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Crescent  作者: 藍和
第二章「神話戦争編」
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第十六話「神を生む泉」

 

 「そういうことなら、アタシが話す!」


 勢いよく手を挙げながら、セレーネが声を上げる。


 「ええ。それが良いと思います。どうやら私達も知らない事がありそうですから。」

 「同意見です。姉さんお願いします。」


 他の二人は頷きながら、話を次女に委ねる。

 ひと息置いてから、セレーネは一つ一つ思い出すように、語り始めた。






















 絶対神テオスが創造した世界は三つ存在する。


 一つは【天の世界】

 一つは【地の世界】

 一つは【闇の世界】


 【天の世界】は神族―――神々やそれに仕える天使達―――が暮らす世界。『天界』とも呼ばれ、他ふたつの世界を監視・調整する者たちが居る世界。


 【地の世界】。別名『地界』は生態系スペイシスが存在する世界で、人族(人種・亜人種・機械種)や魔族(死霊種・獣種・精霊種)などが共存し、日々文明を発達させている。


 【闇の世界】は天・地の世界を追放された者たちが閉じ込められる牢獄。別名『冥界』とも呼ばれ、神族・人族・魔族問わず世界のことわりに反したモノを収容する世界。

 中には、人族でありながら神界をもおびやかすほどの強大な力を持ったものも監禁されているらしい。

 




 約百年前。太陽神ヘリオス率いる【天使の精鋭隊(セラフィム)】と、史上最悪の悪魔(ヘカーテ)が召喚した【眷属の集団(グリゴリ)】との激しい戦いがあった。

 後に『神話戦争』として語り継がれることとなるこの大戦争は、地界ちかい大陸を大きく穿うがつ程の激闘の末、神々が勝利を収める。











 この戦いを語るにいて、語らなければならない重要な鍵が二つあった――――























 ――――地界暦三百十三年


 人が文明を開花させてから三世紀あまりの時間が経過し、地上に居る者たちの生活が安定し始めた頃。神界に新たな神が誕生しようとしていた。

 昼夜が存在しない神界では、地界の『日付』という時間軸座標を示す言葉を使い、時の流れを表現していた。


 その日、神界に大きな声が響き渡った。

 絶対神テオスの城から少し南に離れた家から、明るい声が聞こえる。


 「姉さん!今日だよ!ついに今日だよー!」


 金色に輝く髪を揺らしながら、一人の少女が大声を上げる。


 「はいはい。わかっています。もう少し静かにしないと他の神族に笑われちゃいますよ。」


 椅子に座り、手元を動かしたまま、金髪の少女をなだめる別の少女がいた。あかい髪を背中に流し、雪のように白い肌の美少女は、なにやら嬉しそうにはしゃぐ少女と瓜二つの容姿だ。

 「だって!だって!妹だよ!初めてなんだよ!姉さんは嬉しくないの!?」

 「うふふ。私にはもう貴方がいますからね……………できた。」


 優しい笑みを浮かべながら、朱髪の少女は黄金に輝く一対の耳飾りを手に立ち上がる。


 「これは今日生まれてくる妹への贈り物よ。セレーネ、渡してくれる?」


 金髪の美少女(セレーネ)は、目を爛々《らんらん》と輝かせてピアスを受け取った。


 「わぁ!綺麗~!やっぱり姉さんも嬉しかったんだね!でも、自分で渡さなくていいの?」

 「う、嬉しいのは当然です。私は兄さんの背後に並ばなくてはいけませんから、その贈り物は頼みましたよ。」


 「あ~そっかぁ。姉さん熾天使隊セラフィムを従えて配列しなきゃなんだっけ………あれ?でも私もクロノス様の後ろに並ぶんだけど………本当は自分で渡すの恥ずかしいからとかじゃ……。」

 「もうこんな時間!セレーネも準備しなきゃね~!」


 図星を突かれて真っ赤になった顔を見られないように、セレーネを椅子に座らせ、後ろから髪をき始める。


 (姉さん……可愛い……。)


 子供っぽさを演じながらも、姉の反応を楽しむ妹。




 賑やかな姉妹が支度を始めた頃、城の中央広場では続々と神々が集結していた。













 神の生まれる儀式『神生式しんせいしき』は百年に一度開かれる。

 いや、百年に一度しか開かれないといったほうが正しい。


 天界の中央に存在する泉。この泉は百年の歳月をかけて満ち、神を生んでは、また枯れるということを繰り返している。


 この泉には、何時いついかなる時も祈りを捧げ続けている一人の女神が居る。

 誰もその素性を知らず、いつ生まれたのか、何をつかさどっている神なのかすら、誰も知らなかった。

 ただ、その女神のあまりにも美しい姿に、神々の間では『美』を司っているのでは?と噂する声もあった。


 しかし反対に、何を話しかけても身振り手振りでしか答えず、声を出さない姿から「かつて何らかの罪を犯し、声を奪われ泉に縛り付けられた」という説や、その立ち振舞いから『人形』とさげすむ声さえあった。


 真相が不明なため、大半の神々は彼女を『泉の女神』と呼び、特に関わらないようにしていた。

 一説では彼女が願うことで、泉は水を満たすと言われているが、やはり真実は謎だった。


 この泉で開かれる神生式には神界(神の世界)における名立たる神々が必ず配列し、新たな神の誕生を祝福する。


 そして唯一、絶対神テオスの言葉を直々に聞くことのできる催事であり、参列を許されることは、神としても名誉なことなのであった。


 この日だけは、普段開放されていない正門が開かれ、天界に住まうあらゆる神族が城内に入ることを許される。

 天使の集団が中央広場を囲み、城壁の上部からも既に沢山の観覧者が泉を見つめていた。


 「見て!【天】(ウラヌス)様とアポロン様よー!」


 どこかの天使から絶叫にも似た声が上がる。

 連鎖反応を起こしたかのように、至るところで盛り上がる声が響き渡り始めた。


 ウラヌス。【天】の異名を持つ原初の三神の一柱。正義と秩序を重んじる彼は、特に武力に優れており、天使を従える神々の戦闘部隊を編成し、現在は式の会場でもある絶対神テオスの城を日々警護している。

 青く澄んだ髪に暁色の瞳をした美青年の姿をひと目見ようと、この式を見に来ている天使たちも少なくない。


 「全く。今回も一段と賑やかだな。」

 「ウラヌス様のカリスマ性(ゆえ)の事かと。」


 その背後に付き従い、常にウラヌスを援助し続ける朱髪の美男が、周りの歓声に消されぬようウラヌスの耳元で応える。

 その途端、天使たちの間で黄色い喝采が起こり、中には気絶する者さえ居た。


 「………それだけなら良いのだがな。」


 天使たちに目を向けるのを辞め、泉の前へと進んでいくウラヌス。

 その背後にはアポロンを筆頭に、名立たる神々が天使を付き従えて、行列をつくっていた。


 「時にアポロンよ。ヘリオスの姿がまだ見えないようだが?」

 「はい。本日は彼女にとってもハレの日でございます故、準備時間を設けさせています。間もなくこちらに着く頃かと。」

 「そうか。お前はいいのか?」


 ウラヌスの言葉に、頭を下げることで返事をしたアポロンは一歩下がり、行列を広場内に整える為に指示を出し始めた。


 「かっこつけおって。今度兄妹一緒に休みでもやるか。」


 独り言呟きながら、泉の傍まで移動したウラヌスは、広場の騒ぎ声にも動じず、正座で祈りを捧げ続ける女神に声をかける。


 「準備はいかがですか?泉の女神()。」


 敬称とは裏腹に、立ったまま腕を組み、女神を横目で見下す。

 ウラヌスが話しかけた途端、広場にどよめきが起こる。


 原初の三神が敬称をつけて呼ぶのは絶対神テオスと【カオス】だけだ。

 素性不明の女神を敬称をつけて呼び、その反応から素性を探ろうとしている――――


 そう。原初の三神ですら、彼女について何も知らないのである。

 ゆっくりと目を開けてウラヌスを見上げる女神。

 その表情は穏やかで、優しく微笑みかけると、再び泉に向き直った。


 「なっ…。私が話しかけたのだぞ?」


 女神の無礼な態度を問いただそうと肩を掴んだ時。


 「ほほう。お主もその子がお気に入りだったのか?」


 広場の入口から声が響いた。

 声を聞いた途端、アポロンの指示で整列していた神族達は皆一斉に敬礼をし、彼女の通り道をつくる。


 その開かれた道を、つややかな新緑の髪を揺らし、磨かれた石の上を優雅に歩く美女。

 そして、その横には黄金の装飾が施された剣を腰に帯びた、黒い短髪の青年が付き従っている。


 天使たちの間で再び喝采が起こる。

 ウラヌスは少しだけ眉間に寄っていたシワを直し、笑みを作って振り向く。


 「あはは、勘違いですよ【ガイア】。私はただ、無礼の理由を聞こうと…」


 ガイア。【地】の異名を持つ原初の三神の一柱。人種に愛と知恵を授けたのは彼女。他の三神のように破壊的な力ではなく、創造の力を持つ。また、未来を覗くことができ、預言者として各世界の動向を握っている。

 戦闘力を持たない彼女に代わって、武力を振るうのが傍付きのクロノス。彼はガイアがウラヌスと話を始めると後ろを振り向き、ガイアの数少ない神隊を整列させ始めた。


 「ふぅん。それにしては強引すぎるように見えなくも無いが?」


 悪戯な笑みを浮かべながら、黄金に輝く瞳をウラヌスに向ける。

 自身の指が女神の肩に食い込み、少し痛がっている表情を見て直ぐに手を離す。


 「…すまなかった。許せ。」


 目を逸らしながら、小さく謝罪する。


 「ふふふ。やはりお主は素直よのぅ。」

 「ガイア、あまりからかうな。三神会さんしんかいとは違って、皆が見てる。」


 ウラヌスは苦笑しながらガイアの隣まで移動すると、真剣な表情で彼女にささやく。


 「それよりも、姉様・・は泉の女神の正体が気にならないのですか?」

 「気にならない。…といえば嘘になるが、興味はない。脅威ではないからのぅ。」


 ガイアは少し口角を上げながら続ける。


 「それに、あらかた検討はついている。」

 「本当ですか?」


 「お前に対してあのような態度を取れる存在だ。少なくとも、我々と同程度と考えるのが妥当だろう。」

 「それはつまり、『原初の三神(私たち)』以上の存在だと?」


 ウラヌスが形相を変え、今尚祈りを続ける女神を睨む。


 「いや、以上・・ではない。少なくとも、私達が生まれた時、あの者は居なかったろう?」

 「ああ、確かに。……ということは、あの者は直接カオス様の御加護を得た、四神目の存在……。」


 ウラヌスの予測に、ガイアは頷き返す。


 「預言者でもある姉様が言うのだから、きっとそうなのでしょうね。なるほど、脅威ではない(・・・・・・)ですか……。」

 「いや、これはあくまで過去の憶測。専門外よ。」


 小声での会話を終えた二人は、周囲の天使たちに笑顔で手を振り、歓声に応える。

 その時々も泉の女神を見つめる瞳だけは笑っていなかった。






 「なに熱い視線送ってんの?」






 突然、気配もなく二人の間に姿を現した何者かが、陽気な声をあげる。

 それまで泉の女神の件で静かになっていた天使たちが、再び騒ぎ始める。


 広場の誰もが彼の存在に気づかず、驚きの歓声を上げた。

 ウラヌスとガイアだけは静かな声で答える。


 「「ご無沙汰しております【タルタロス】。」」


 一歩引きながら、二人は軽くお辞儀をする。



 【タルタロス】―――最恐の世界(冥界)を束ね、管理する原初の三神最後の一柱。

 目の下についている赤い印は、冥界を任された者の証。


 「おいおい。かしこまるなよ~。」


 二人の肩を抱きながら、無邪気な笑顔を見せる。


 「…兄さん、今は下級天使たちも見ています。」

 「ははっ。そんなの気にしなくていいだろう!」

 「……少しは威厳を振るってください。ここには我々の下についている者も多いのですから…。」


 ウラヌスの言葉にガイアも頷くと、タルタロスはしょんぼりした顔で「そうか…わかったよ。」と謝った。

 しかし直ぐに、無造作に伸びた黒髪を揺らしながら、牙を剥き出してニッと笑う。




 「それで?なんで泉の女神を睨んでたんだ?」



 妹弟は顔を見合わせて、呆れ半分のため息と笑みをこぼし、兄に先の話を説明した。











 「ふぅ~ん。そういうことか。」


 話を聞き終えると、タルタロスは頷きながら口を開く。


 「でも、彼女は声を出したことも、何か荒立ったことをしたことも無いんだろう?それに弱そうだし。」

 「ええ。ですから脅威ではない(・・・・・・)かと。」

 「つまり姉さんは、泉の女神が何らかの暴動を起こし、我々が後手に回ったとしても、私達が武力で圧倒できると考えているのですね。」


 その言葉にガイアは頷き返す。


 「もし万が一のことがあっても、ウラヌスの【天使の精鋭隊(セラフィム)】もあるしのぅ。」

 「まぁさ、考えても仕方ないじゃん?聞いても教えてくれそうにないしさぁ、ほっとこうぜ。」


 タルタロスが無邪気な笑顔を再び覗かせる。


 「それに、何かあったら俺が“冥界”に連れて行ってやるよ。」


 顔は笑っているのに、彼の言葉は背筋が凍るような冷たさを感じさせた。


 「失礼いたします。ウラヌス様、準備が整いました。ヘリオスも間もなく着く頃かと。」


 話の区切りを読んで、アポロンが整隊報告を挟む。


 「ふむ。ご苦労だった。主役《ヘリオス達》が到着したら直ぐに始めると各員に伝えておけ。」


 アポロンは頭を下げたまま「はっ!」と短く挨拶を返し、下がる。


 彼が各隊に命令を伝え、隊列を組む全員に伝令を終えた頃。

 正門を通り抜け、隊列の後ろから広場に入ってくる小さな影が二つ現れる。





 「「只今到着いたしました。」」





 入り口には金色の髪と朱い髪を揺らしながら、頭を下げる二人の少女がいた。




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