とりあえず月を追う者
「というわけで家出をしたいと思います」
「何を言っているんだ馬鹿娘」
まあ、一般的な父親としてはまともな反応だと思う。
馬鹿娘こと私はルタ、そしてその父であるザトールは槌を振るう手を止め、訝しげに私を睨み付けた。
ちょうどきりがよかったのだろう、赤熱した剣が水に浸され、心地よい音ともに湯気が立ち上る。剣を鍛える中でも好きな工程だ。
呑気に耳を澄ましている私に呆れたように息を吐き、剣の具合を見ながら声をかけた。
「一応、理由を聞いておこう」
「自分探しの旅です」
間髪入れず答えた私に、改めてため息をつき、もう一言
「理由は」
うぐっ……と息が詰まる。
おどけてごまかそうとした気まずさや、それに気づかれた恥ずかしさに襲われながら、今一度父に向き合う。
私の思案なんぞお見通しだと言わんばかりの父の目を見つめ、そこに浮かぶ色々な感情を受け、私も観念し胸の内をさらけ出した。
「自分の......鍛える剣に限界を感じたからです......今の私ではあなたの剣を超えることが出来ない」
「なぜ超えられない」
「それは......その、いろいろ要因はありますが......何より腕力が足りず魔力をそっちに割いてしまっているせいかと」
まあ、これが自己分析の結果たどり着いた結論だった。魔力の出力自体は優秀な母のお陰で父を超えている。しかしながら、まだ15歳の女子と40を超えた男性では覆すことのできない腕力の差がある。
鍛冶は、本来は男の仕事だ。
重い鉄槌を振るい続けるのは生半可な労力ではなく、そこらの大人では鋼に槌を当てることすら難しいだろう。可憐な女子である私がそれをこなせるのは魔術の補助のお陰であり、ただの剣を鍛えるならそれでも十分だった。
しかし、私たちが鍛えているのは魔剣や聖剣といった類の品物だ。
その性能は軸となる金属へ籠められた魔力の質に左右されるため、父は腕力のみで槌を振るい、その魔力すべてを剣に籠める。
私にはそれができない。そんな単純な理由だ。
「それで、旅にでて何をする」
私の答えを理解してくれたのかはわからないが、改めて父からの問いが来る。
「一つは武者修行がてら筋力を鍛えようかと」
無言の答え、まだ納得させることは出来ていない
「二つはあなたを超える為、新しい技術を探しに」
視線が答え、お前にはまだ早いと眼光のみで返答する
ここまでは想定通り、あの頑固者を動かす切り札は最後の答えに
「三つに、母の痕跡を知りたくて」
ぴくりと、父が反応した。
そして、三度目の長い長いため息を付き
「来週、アシャヤが来る。それまでに準備しておけ」
そう言って、冷え切った剣を改めて炉に入れなおした。