The 15th year/N oёl
それほど遠くない所を通り過ぎる、パトカーのサイレン音。年の瀬の風物詩である。
ドップラー効果で小さくなっていくやかましい音を耳にしながら、ほぉっ、と息を吐くと真っ白い。凍るような寒さが身に染みる。
加えて、世間はお祭り騒ぎのイヴの夜だったというのに、今はその騒ぎもひと段落した深夜帰り。寮住まいの身では、帰ってから良い人とロマンチックな夜を過ごせるはずもなく、ましてや相手すらいないのであっては、お話にもならない。
コートを着ていても伝わってくる寒さが、やけ気味の心をさらにやさぐれさせる。
越中夕葵は、世界中の不幸を一身に背負ったかのように力なく、JRの高架線脇を寮に向けてトボトボ歩くのだった。
そうさせるのは、何も恋人たちの特別な日に独り身でいるから……というだけではない。
明日は『15年』という、とうとうやってきてしまった区切りの日であり、ほどなくしてその当日を迎え、あっという間に時間が過ぎ去ってしまうに違いないからである。
無力感が追い討ちをかけ、彼女の心中を重くさせていた。
ああ疲れた、と心の底からの想いをぼそりと漏らしながら、鉄橋が架かった高架線下横を通り過ぎようとすると、赤提灯の明りが。
疲れきった身体に食欲を灯らせる、ほのかな香りが鼻腔を刺激する。
「屋台か。ん……ちょっと寄ってこうかな」
どうせ帰寮しても、独り身の悲しき女どもが寂しく孤独なイヴの夜を過ごしているだけだ。自分もその一味に加わると思うと、なんだか無性に侘しさが込み上げてくる。
それに、自分1人の時間を持って『想い』を整理する時間も欲しかった。
女1人で赤提灯というのもかなり侘しいものがあるが、どうせもう26だし、というわけの分からない言い訳を胸中で呟きながら、夕葵は屋台の暖簾をくぐっていた。
「いらっしゃい! おや、若い姉さん御1人かい。べっぴんさんなのに、そのナリだとカレシがいなくて侘しく残業って感じだねぇ」
いきなり失礼なことを屋台のオヤジに言われたが、実際その通りなので、彼女は肩を竦めてみせた。
「そいつはご愁傷さまだ。よぅし、景気づけの一杯は俺のおごりだ。なかなか粋なクリスマスプレゼントってヤツだろ?」
「素敵なお兄さんからだったらもっと粋だったけどね」
調子に乗って喋っていたオヤジの鼻っ面をへし折る一撃。夕葵の反撃に、一瞬狐につままれたようになるが、オヤジはすぐに破顔した。
「うへぇ、こいつぁ一本取られた。姉さん気に入ったぜ。そら、どんどんやってくんな」
コップを無造作に机部分に置き、そこへなみなみと日本酒を注ぐ。
こぼれそうなぐらいのところで見事に止まっているそれを、夕葵はそっと持ち上げる。表面張力分をすすって安定を取り戻すと、あとは一気にあおって空にする。
「おぉ、飲みっぷりまで気持ちいいねぇ! こいつぁいい気分だ」
上機嫌のオヤジに二杯目を注いでもらいながら、そこで初めて、夕葵は隣に人が座っていることに気づいた。
オヤジのキャラクターがその場を支配していたせいで気づくのが遅れたのもあるが、その人はまるで精気がないというか、気配がないというか。ともかく、物音1つ立てずにコップを握り締めたまま俯いていた。
横目でそっと様子を窺うと、初老の中年男性と見受けられた。よれよれのジャージ姿で、髪の毛は伸び放題でザンバラ。無精ひげも大変なことになっており、人相はよく窺いしれない。
「ああ、放っときな。もう2時間もその調子でよ。うんともすんとも言いやしねぇ」
客といえども、べらんめい調のオヤジは突き放したように言う。
いつもなら、持ち前の職業病と言おうか、おそらくその男性を放ってはおけず、何か声をかけたかもしれない。が、さすがに今日は疲労困憊な自分の時間を優先させた。
男性から視線を外し、再びコップを一気にあおる。
「姉さん、こんな遅くまで仕事してるなんてよ、大変だな。何してんだい?」
「ふぇ? ああ、公務員公務員。この不況下、民間の方々からの視線が痛い、しがない公務員でやんすよ」
もう多少アルコールがまわってきたのか、夕葵はオヤジが見繕ったおでんのガンモを熱そうに頬張りつつ、妙な口調で答える。
「親方日の丸かい、いいねぇ。こちとら底なし不景気に、日銭稼ぐのもやっとなもんだからよ。涙どころか屁もでねぇよ」
「親方日の丸だって楽じゃないのよ。ノルマはあるし、評価は点数制だし、上司は頑固だし、職場は禁煙にならないし、トイレは汚いし」
途中からは思い切り個人的な愚痴になっていたが、オヤジもノリがいいのでそうかそうかと聞いている。調子に乗った夕葵はさらに続けた。
「先輩の足は臭いし、私物の爪切りいつも誰か使ってるし――ああ、もう!」
言っているうちに興奮してきて、朝しっかりセットしたものの、すっかり崩れ気味なストレートヘアを両手で掻き毟るようにしてもだえる。
普段、夕葵はアルコールを口にしないが、それは弱いからではない。
本当はたまらなく好きなのだが、すぐにまわってしまって、『お笑い系』になることを自覚している『乙女の羞恥心』が自重させていたのである。こうなってはそんな羞恥心が存在しているのかも疑わしいものではあるが。
「オヤジさん、おかわり」
一通り喚いたあと、真顔に戻ってコップを突き出す。もちろん、酔いは醒めていない。
さすがのオヤジも、若くて聡明そうな見た目の女性の、この体たらくは珍しかったようで、苦笑いを浮かべながら日本酒を注いでいた。
と。
「……でもね、一番楽じゃないのは……自分の希望が、皆無ってぐらい通らない所……」
今度は泣き上戸か? というぐらい、急に声のトーンが落ちる。実際に泣いてはいないが、それまでの陽気ぶりとは正反対に彼女は気落ちしていた。
「そら、社会なんてもんは手前の希望なんざ通らない、厳しいところだからなあ」
「でも、性別でね、差別するの違うでしょう。本店の1課長のヤツ、お前の力は認めるが女だからいらんって……」
大きな溜息をつき、夕葵は音を立てて鼻を啜った。とても妙齢の女性のすることではなかったものの、彼女の心根をよく表していた。
と――
「……俺だって……俺だって、ちゃんと認めてくれていたら、あんなことは……」
それまで黙っていた隣の男が前触れなしにぼそぼそと口を開いたのだ。
「なんだ、おめぇさんも口きけるんじゃねえか。あ、どうしたって? 認めてもらえなかったんか?」
べらんめい調は変わらずだが、それでもちゃんと話を聞く所はオヤジなりの優しさだろう。自分の世界に入りかけていた夕葵は、少しだけ我に返り、オヤジの言葉を耳に、隣席へと視線を巡らせる。男は小刻みに震えていた。
「俺は……俺は頑張ってたんだ。俺は、精一杯頑張ってたんだ。成績も、ちゃんと残していたんだ。なのに……あいつは俺を、飛ばしやがって……」
震える声で思いのたけを吐き出している。それまで死んだように気配のなかった男とは別人のようだった。
「そうかいそうかい、まあ、飲みな」
空になったコップに酒を注いでやるオヤジ。男は、それを見て嗚咽しながら一気にあおった。
「……でも、もういいんだ。もう、疲れた。こんなことしてても、無駄ってことに気づいた。だから……出頭しようと、思ったんだ」
意外な言葉。
黙って聞いているオヤジ。
すっ、と目を細める夕葵。
「――なんか、したの? おじさん」
静かな声で問う彼女。オヤジも当の男も気づいてはいないが、夕葵の頬からアルコールによる紅みが急激に引いていく。
「……刺しちゃったんだよ、上司を……。それで、怖くなって……逃げた。家族も捨てて、逃げに逃げた……ただただ、怖かったんだ」
変わらず震える声。途切れ途切れになる言葉を、それで? と夕葵は続けさせる。
「刺した上司は結局命を取り留めて……いや、それはよかったんだ。俺に、本当に人を殺せる度胸なんてなかった。あの時はどうかしてたんだ、仕事の成果が認められなくて。ただ……怖さが俺を駆り立てて……それからはずっと、逃げの一手だったよ……」
沈痛な面持ちをしていることが声から窺い知れる。そこに、夕葵は1つの質問をぶつけた。
「おじさん――もしかして、藤代洋二……って名前?」
その問いが正しいことは、男がハッと面を上げ、彼女に真っ向から視線を向けたことからも明らかだった。
「ど、どうして……」
驚く男。彼の問いを遮るように、夕葵は再び言葉を紡ぎ始める。
「――15年前から、私の父が貴方を追っていたから。迷宮入りしてからも、捜査1課2係――迷宮入り事件継続捜査専門の部署ね――に移って、ずっと探していたから」
その言葉が決定的となった。
男は先ほどの驚きとはまた違った、ある意味どこか期待のこもった声を漏らす。
「あ、あんた、もしかして越中さんの娘さんか?」
今度は夕葵が驚く番だった。
「! 父を知っているの!?」
「知ってるもなにも……越中さんのもとへ出頭しようって、東京に戻ってきたんだ。越中さんには、まだ俺がサラリーマンしている時、チンピラに絡まれている所を助けてもらったんだよ」
なんとも意外な話に、目を丸くする。夕葵は話を続ける藤代の言葉を少しも聞き漏らすまいと、身を乗り出すように彼をまじまじと見つめた。
「越中さんが俺の事件の特捜本部に居るのはひょんなことから知ってね……。もしかしてと思ったら、まさか娘さんに会うなんてな。これも、きっと運命なんだろうな……」
目を細め、遠い昔を懐かしむような、そんな藤代。だが、現実を見つめ直したのか、
「で、お父さんは? 越中さんは今もまだ警視庁に?」
と、聞いてくる。もちろん、先ほど話に出た通り、夕葵の父親の元へと出頭する心積もりがあるからだろう。
夕葵の表情が曇る。
なぜなら――
「父は、3年前に心筋梗塞で倒れて、そのまま……。貴方の事件が心残りだと、そう言い残して……」
彼女は鎮痛な面持ちのまま、藤代の問いに答える。
「さ、3年前……そうか……越中さんが……」
愕然とする藤代。青ざめた顔で、視線が泳いでいる。
そんな彼の様子を見ながら、夕葵は伏目がちのまま、一言一言紡ぎ出すように語り始めた。
「父が……言ってたわ。『藤代は、自分の犯した罪に無関心でいられるほど、冷酷な人間じゃない』って。だから、あなたが出頭しやすいよう、色々と考えて捜査していたの。早くあなたを救ってやりたいって、常々そうも言っていたわ」
越中刑事は、藤代の人となりをよく認識していたのだ。臆病で小心者である心根のことを。だからこそ、他の人間に逮捕されるよりは力になってやれる、罪を一刻も早く償わせてやれる、そう思い捜査に足を運んでいたのだった。
しかし、その越中刑事もこの世にはいない。
藤代は嗚咽を漏らし始めた。
「俺は……俺は、馬鹿だ……」
その一言に、藤代の悔恨の念、全てが込められていた。目尻から大粒の涙を流し、だらしなく鼻まで垂らしている。
そんな藤代を見て、沈鬱な面持ちだった夕葵は表情を崩した。決して明るくはないが、それでも藤代を労わる、そんな表情。
夕葵は藤代の肩に手を乗せて、その気持ちを汲もうとした。その時だった。
女性の金切り声が辺り一帯に響き渡る。続けて、
『ど、泥棒!!』
という叫び声とともに、荒い息と駆け足の音が高架と平行に敷かれている通りから聞こえてくる。
そして、高架橋の橋げたの影から姿を現した人影は、赤提灯のある高架橋下道路へと走りこんできたのである。
髪を金色に染めた若い男だ。手には、明らかにその男のものではない、女性用のハンドバッグが――
唖然とするオヤジと、涙と鼻水でぐしゃぐしゃのまま顔を上げる藤代。
しかし、夕葵は違った。
着ていたコートを脱ぎ捨て、濃紺のパンツスーツのツーピース姿になると、長椅子から跳ね飛ぶようにして立ち上がり、男の前へと飛び出したのだ。
両手を広げて立ちはだかった彼女は、臆することなく叫ぶ。
「止まりなさい!」
もっとも、止まれといって止まる輩もいるわけがない。男は舌打ちしながらも、懐から赤提灯の光に鈍く反射光を放つ物を取り出し、それを夕葵に突き出してきたのである。
オヤジと藤代に戦慄が走ったが、夕葵は慌てなかった。
胸に一直線に迫るナイフを半身になってかわす。
すると、彼女を刺せずに目標を失ってふらつく男。そこを、夕葵は見逃さなかった。
ナイフを持つ手を捻り上げ、親指の付け根を強く押して凶器を離させる。地面に落ちたナイフを遠くに蹴飛ばすと、夕葵はさらに、男の意識が『その手』に完全に寄せられ、下半身が無防備になっている所を狙った。
思い切り片足を払い、重心を崩した男をそのまま地面へと転ばす。
見事な連続技のとどめは、男をうつぶせに倒し、彼の上へとのしかかりつつ後ろ手に腕を捻り上げ、完結した。
「い、痛ぇ、痛ぇよぉ!」
もはや、情けない声を上げるしかなく、踏んだり蹴ったりの男に、夕葵は情け容赦なく現実を突きつけたのだった。
「銃刀法違反の現行犯で逮捕! 23時40分!」
罪名を告げ、後ろ腰のホルスターから銀色に輝く手錠を取り出し、男の手にかける。
鮮やかな現行犯逮捕劇であった。
そこへ、息せき切らしたOL風の若い女性が。
「私のバッグ!」
泣きそうな顔のまま、夕葵らの元へと小走りに駆け寄ってくる。
「これはあなたのものに間違いないですか? 中を確認して下さい」
男の傍らに転がっている、ブランドバッグを指し示す。
バッグの無事に喜んだものの、夕葵のいきなりの指示に女性は戸惑っているようだ。
それを安心させるべく、彼女は空いている片手を懐に手を入れ、『それ』を取り出した。
定期入れのような黒革のそれ――桜の大門が眩しい、『警視庁』の金文字が表に入った警察手帳の中身を開いて見せると、女性はやっと納得したように安堵の表情を見せる。安心したのが早いか、慌ててブランドバックの傍にしゃがみこみ、中身を確認していた。
「私のです、間違いなく」
「わかりました。下の彼、窃盗の現行犯もこれで確定。わかった?」
夕葵の下敷きになっている金髪男に、言葉でもとどめをさす。すると、
「ち、畜生!」
夕葵にはり倒されたのにも関わらず、男は身をよじり、あわよくば逃げだそうとしている。
「あら、『公務執行妨害』って知ってる? これ以上罪を増やしたくなかったら、大人しくお縄についてなさい」
懲りない男もこれにはさすがに観念したようで、悔しそうに呻き大人しくなった。
それを見届け、警察手帳を懐にしまい込むのと入れ替わりに携帯を取り出し、短縮で己の職場を呼び出す。
かいつまんで事情を説明すると、警邏中の自邏隊(自動車警邏隊)パトカーを大至急回すとのこと。これで一安心だ。
「こ、こいつぁ驚いた。姉さんも、警官だったのかい」
携帯を懐に戻すと、顔中に驚きを散りばめながら、屋台の裏からオヤジが出てくる。
「警視庁港北中署・刑事課強行犯係、越中巡査部長です」
夕葵はにっこり微笑んで、空いている片手で軽く敬礼し、応えるのだった。
ひったくり犯の金髪男が、自邏隊の制服警官に両脇を抱えられながら、パトカーへと押し込まれていく。
辺りには騒ぎを聞きつけた野次馬が十重二十重に広がり、応援に駆けつけた警官たちが周辺整理にてんてこ舞いになっていた。
「しかし、姉さん『デカ』だったとはなあ。親父さんの跡目を継いだときたからにゃ、俺ァ感動したぜ」
走り去っていくパトカーを目で追いながら、夕葵の傍でオヤジがうんうんと頷いて感心している。
その様子に噴出しそうになりながらも、ふと視線をオヤジとは反対側でパトカーを見送っていた藤代へと向ける。
彼は夕葵と目が合うと、黙したままスッと両手を差し出してきた。
「これも、きっと運命なんだろうな。俺が頼った越中さんはもういない……でも、その娘さんがこんな立派な刑事になって俺の前に現れてくれた。きっと、越中さんがこんな俺を見かねて、導いてくれたんだろうなあ……」
淡々と喋ってはいるが、その表情は憑き物が取れたかのように至極穏やかだ。
「越中さんの娘さんに逮捕されるなら、これ以上のことはない」
やってくれ、という風に軽く手を突き出して、手錠をかけるよう示唆してくる。
対し、夕葵はゆっくり頭を振った。
彼女の意外な反応に、どうして? という表情をする藤代。
「あなたの罪は……あなたが傷つけた人たちへの罪は、もちろんこれから償わなくてはいけない。でも、社会に対する罪は、この15年という時間が、あなたを許すと思う。……そして、最後の勇気を振り絞って、時効前に出頭してくれた……それで十分よ。だから、今は手錠はいらないわ」
言いながら、空を見上げる。胸中で、今は亡き父への想いを馳せながら。
――そう、これでいいのよね。父さん。
「よろしく、お願い、します」
夕葵の言葉は藤代の心を捉えて離さなかった。彼は嗚咽を漏らしながら、深々と頭を下げるのだった。
「くぅ、泣かせるねぇ」
2人のやりとりを見ていたオヤジが、鼻を啜りながら呟く。
オヤジの声が、夕葵にあることを思い出させた。
「そうだ、オヤジさん。お代」
慌てて財布を取り出そうとすると、オヤジは腕を組んでそっぽを向いた。
「んなもんいらねぇよ。姉さんの気概に俺ァ感動しちまったからな。俺のおごりだ。もちろん、旦那の分もな。――旦那、出所したらまた来いや。出所祝いにまたおごってやっからよ」
ニヤリとした笑みを藤代に送るオヤジ。それに、藤代は夕葵に向けたのと同様に、深く頭を下げた。
「――それじゃ、行きましょうか」
夕葵の促しに、はいと素直に応じる藤代。2人は待ち受けるパトカーへとゆっくりと歩き出した。
「っ、冷たい」
頬に触れたひゃっとした感覚。続けて、目の前を白い何かが1つ、また1つと落ちていく。
「雪……ホワイトクリスマスになるかもしれないわね」
急に降り出した雪に、ポツリと漏らす夕葵。藤代も感慨深げに、
「クリスマス……もう何年もそんなものとは無縁だったなあ」
と呟いた。
そんな彼に、夕葵は微笑かける。
「きっと、クリスマスプレゼントよ。自分の犯した罪に向き合えるようになった、あなたへの」
娘のような年齢の夕葵から、面はゆい言葉を投げかけられた藤代は、照れを隠すように顔を伏せ、自らパトカーへ向けて歩きだした。
――それから、もしかしたら、父さんから私へのご褒美かもしれないわね、よくやったな……って。
などと都合のいいことを思うが、そんなことを考えていると父から叱責が飛んできたことを思い出し、苦笑いしながら頭を振る。
「お疲れ様です」
パトカーの傍で待つ、20歳位の若い巡査の敬礼に答礼しつつ、夕葵も藤代の後を追って後席に乗り込む。
15年目のクリスマス――とめどなく降りしきる雪が、どこか優しかった。
了
※刑法第199条【殺人】
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは3年以上の懲役に処する。
※刑法第203条【未遂罪】
第199条及び前条の罪の未遂は、罰する。
※刑事訴訟法第250条【公訴時効期間】
時効は、左の期間を経過することによって完成する。
1号.死刑にあたる罪については15年。