第十五話「裏世界の管理者」
火山迷宮の暑さとは一変して、緊張感のある冷たさが全身を包み込む。
広間までの短い通路が、不思議と長く感じる。
「表世界でヘリオスが眠っていた所まで後少しだな。」
「眠ってないわよ。」
扉が開く音が聞こえたのに寝てるわけ無いでしょと、口を尖らせて言葉を返してくるヘリオス。
「ほら、無駄話もここまでよ。」
広間の光が漏れる出口が迫る。暗さに慣れきった視覚では、その入口が白い壁のようにさえ見えた。
「『管理者』ってどんな方なんだろ。」
「ヘリオスの知り合いなんだろ?なら、安心できると思うけど。」
「ふふっ。きっとビックリするわよ。」
ヘリオスが小さく笑ったのを最後に、三人同時に光の壁に足を踏み入れる。
「うっ……。」
眩しさに目を焼かれ、視界が空白に包まれる。
昨晩とは打って変わって、煌々《こうこう》と輝く太陽が広間全体を照らしている。
視覚を失っても、両腕に感じる柔らかい感触が、二人がそばに居ることを教えてくれている。
徐々に明るさに目が慣れ始め、世界が色を取り戻していく。
それにつれて金色に輝く何かが、広間の中央に佇んでいるのが見えて―――
「なっ……。」
―――巨大な金色の龍だ。
ヘリオスの龍の姿にとてもよく似た守護龍が姿を現す。
ヘリオス(龍)との違いは色だけではない。頭の上に大きな角が二本生えているが、ヘリオスは一本だった。
そして何より、瞳の色が違う。
ヘリオスは太陽のように強く輝く瞳だったが、この金色の龍の瞳は青く澄んだ瞳。
よく見覚えのある美しい輝き―――
―――まるで、人形の瞳にそっくりだ。
不思議とそう思ってしまい、無言でその瞳を凝視してしまっていた。
「遅かったじゃないか。」
金色の龍が頭を持ち上げながら低い声を発する。
こちらを見下ろす神龍の威圧感は恐ろしく、思わず背筋が伸びる。
「ごめんね。ちょっと一悶着あったの。」
ヘリオスが一歩前に出て、神龍と対峙する。
「ヘリオス待ちわびたぞ。ん?その格好と口調……。後ろの二人は神族なのか?」
「ん~。そんなところかしら。」
「誰だ………えっ。」
首を伸ばして俺たちを上から覗き込んだ途端、素っ頓狂な声をあげる。
「セレン君とヘカーテちゃんじゃない!」
突然金色の龍は、威圧感のある低い声とは対照的な明るい声を出し始める。
「そういうことなら……。」
神龍は翼をたたみ、首を縮めてその場で丸くなる。
(まさか・・・。)
龍が瞳を閉じた瞬間、眩く発光した。
太陽に逆らうように広場を照らす光が収まると、龍の丸まっていた場所には金髪の美少女が立っていた。
(やっぱり・・・。)
案の定、裏の守護龍も愛らしい女の子に姿を変えた。
長い髪を左右で二つに結び、元気に揺らしながらこちらに走ってくる。
容姿は驚くことにヘリオスと瓜二つで、身長も同じくらいに見える。髪の色と瞳の色が違うくらいだ。
「ひっさしぶり~~!!」
出合い頭に凄まじい速度で突進してくる少女。
「うおぉっ!?」
「姉さん!?」
捕まえようと間合いを見計らって手を伸ばしたつもりだったが、少女は腕に捕まるよりも速く俺とエンミュの懐に飛び込んできた。
「むふふ~。大きくなったねぇ~。」
俺たちの胸元から、あの青い瞳が見上げてくる。
ん?今、エンミュが姉さんって呼ばなかったか?
金髪の美少女は、無邪気な笑顔を浮かべながら話しかけてくる。
「ん~?捕まえられなかったのが不思議?」
俺の表情を読み取ったのか、疑問を口にしてくる。
「それもですけど、俺達のことをなんで知ってるのかなと思いまして。」
「あはは忘れるわけ無いじゃん。何言ってるの~。」
少女は一層笑い声を大きくしながら、話を続ける。
「さっきのはねぇ。『陽炎』だよ。セレン君に見せるのは初めてだったかな?」
陽炎。意図的に周囲の空間を歪ませて、虚像を認識させたといったところか。それよりも、俺たちのことを知ってる―――
「よく似た技を、貴方は知ってる筈よ。」
俺が少女に声かけるよりも早く、ヘリオスが話に入ってきた。
「……桜舞か。」
俺は言葉を飲み込み、エンミュを一瞬見てから答える。ヘリオスはゆっくりと頷き、陽炎について説明してくれた。
「桜舞は気の流れに乗る体術で、相手に認識を錯覚させる技よ。でも陽炎は空間そのものに影を落として自身の姿を隠す魔術なの。」
「残像が見えるのか、創り出して見せるのか…ってことですか。」
「そうそう!似ているけど全然違うってこと!」
得意げに腰に手を当てる金髪の少女。
「教えていただきありがとうございます。ところで、俺のことを知っているようですが―――」
「待って。」
またもやヘリオスが話を遮ってくる。
「私から説明するわ。現状の確認と今後の方針についても話があるの。」
まずヘリオスは金髪の少女にエンミュについて話してくれた。
説明が終わると、少女は涙を浮かべながらエンミュと抱き合っていた。
この様子を見ると、エンミュが敵対心を抱いていたのはヘリオスだけのようだ。
そして現在の世界の状態について語り始める。
金髪の少女は話を聞くや否や立ち上がり、両手を胸の前で握りしめて、何かを詠唱し始めた。
ヘリオス曰く「表世界の参照を中止している」らしく、しばらくすると人差し指と中指を立てる『ピースサイン』という成功の合図をしながら話に戻ってきた。
次に、金髪の美少女について話してくれた。
彼女の名はセレーネ。有名な伝説『神話戦争』にも出てくる月の女神だ。
ヘリオスとは姉妹関係だと言うので、エンミュが姉さんと呼んだのも納得がいった。
「私が長女。セレーネが次女。エンミュちゃんは末っ子よ。」
ヘリオスの言葉に、何か引っかかりを覚えた。
「待ってくれ。三人姉妹じゃないだろう。少なくとも、もう一人居るはずだ。」
俺の発言で、場に重い空気が流れ始める。
しかし、エンミュは先刻「姉様を見殺しにした」と言っていた。
最初はセレーネの事かとも考えたが、呼び方が「姉さん」なところや、セレーネと話す表情を見てみても、彼女たちの間に暗い過去があるようには見えない。
「……ええ。居るわ。」
「……エンミュちゃん。」
姉である二人が心配そうな顔でエンミュを見つめる。
彼女にとっては、あまり思い出したくないような記憶なのかもしれない。
それでも俺は、エンミュの過去に何があったのか知りたかった。
口元をきつく結んでいだ彼女は、目を閉じて深呼吸した。
「大丈夫。私はエンミュだから。」
目を開き、凛とした表情で言葉を続ける。
「セレン君に話します。私達の過去のことを。」




