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Crescent  作者: 藍和
第一章「表世界編」
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第九話「青いフードの少女」




 「さあ、その剣を渡せ。」




 黒炎の穴から出てくるや否や、青いローブを深く被った女性が話しかけてきた。


 「…それはできない。」

 「………。」


 俺が否定すると、フードから口元だけを覗かせた女性は、無言で左手を前に伸ばした。

 すると、背後に広がっていた黒炎が姿を崩し、その手中へと収まっていく。


 炎は棒状に伸びていき、黒い鞘に収められた打刀へと姿を変えた。


 「チャキ」と音を立てて、紫の帯が付いた鞘を水平に構え、一気にその刀身を抜いた。


 「君の生命いのちはいらない。」


 その刀身は、薄暗い広場の中では形が見えないほどに、周囲を反射させていた。

 左手に鞘を握ったまま、距離感が掴めない刀をこちらに向け、もう一度同じ問いかけを繰り返す。


 「黙ってその剣を渡して。」

 「…一つ確認したい。貴方の目的は何だ。」


 「知っても何も変わらないわ。君には関係のないこと。」


 既に守護神を失ったこの世界は、崩壊を免れないだろう。それは目の前にいるヘカーテを倒したとしても変わらない結末だ。それなら…


 「貴方は先程“俺の生命はいらない”と言った。無慈悲な魔女(ヘカーテ)と恐れられる貴方が何故…。」


 質問を投げかけた途端、ローブから見えている口元がきつく結ばれた。


 「君もその噂を信じるのね。」


 何故か、今の言葉には怒りだけではなく、悲しみの感情も含まれているように感じられた。


 「……いえ。この世界に広まっている貴方の伝説はとても残酷な内容です。しかし、今ここに居る貴方がその悪魔とは思えません。」


 素直な感想だった。伝説通りの悪魔ならば、話し合いなどせず、問答無用に俺を殺しに来る筈だ。


 「ふっ……。やはり君は優しいね。こんな状況でも、悪名高い私に同情するなんて…っ!」



 不意に、刀を持つ右手がブレた。



 俺は反射的に剣を前方に伸ばし、超速で繰り出された斬撃を受け止めた。


 「だが、それとこれとは別の話。ヘリオスにはここで消えてもらうわ。」

 「……どうして!」


 「君が知る必要はないわ。さあ、斬りかかって来なさい。さっきの剣のように折ってあげる。」

 「どうしても、戦わなくちゃいけないのか…。」


 こちらにその気がなくても、彼女に意志がある以上、戦闘は免れない。


 (無力化するしかないか…。)


 可能なのか?今までの戦闘を見ていても、彼女の戦闘力は恐るべきものだ。それに、エンミュの身体から離れてからは、地獄の炎を繰り出したり、何か縛りのようなものが無くなっているように感じられる。

 だが、こちらには宝剣【ジュワーズ】がある。

 この剣ならば、先刻のように簡単に折られることは無いだろう。




 ―――私と、自分を信じて。世界を、彼女を救って。―――




 ヘリオスの言葉が蘇る。



 「…俺は君も救いたい!」



 刀を弾き、剣を構え直す。

 途端、宝剣ジュワーズつばに施された装飾が色を変え、黄金に輝き出した。


 「はあぁっ!」


 俺は上段に構えた宝剣を、彼女の刀目掛けて勢いよく振り下ろす。


 キイィン!と金属音が響き、俺の斬り下ろしは片手で止められる。


 「…っ。刀を狙った…?。でも都合がいい。先にその剣をへし折ってあげるわ!」


 ヘカーテは左手で握った鞘で刀棟を弾き、宝剣を跳ね返してきた。

 彼女は勢いをそのままに、空中に大きな弧を描きながら水平斬りを放つ。


 上方向に剣を弾かれ、大きく仰け反った俺は、踏ん張るのではなく後ろに身体を投げ出し、宙返りをして攻撃をかわした。


 「…くっ。」



 危なかった。今の攻撃を無理に剣で受けていれば、剣身の中で最も脆い側面を叩かれていただろう。



 「らあっ!」



 俺は間合いを詰め、刀を狙って剣を振るう。


 彼女は片手で握った刀で、流れるように俺の斬撃を受け流し、鋭い反撃を放ってくる。


 危なげなくもそれらを捌き、また攻撃を繰り返した。



















 どれくらいだろうか。俺達は剣を交わらせ続けた。








 ・・・不思議と心地が良い剣戟だと感じた。








 斬撃の応酬の中で、何故か次に繰り出される攻撃が予測できた。

 自然と剣を持つ手を動かし、次々と繰り出される斬撃を受けては、こちらも反撃を繰り返す。


 剣を交えるに連れ、ヘカーテの反撃回数は減り、逆に俺の攻撃は手数を増やしていった。



 重めの斬撃を跳ね返した時、少し距離が開く。その時、月明りに照らされた彼女の口元に、笑みが浮かんでいるのが見えた。

 俺はハッとした。口元がはっきり見えるほどに広場は明るくなっていたのだ。


 (…宝剣の力か。)


 剣を振るう度に月が満ちる伝説の剣。


 いつの間にか広場は満月に照らされ、彼女の持つ刀を美しく輝かせていた。

 あの笑みは、何か決定的な技を残している余裕なのだろうか。


 (一か八か…やるしかない!)


 焦りを覚えた俺は、勝負に出ることにした。


 「せやあっ!」


 左上段に構えた宝剣を斜めに斬り払う。宝剣は光の残像(クレス・リーヴ)を描きながら右足元に移動する。


 「無駄よ。」


 ヘカーテは刀で光の残像(クレス・リーヴ)に触れ、力を吸収する。残像を無力化する時、一瞬だけ隙が生まれる。俺はそこを狙った。

 斬り払った宝剣を足元で弾き、その反発を利用して、勢いよく反対側の刃で斬り上げ攻撃を繰り出す。


 「なっ…!?」


 不意を突かれたヘカーテは刀を移動させようとしたが間に合わず、俺の攻撃は刀の根本ねもとを捉えた。



 キーンと甲高い音を響かせて、刀は彼女の右手を離れる。重力に逆らうように放物線を描いて宙を舞う。



 体勢を崩し、大きく仰け反った彼女のローブはひるがえり、広場を照らす月光の下に顔を出した。



 「……っ!」






 俺は言葉を失った。





 ローブがめくれた彼女は、満月の明かりに照らされて、素顔がはっきりと見えていた。























 ―――その顔はエンミュと瓜二つだった。





















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 

















 心地の良い剣戟が続く。







 剣と刀がぶつかる音が奏でる剣舞曲は、観客の居ない広場に響き渡っていた。


 「くっ…。」


 何度目の応酬だったかな。私の振るう斬撃に重さが欠け始めのは。


 (………月かぁ。)


 彼が剣を振るう度に少しずつ、確実に月は満ちていく。

 月が輝きを増すにつれ、彼の動きは俊敏になり、攻撃が鋭くなる。




 ずるい。




 対照的に私の動きは鈍くなっていく。月が丸くなる頃には、まるで重力が倍になったかのように体が重く、動かしにくくなっていた。


 (…でも、まだ終わらせたくない。)


 ヘリオスはめちゃくちゃ憎い。その剣だって壊したい。だけど何故だろう。こうして彼と剣を交わらせるのは、言葉で表現できないほどに満たされた気持ちになれた。


 この瞬間だけは二人だけの世界。お互いの意識を独占できているという、不思議な喜びの感情があった。




 だから私は重い身体に鞭を打ち、彼の攻撃を捌き続けた。





 幾度かの連撃を受け流した後に、私の体重を乗せた渾身の攻撃が弾かれ、少し距離が開く。その時、月明りに照らされた彼の口元に、笑みが浮かんでいるのが見えた。


 (…笑ってる。それだけの余裕があるということね…。)


 彼は強い。限界を迎えつつある身体では彼と宝剣には勝てない。



 封印された呪いの力を解放して、宝剣を破壊する?でもそんなことをしたら、力が暴走して彼の生命まで奪ってしまうかもしれない…。しかしこのままじゃ…。



 私が思考を巡らせていた時。


 ほころんだ口元を急に引き締めた彼は、掛け声と共に距離を詰めてきた。


 「せやあっ!」


 上段に構えた宝剣を高速で斬り下ろし、光の残像を残していく……。


 (三日月の残響(クレス・リーヴ)か…。)


 この攻撃は私達二人の旅の中で、何度も目にした技。上段に構えた段階で、私にはその攻撃が来ることは予測できた。


 「無駄よ。」


 残像に刀身を触れさせ、攻撃を吸収する。

 途端、頭に電気が流れたかのように痛みが走り出す。封じられた呪いのせいで、月の神聖力は私を拒絶する。



 一瞬の目眩から立ち直り、刀を握る手に力を入れ直した時、先程振り下ろした剣を地面に反発させ、高速で軌道を変更したセレン君の斬り上げが、視界の片隅に入った。



 「なっ…!?」



 慌てて刀で受けようとしたけれど、動きが鈍すぎる。


 中途半端に伸びた刀の根本を斬り上げられ、右腕が上空に持っていかれる。

 勢いに耐えられず、愛刀は私の手から弾かれるように宙へと飛ばされてしまった。


 さらに、刀を弾かれた衝撃で上半身は後方へ引っ張られ、大きく身体を仰け反らせてしまった。




 斬り上げた宝剣をそのまま上段に構える彼が視界の下端に見える。



 (…あぁ。結局その剣を壊すことはできなかったかぁ…。でも、君に斬られて死ぬのなら、それもいいかな……。)





 私はゆっくりと目を瞑り、腹部に訪れるであろう最期の感触を待った。


















 

 ―――ギュッ。

 













 「………へ?」


 私に訪れたのは生命を削る冷たい痛みではなく、心を癒やす温かい抱擁ほうようだった。






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