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Crescent  作者: 藍和
第一章「表世界編」
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第一話「狂気の碧い瞳」

 「なんだか、ヨニア村を思い出すね。」


 細い月が浮かぶカリオス湖のほとりに、俺とエンミュは並んで腰掛けていた。

 俺たちが旅を始めたヨニア村は、大きな湖が東に広がる水が豊かな村だった。


 「ねぇ。初めて会った時のこと覚えてる?」


 エンミュは顔を湖に向けたまま問いかけてきた。


 「ああ。覚えてる。」

 「だ、だよね。忘れてないよね。」


 声が裏返っていたが、長い髪が横顔を隠し、その表情は読み取れない。


 「なんで今そんなこと聞いたんだ?」

 「初めて会った場所も湖だったでしょう?だから思い出したんだよね。」

 「ああ、なるほど。でも君にはあの時の記憶が無いんだったっけ?」

 「うん。だから、ちゃんと謝りたくて。」


 エンミュは真剣そうな面持ちでこちらを向き、正座に直った。


 「あの時はご迷惑をおかけひまひっ!」


 最後まで言い切る前に俺は彼女の頬を両手で挟み、言葉を遮った。


 「それ、何回目?」

 「ひゃんきゃいめれふ。」(三回目です)

 「もう気にしなくていいって言わなかったっけ。」

 「ひゃい・・・。」


 手を離して彼女の顔を見ると、俺が強く挟んだせいか、頬が紅潮していた。


 「だって、すごい迷惑かけたんだもん。何回謝っても足りないよぉ・・・。」

 「まぁ確かに。あの時の君には迷惑かけられたよ。」

 「うぅ。ごめんなさい・・・。」


 彼女は自分の唇に手を添えながら、うつむき加減にこちらを見て謝ってきた。

 



 古い記憶が蘇る。




 月のない闇夜、俺は旅の途中でヨニア村を訪れていた。


 誰もが寝床に入っているような夜更けに、宿の外で沢山の足音と悲鳴が聞こえてきた。

 騒ぎを確認する為受付に行くと、凶器を持った少女が暴れているらしいと教えてくれた。


 なぜ少女を相手に村の大人たちが逃げているのか疑問だが、世話になっている村で起きた騒ぎを放って置く訳にはいかない。

 逃げている村人にも話を聞くと、どうやら少女は薄汚れたボロボロの布をまとい、怪しく光る刀を振り回しているという。


 見た目からは想像できない剣捌きで、村の衛生兵では太刀打ちできず、皆逃げ惑っているとのことだった。


 俺は一刻も早く元凶に辿り着くため、人の流れに逆らうように東に進んだ。


 湖畔の集落まで移動した頃には、すれ違う村人も居なかった。


 問題を起こしている少女を探す為に行動を始めた時、大きな水飛沫が近くの湖から上がった。


 俺は足音を殺しつつ、急いで湖に向かった。


 湖までの道にある切り株の断面が気持ち悪いほどに綺麗だった。

 恐らく少女が暴れた際に、怪しく光る刀とやらで切ったのだろう。

 水飛沫の上がった場所に近い木陰から、そっと様子を伺う。


 (なんだ・・・あれ。)


 集落の明かりが僅かに届く真っ暗な湖の真ん中に、小さな碧い月が二つ浮かんでいた。


 その月は少しずつ動いていて――――


 バシャバシャ!再び大きな水飛沫が舞い、小さな影がこちらに飛んできた。


 俺は地面を蹴り、木の上に飛び乗って影をかわし、事態を見守った。


 水飛沫が収まった湖に碧い光はなく、小さな人影は俺が居る木の下で動かなくなっていた。


 「逃げて・・・。」


 動かない人影から声が聞こえた。よく見ると手には刀の形をした影が見える。間違いなく騒ぎの元凶の少女だろう。

 周囲に他の気配がない事を確かめてから、俺は少女の傍に飛び降りた。


 「・・・だめ、こないで・・・。」


 少女の声は今にも消えてしまいそうだった。


 「はやく・・・っ!」


 不意に目を見開いた少女の瞳は青く、暗闇の中で吸い込まれるほど美しく輝いていた。


 「ガアアアァァァァアアア!!!」


 突然、少女は奇声を発し、瞳は碧くよどみだし、何かに操られるかのように跳ね起きた。


 俺は少女とその手に握られている怪しげな刀の様子を見ながら、一歩後ろに下がった。


 碧い瞳の可憐な少女は、さっきまで俺が居た場所を鋭い一太刀で切り裂いた。

 明らかに素人の動きではない。流れるようにしなやかな太刀筋は、何年も刀を握っている者の体に染み付いたものだ。


 尚も奇声を発しながら俺に斬りかかってくる少女を観察して、俺は確信した。


 ―――飢餓暴走。


 強い生命力を持った人間が、何らかの理由で著しく生命力を失った時、本能的に生命力を求める特殊な症状。

 この少女も何かを抱えて生きてきたのだろう。普通の生命力の人間なら、とっくに倒れているはずだ。

 少女の瞳は焦点が合わず、俺のことを見ているようで見えていない。


 それに何より、同じ型を三度も繰り返したのだ。命の駆け引きをする剣術において、型は切り札であり、同じ型を連続して使うことは自害行為に等しい。

 少女は飢餓暴走により自我を失っているが、身体に刻み込まれた刀術が紙一重のところで刀を制御していた。


 しかし、同じ動きをすると分かれば対処は猿にだってできる。問題があるとすれば、腰に巻き付いている謎の荊棘いばらだ。

 俺の第六感がピリピリとあの棘には触れてはならないと告げていた。

 棘のせいで、少女を体で押さえつけることはできない。両手を拘束しても、数秒動きを止められる程度だろう。


 生命力を譲渡する方法は簡単だ。肌を触れ合わせるだけで、お互いの生命力を一時的に共有し、平均化できる。

 この時、生命力の多い方から少ない方に力が流れて行くわけだ。


 しかし問題がある。生命の中枢(脳や心臓)から遠い場所や皮膚の厚い場所は供給効率が悪いのだ。


 (この娘には申し訳ないが・・・やるしかないか・・・。)


 ここまでの思考を三秒で行った自分の脳を労いつつ、俺は碧い瞳の少女の斬撃をかわすことを止めた。


 先程と同じ距離、同じ立ち位置。


 少女は刀を持った右手を引き、左足を前に出して半身はんみの姿勢をとった。重心を落とし、半秒の溜めの後、死角の右足で地面を蹴って距離を詰めてくる。


 (今助けるからな。)


 心の中でそう少女に声を掛けつつ、俺は次に飛んでくる上段突きに備え、左手を伸ばした。

 同時に、右足を少女の左足に絡め、右手で少女の左手を掴む。そして――――


 「っ。」


 俺は少女の薄紅色の口をそっと唇で塞いだ。


 皮膚が薄く、生命の中枢である脳と心臓の中間地点にある唇は、生命力を供給するのに非常に効率的なのだ。

 二秒ほど少女は暴れていたが、直ぐに大人しくなり、五秒も経つ頃には眠ったように動かなくなった。


 唇を離し、刀を鞘に収めさせてから、少女をそっと寝かせた。


 ボロボロの布はもうほとんど役目を果たしておらず、あまり直視できる見た目では無かった。

 俺は来ていた上着を少女に着せて、手をしばらく握ってやることにした。


 眠った少女の顔はとても愛らしく、先程までの凄まじい斬撃を放つ姿とは別人のようだった。

 よく見ると少女は透き通った肌に整った顔立ちで、肩よりも少し胸元側まで伸びた髪をした十五歳前後の容姿をしていた。


 しばらく俺は可憐な少女の寝顔を眺めて居たが、あまり時間をかけても仕方がないので、彼女を抱きかかえて村長の元へ移動することにした。


 村長の家を訪ねると、出てきたのは村長本人で、他の家族や村人は避難しているようだった。

 村長は彼女を見て腰の刀といびつな棘に、初めは警戒していたが、無垢な笑顔を浮かべた少女の寝顔を見て、事態を粗方あらかた理解したようだった。


 「皆には私から話しておくから、旅の方はその少女を休ませてあげなさい。目が覚めたら私の部屋に二人で来るように。」


 そう言って村長は俺たちに部屋を一つ貸して、外へと出て行った。

 俺は彼女をベッドに寝かせ、手を握ったまま外の様子をうかがった。


 事態は間もなく終息し、村人たちはそれぞれの家へと帰っていった。


 この騒ぎを整理しようと、俺は問題の元凶となった少女を観察した。

 しかし、よく村の中心地とは反対の湖まで移動したものだ。きっと彼女の正義感と優しさが、狂気の中でも身体を動かしたのだろう。

 笑顔で眠る彼女の姿を見ながらそう考えていた時、俺は重要な事に気がついた。


 彼女の腰に巻き付いている荊棘いばらをよく見ると、その先端が刀の柄に繋がっているのだ。

 そしてもう片方の先端は・・・


 (なんだこれ・・・。)


 刀の柄に繋がっている荊棘の反対側は、信じられないことに、鞘に変形していたのだ。

 謎は深まるばかりだった。


 生命力を失った少女、腰に巻き付いた荊棘、荊棘と一体になった刀、優れた刀捌き・・・。


 どれも今考えても答えが出るものではなかった。彼女が起きるのを待って、直接聞くのが一番良いだろう。


 そう結論が出た途端、身体が旅の疲れを急に思い出したかのように重くなった。


 俺は彼女が眠るベッドの横に座り、手を握ったまま眠りについた。




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