第6話 奥原時太郎①
美術部の部室、美術室の小窓からは保存林が少しだけ見える。それを覗いた部員早苗が、倒れている男を見つける。視力は良く無いので、見間違いかとも思ったが、どう見ても人だ。
「涼星君、あれ…何に見える?」
「…見て来ます。」
「あ、待って。私も行く。」
涼星がドアを引こうとドアノブに手をかけた。ガチャリ、いきなりドアが開く。
「ハァーイ!と?涼星〜、早苗とデートォ?俺もついてくゼェ?」
時太郎だ。
「あ、いや。何でも…」
涼星は、友人を巻き込むのをためらう
「人が、人が倒れてるの!」
早苗は早々とバラしてしまった。動転しているのだ、無理もない。涼星は密かに舌打ちする。
「厄介だな」
声に出した訳ではない。頭の中で思っただけだ。だが、時太郎は涼星の両目を覗き込んで笑う。
保存林に来ると、シャベル持ちのジュンが倒れていた。唇が無く血が出ている。あまりにグロテスクな容姿に、時太郎は一番後ろをついて来ていた早苗の目を隠す。
「見るな……お前には、できるだけこういうのに触れずにいて欲しい。知らずに、大人になって欲しい。」
いつものうるさくてウザったい時太郎とは思えない、低く落ち着いた熱のこもった声だった。その声を聞き流し、涼星はジュンに触れようと前に出る。と、時太郎が片手で涼星の肩を引く。早苗を壁の後ろに押し込み、涼星より先にジュンを担ぐと保健室に急ぐ。
「時太郎、そろそろ離してくんない?」
涼星は、一瞬でその状況を理解した。早苗の目を隠している時太郎、ジュンを担いでいる時太郎。別々の場所に同時に存在する、同じ人間。『時太郎は能力者だ。』同時に別々の場所に存在できる能力、涼星はそう理解した。
しばらくして、保健室の先生の悲鳴が聞こえた。すぐに、救急車のサイレンが聞こえた。その頃には、早苗の目を隠していた時太郎は立ち去っていた。