第四話「死体狼の王」
「エンミュ大変だ!村が……。」
勢いよく扉を開けて彼女の姿を探したが、部屋には誰の人影もなかった。
「あいつ…。」
彼女の事だ。村の騒ぎを聞き、助けに向かったのだろう。
(まずいな…。)
エンミュの強さは昨晩の一件でよくわかっている。しかし、今の彼女は生命力が十分ではない。下手すると、死霊種に生命力を削がれ、また飢餓暴走しないとも限らないのだ。
家を出る直前、居間から村長達の話し声が聞こえてきた。
「敵の様子はどうじゃ。」
「報告によると死体狼が三十体程度、東の湖から侵攻中とのことです。」
「ふむ、衛生兵第二部隊を東の集落に向かわせなさい。残りの兵隊はここに防衛ラインを築かせるのじゃ。」
「わかりました!」
青年の大きな返事の後、複数の金属鎧がジャラジャラと擦れ音を鳴らしながら外へ出て行った。
(またあの湖か。)
俺は村長の家を飛び出して、彼らの情報を頼りに、東の湖へ向かった。
湖の手前、昨日と同じく静かな集落の入口に着いた時、小さな黒い影が三つ現れた。
俺は足を止めることなく腰から剣を抜き、戦闘態勢を整えた。
魔物との距離があと五歩程まで迫った時、左右に広がっていた二体の死体狼が、低い唸り声を上げながら、同時に襲いかかってきた。
死体狼は狼の死体に乗り移った死霊種だ。体長はおおよそ二メートル程度で、動きが速い。
「はっ!」
小さな気合いと共に、左側の死体狼に向けて右足を大きく踏み切り、右の狼を躱す。左の敵に向けて腰に構えた剣を勢い良く振り上げ、大きく開いた顎を下からぶった斬る。
先程躱した死体狼が俊敏に方向を変え、背後から迫っているのを気配で察知し、振り上げた剣の勢いを利用して身体を反転させ、そのまま後ろに切り下ろし、二体目を屠った。
残りの一体は、じっとこちらを見ている。
俺は一直線に駆け出し、再び剣を構えた。
最後の死体狼は一歩も動かず、俺を待ち構えている。倒された仲間が生き返り、背後から俺を襲うのを待っているのだろう。俺は剣を清めていない。
(…残念だったな。)
一気に距離を詰め、三体目の死体狼を横一線に切り裂き、足を止めることなく集落の中へと急いだ。
俺には生まれながらにして、月の加護があるらしい。月の神聖力が身に着けているものにも宿る為、死霊種も倒せる。
この能力を使えば、村を襲っている死霊種との戦闘は早急に終わると思っていたのだが、どうやら情報よりも敵は多いようだった。
周辺にはもう村人はおらず、衛生兵が所々で魔物と交戦している。俺も周囲の死体狼を倒しながら、湖の方へと足を進めていた。
「うわあああぁぁぁぁ!」
突然、大きな悲鳴が響いた。敵が迫っているのに気付かなかったのか、若い衛生兵が聖水で剣を清めているところを襲われていた。
倒れた衛生兵は必死に剣を死体狼の口元に突きつけ、防戦している。
「耐えろ!今行く!」
先輩の兵士が声を掛けているが、彼も敵に周りを囲まれ、動けない様子だった。
俺は周囲の敵を片付け、全速力で彼の元に向かった。既に数体の死体狼が倒れた衛生兵を囲んでおり、事態は一刻を争った。
彼の元に駆けつけた時、衛生兵が再び悲鳴を上げた。
「た、助けてぇ!」
その瞬間、取り囲んでいた敵が一斉に飛びかかって来た。
(月よ。力をお貸しください。)
俺は腰を落とし、水平に構えた剣を、力強く横薙ぎに払った。
三日月の弧を描いた剣の軌道は眩く光り、少しの間その場に留まった。
『三日月の残響』
斬撃を一定時間その場に残像として残すことのできる技だ。
飛びかかってきた死体狼が攻撃に気づいたようだが、もう逃れられない。空中で足をバタつかせながら残像へと迫っていき、そのまま身体を引き裂かれていった。
攻撃範囲外である背後の敵を倒そうと、身体の向きを変えた時、目の前には既に絶命した死体狼が転がっていた。その代わりに…
「なに今の!すごーーーい!」
いつの間にか目を輝かせたエンミュが、例の怪しげな刀を敵に刺し、立っていた。
「悲鳴が聞こえたからコッチに来たんだけど、セレン君も?」
「ああ。それより、大丈夫だったか?」
「うん。大丈夫だよ。」
彼女は少し得意げに返答してきた。しかし、直ぐに顔を曇らせて罰が悪そうに言った。
「…部屋で待ってるって約束したのに、家飛び出したこと怒ってる?」
「怒ってないよ。俺が逆の立場だったら同じ事してたと思う。」
「そっか。ありがと。」
彼女の無事を確認できて、俺はひとまず安心できた。残る目的はこの死体狼の群れを退けることだけだ。
「エンミュ。力を貸してくれるか?」
「もちろん!聞くまでも無いでしょ!」
「そうだな。この辺りは粗方片付いたようだし、湖の方へ行こう。」
彼女は首を縦に振り、俺と共に湖へと駆け出した。
「あれが親玉みたいだな…。」
湖の近くまで移動した俺達は木陰から湖畔の様子を伺っていた。死体狼が十数体集まっているのが確認できたが、注意すべきはその中心にいる、ひときわ大きな個体だろう。
ゆうに体長四メートルは超えている。
「あんな大っきい死体狼見たことないかも。」
「生前は狼の世界で王だったのかもな。」
「あはは。かもしれないね。だとすると、あれは死狼王ってことになるね。」
「死狼王か。たしかに、本能に忠実な死体狼をこれだけ従えているのも納得できるな。」
「うん。でも意外かも。」
エンミュは苦笑交じりに話す。
「セレン君もそういうこと考えるんだね。」
「そういうこと?」
「死霊種の過去のこととか考えないタイプだと思ってたから。」
「…変か?」
「別に変だとは言ってないよ~。」
イメージと違っただけ。と彼女は舌を出しながら俺に微笑んだ。
「それで、作戦とかあるの?」
「うん。多分あの死狼王を倒せばこの群れは解散すると思う。これ以上敵を増やされないためにも、あの大きいのを早めに倒したい。」
「仲間呼ばれちゃうと厄介だもんね。じゃあ私が雑魚倒すからさ、セレン君あの大っきいのお願い!」
「え、逆のほうが良くないか?武器清め直してる隙を狙われると面倒だぞ。」
雑魚相手は月の加護がある俺の方が適任のはずだ。先程の衛生兵のように、エンミュが敵に囲まれる危険性がある。
「大丈夫大丈夫!実はね?私もよくわからないんだけど、この刀で切ると復活しないの。」
「へぇ・・・。」
そういえば彼女は聖水などの道具を持ち歩いている様子はなかった。
「気をつけろよ。」
「もっちろん!相棒を信じなさい!」
彼女は親指を立てて、ニッと笑った。
「よし行くぞ!」
俺達は一斉に死体狼の群れに向かって、木陰から飛び出した。