まくらと君
君がこの部屋に来ると、いつも枕を抱いていた。
「僕はこの枕が好き」
そう言うと嬉しそうだけれど、悲しそうにも見える目で抱いていた。
あたしは返して貰うのも面倒だったから、何も言わずに喜々としている彼をじっと見た。
部屋に来る度彼は言った。
「君も外に出なよ」
大きなお世話。
「外には綺麗なものがいっぱいあるよ」
…あたしがイジメで引きこもりになったの、知ってるくせに。
「…ひどい人」
だからあたしは一言言う
そう言うと、彼は一瞬だけ悲しそうな目をして、外での何てことない出来事を話し始めた。
何であたしが何か言うわけでも無いのに、こう毎日毎日来れるかなぁ…
だからといって別に困る訳でも無いので、追い返す事はしなかった。
ある日、彼がいつものように枕を抱きながら、いつもの話でこんな事を言った。
「今度の日曜日に流星群があるんだって」
…久しぶりに流星群というものを聞いた。
部屋に引きこもるあたしには似合わない。
でも以前のあたしなら、喜んでいたのかな…
「来る?」
彼は無茶な質問をする。
「いい、面倒だし」
引きこもりのあたしならこう答えなくちゃダメ。
外なんて見ちゃダメ…
「君はこっちに来ようともしない」
そういって、彼は困った顔をする。
そんな顔をしても、あたしは動かないよ。
動きたくなんか無いんだもん…!
しかし、そういったきり彼が来なくなった。
いつも退屈だけれど、もっと退屈。
来なくなる途端に、彼の良さが分かる。
いつも来てくれるから気づかなかったけど、一人って寂しいや…
気付いたら枕を抱いていた。
もしかして、彼も寂しいから枕を抱いてるの?
あんなに人当たりのいい彼が・・・まさか、ね。
とうとう流星群の日になってしまった。
一緒に行くとか言ったくせに、当日にも来ないなんて。
いつの間にか、枕の形が変わってしまう位抱きしめていたみたいだ。
これが貴方の答えなの?
あたしなんか嫌いだったの…?
いつの間にか涙が溢れていた。
あまりにも哀しくて、壊れてしまいそうだった。
あたし、貴方がこんなにも大好きだったみたい。
でも貴方は引きこもりのあたしなんて嫌だよね…
しばらく涙を出せるだけ出すと、久しぶりに外に出たくなった。
一人だけれど、流星群が見たくなった。
「…上着着よう」
パジャマだから、外で冷えてしまうだろう。
乱雑にお気に入りの上着を取り出して、羽織る。
「どうせ田舎だし、誰もいないだろう…」
もしも居たら困る。
みんながあたしを馬鹿にするだろう。
躊躇したけれど、流星群が見たかったし、後3分しか無いから…
玄関のドアを開けた。
…やっぱり寒い!
今は冬じゃないけど、夜中となると底冷えするものがある。
家の前だと障害物が多い
流星群をしっかり見たい
「あの公園なら見えるよね?」
小さな頃、友達とよく遊んでいた所。
あの人と遊んでいた所…
時間が無い、行かなきゃ。
あたしは公園まで子供のように駆けた。
流星群が見たいから。
息切れが激しくなった頃ようやく公園に着いた。
「来てくれると思った」
公園には何と彼がいた。
割と楽しそうにブランコを漕いでいる。
しかし、足が当たっててカッコ悪い。
…そんな事よりも!
「何で!何で遊びに来てくれなかったの?! あたしの事嫌いになっちゃったの?
暗いから?ウザいか「落ち着いて!」
あたしがまくし立てている途中に遮ってきた。
「今はそんな事より、流星群を見ようよ」
あたしの詰問はそんな事では無いけれど…
綺麗!流れ星がたくさん降ってくる…
あたしの不安がすぅって抜けていく。
「…素敵!」 思わず声に出てしまった。
その言葉を聞いて彼が
「空はこんなに綺麗なんだよ」と言った。
確かに綺麗。 あたしにとっての世界である家がちっぽけに感じる位…
「僕は、君が元の世界に帰って来てくれる事を願っていたんだよ」
彼はひとつひとつ、丁寧に言う。
あたしが引きこもってから学校がつまらなくなってしまった事、
あたしを虐めていた女子を殴った事、
そして…
「君が大好きな事!」
え…? ダイスキ…大好き? 実感が全く湧かない。
今日はもしかしてエイプリルフールかもしれない!
「嘘じゃないよ?だって笑ってる君が誰よりも魅力的なんだもん」
彼はあたしの考えを否定するように笑う。
「君の笑顔を壊す奴は許さない」
だからといって女子を殴らなくても…
「奇遇ね、あたしも貴方の事が好きみたい」
彼の大好きな笑顔とやらで笑う。
「貴方が好きすぎて枕の形が変わるくらい…」
照れる事を言ったお返しに私も言う。
「…やらしい事言うね、枕だなんて」
…!! どこにエロい所があったのよ…
「僕も君の形を変えたいな、…良いよね?」
「どっ、どこの?!」何か怪しげな響きがする。
「照れちゃって…、可愛いね」
彼に沢山惑わされていたら、いつの間にか空が明るくなってきた。
「もう帰らなきゃ…」
さすがに親も心配しているだろう。
「明日から、学校来てくれる?」彼は難しい質問をした。
…恋人の彼には会いたいけど、クラスメイトが怖い。
「何かあったら僕が守るから」
…君とならば大丈夫。
言うのは照れ臭いので、黙って微笑んだ。
もう枕はいらない、だって彼がいるから!