紛れもなく死体狼だ。
「みたいだね…。きっと先に死んでしまった私のせいで人を嫌いになったんだ…。」
「それは違うな。そいつは君のことがずっと大好きだったはずだ。生死は関係ない。」
「だったらなんで村を襲うの…?」
それはわからなかった。情報が少なすぎる。「死体狼となって、生命力を求めて襲った」にしては不可解な点がある。こうして彼女の霊に従っていること。そもそもこの数の死体狼が居て、襲撃したのが今日であることだ。
「逆だ。なぜ今まで村を襲わなかったんだ…?」
問題はコッチだ。唯一の手がかりは、死狼王もレンの霊もこの秘密基地にずっと居るという事だ。であれば、今までの死狼王のことを、彼女に教えてもらえばいい。
「確認したいんだが、君はずっとここに居たんだよな?」
「え?私?私は昨日からだよ。それまでのことは知らないの。」
「昨日?」
「うん。昨日の晩にここで気がついたの。広場からは出られないみたいだけどね。」
見えない壁みたいのがあるの。とレンは言った。
こちらの問題も見えない壁にぶつかったようなものだ。これ以上情報が無いのでは、原因の探りようがなかった。
「ごめん。レオが村を襲う理由はわからない。でも、いずれ解決したら君に報告しに来るよ。」
「そっかぁ。うん!わかった!待ってるね!」
少し残念そうな顔をした少女だったが、直ぐに明るい笑顔で返事をした。
「今重要な問題はそこじゃないからな。」
俺は逸れかけていた話を戻した。
「どうして、俺の剣で殺してほしいなんて言うんだ?」
「ああ、それはね、お兄さんの神聖力が凄いって狼さんたちが騒いでたから。」
「狼が?」
「そうだよ。今村を襲っているのは死んじゃった狼さん達だけど、この森には野生の狼さんも沢山居るから。」
なるほど。死体狼が大量に居る理由がようやく解った。こんな大勢の死体狼が同じ地域に発生するなんて稀なことだ。それこそ、狼の住処が何かしらの理由で突然消滅するなんてことが起こらない限りは。
しかし、今回は正にその状況だ。
ヨニア村にはもう狼は住んでいなかった。何があったのかはわからないが、村を出ていった狼達が餓死したのだろう。
「野生の狼達はきっと、かつては村にいた狼だろうな。」
「・・・。」
少女は唇をへの字に結び、黙っていた。もう村に狼が居ないことを解っていたのだろう。
「すまない。余計なことを言ったな。」
「ううん。大丈夫。それでね、今生きてる狼さん達のためにも、この子をお兄さんの力で救ってあげて。」
「どういうことだ?」
清めて倒される死霊種は成仏するという話は聞いたことがあった。しかし、今生きている狼を救う・・・?
「実はね、レオのせいなの。レオが死体狼としてここに居るせいで、狼さん達はその言うことを聞いてるだけなの。」
「狼王のカリスマか…。」
人間の王様とは全く性質の異なるものなのだろう。死んでも尚、狼達が付き従おうとする程に、レオは親しまれていたのだ。
「だからお願い。この子を救ってあげて。レオも今の状況は望んじゃいないはずなの!」
これ程までの正義感と強さを持った狼王が何故死体狼になったのかは疑問だが、今の俺にできることは一つしか無かった。
「わかった。俺に任せろ。」
少女が居ても居なくても、俺の目的はこの死狼王を倒すこと。背負うものが少し増えただけの話だ。
剣を握り直し、広場の中央へと歩を進める。
「行くぞ。」
俺が駆け出すと同時に死狼王は立ち上がり、咆哮を上げながら俺の攻撃を待ち受けた。