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Crescent  作者: 藍和
第一章「表世界編」
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第十三話「エンミュの本心」

 

 (・・・気まずい。)


 ほこらへと続く洞窟に入ってから、会話はほとんどない。


 「………。」


 右腕に抱き着いているエンミュが、何歩か進むごとに無言で俺の腕に再密着してくる。


 真っ直ぐに伸びた暗い洞窟を、等間隔に灯された松明たいまつが照らしている。

 終わりの見えない無限回廊のように、どこまでも伸びて見える地下通路を、俺とエンミュ、ヘリオスは並んで歩いていた。


 コツ…コツ…と少しだけ不規則な足音が静かな洞窟を反響し、奥へと消えていく。

 時折(そろ)う足音が大きく響き渡ると、左腕をつかむヘリオスが少し嬉しそうに微笑ほほえむ。



 (………何故こうなった。)










 ―――約一時間前










 「そろそろ出発しましょうか。」



 樹下じゅかで休む俺達に向かって、いつの間にか傍まで来ていたヘリオスが、優しく声を掛けてくる。


 「…待って。」


 抱きついていたエンミュは静かに立ち上がり、俺を背後に隠すようにヘリオスと対峙する。


 「どういうつもり?」

 「どういうつもりとは?」


 「どうして私を連れてきたのかってこと。ここは『裏』でしょう?『表』に置き去りにすれば、私を消せたのに。」


 それは俺も疑問だった。何故ヘリオスがヘカーテに対して敵対心を抱いていないのかは俺も知りたい。


 「どうしてって……。」


 少しだけ間を開けて、ヘリオスは暖かな笑顔をつくった。






 「……可愛い妹だもの。」






 …………え?



 「………っ!」


 疑問を浮かべる俺とは対照的に、エンミュの顔が曇った。


 「今更何を!?」


 エンミュはヘリオスの言葉を否定するように、頭をブンブン横に振る。


 「貴方を姉と思ったことなんて一度もない!馬鹿なこと言わないで!」

 「………。」


 ヘリオスは黙ってエンミュから投げかけられる言葉を受けていた。


 「おい、どうしたんだ。」

 「セレン君は黙ってて!私は貴方を認めない!」


 エンミュを落ち着かせようと、間に入ろうとしたが、一蹴いっしゅうされる。

 後ろ姿からでもわかるほどに、エンミュは怒りで肩を震わせていた。

 少し悲しそうな表情をしたヘリオスが重い口を開く。


 「……ごめんね。」

 「謝るなぁぁぁあああ!!」


 エンミュの悲鳴にも似た叫びが響く。


 「どうして謝るの!」

 「………。」


 「答えてよ!謝るならどうして貴方は……お前はあの時っ」









 「姉様を見殺しにした!」









 目元から弾けた涙が宙を舞う。


 朝日に照らされて輝く光は、小さな放物線を描きながら落ちていく。

 光が地面に触れる直前、ヘリオスの影が動き、エンミュの影に重なる。


 「……ごめんなさい。知らなかったの。」


 ヘリオスはうつむくエンミュを抱きしめて、謝罪の言葉を続ける。



 「あの時、処刑されるのは人形ホムンクルスだと思っていたから…。」


 「えっ………。」



 ヘリオスの腕を引き剥がそうとしていたエンミュの手から力が抜けていく。

 目を見開き、何か思い当たる節でもあるのか、身体を小刻みに震わせ始める。


 「そんな………。」


 全身の力が抜けたかのようにその場で体勢を崩すエンミュ。

 それをヘリオスが背中に手を回したまま抱き支える。


 「あの時の貴方の行動は正しかった。助けに行こうとした貴方を止めた私が間違っていたわ。」

 「でも……知らなかったって……。」


 「ええ。私達の作戦では、人形を身代わりにしていた筈だったの。まさか、あの子自ら身代わりになっていたなんて知らなくて…。」


 「うそっ……!」


 全身を震わせながら、ヘリオスの肩に抱きつくエンミュ。




 「違う……違うの……。本当はわかってた。私はただ、自分のせいだって認めたくなかっただけっ!」




 強く握りしめられた手が、心の苦しさを物語っていた。


 「本当は私のせい。私がワガママ言わなければ姉様は今も……」








 「私が居なくなるべきだったのに……。」








 エンミュが悲しい本音を呟いた時、ヘリオスが抱きしめる手を肩に回し、正面から向かい合うように誘導する。


 「そんなこと言わないで。あの時は貴方が何よりも大切だった。今の貴方があの子を思うように、あの子もあなたの為に身代わりになったのよ。」

 「でも、私なんかより……。」


 エンミュはヘリオスの肩にひたいを当てて、力無く項垂うなだれていた。



 「その台詞、彼が聞いたらなんて言うかしら。エンミュ《・・・・》ちゃん。」



 ヘリオスがエンミュ越しに俺の方を覗いてくる。

 最後の会話がよく聞こえなかったが、俺に目で意思疎通を図ってきたということは、話に区切りがついたのだろう。


 「あー。ええっと、そろそろ出発しないと時間がないんじゃなかったか?」


 休むことを提案した俺が言うのもおこがましいが、時間がないのは事実だ。


 「ふふっ、君がそれを言うのね。でもその通りだわ。話は移動しながらでもできるから、出発しましょう。」


 ヘリオスはエンミュの肩を軽く叩くと、俺の左腕をつかんできた。


 「過去が変えられないなら、せめて今を…。」


 エンミュは何かを呟きながら、俺の右腕に抱きついてくる。


 「さぁ。行きましょう。」


 ヘリオスが左腕をまっすぐ前に突き出して、出発を告げた。











 ――――どこに?











 行き先もわからないまま、俺たちはカリオス湖の畔を歩き始めた。


 「ええと、『管理者』っていうのがどこに居るのかまだ聞いてないんだけど…。」


 ヘリオスにそれとなく行き先を聞く。


 「ああ。そういえば話していなかったわね。」


 

 「あそこよ。」


 

 ヘリオスが指差す先には、人が一人ひとり入れる程度の大きさのほこらがある。


 「龍の祠……。」


 昨日エンミュと共に攻略した地下通路がある祠だ。


 地下へと続く階段は長く、降りきった後の真っ直ぐに伸びる地下通路は、湖の東側にそびえる『ラパーヌ火山』へと続いていた。

 火山の中は迷宮になっていて、もう一度あれを攻略するのは骨が折れる。


 「またアレやるのか…。」





 心ここにあらずなエンミュと、地下迷宮を知らないのか脳天気なヘリオスと共にほこらへと向か

う俺の足取りだけが重かった。


 



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