ある夜
親父の空手道場には、シングルマザーの人も多く子供を連れて来ていて、その他、お父さんしかいない家庭、兄弟が多い家庭など、男女問わず、多くの子供が空手を習いに来ていた。
空手の大会に出場する為の費用、保険。子供達の為の行事の資金以外は、無償。空手道場からの収入は無し。それが親父のスタイルだった。
現実、親父は市から、スポーツ振興、厚労などで
何度も表彰を受け、家には賞状が沢山あった。
されど、一度も自慢などした事がなかった。
ある夜
家の私の隣りの部屋から、
ふすま越しに声が響いた。
『このまま辞めたら、悪うなるで』
このまま息子さんが空手を辞めたら悪い事しだすよと、親父がその親に言った。
子供が空手を辞めたい。何故子供が空手を辞めたいか、真剣に子供と向き合って、子供の目を見て聞きましたか? 親父は親に問い正した。
親は無言のままであった。直後、親父が
『空手の厳しい練習から逃げたいだけじゃろ
途中で辞めさせるのですか?』
親は下をうつむき無言のまま。
『辞めたい言うのに、強制でやらす事はできんけえ、辞めるのはええけど、悪うなるで。
そんな、中途半端じゃ』
辞める事に理由などいるかと思うかもしれないが、親父は分かっていた。
何故分かるのか
何故話し合いをするのか
ふと親父の口癖を思いだした。
『武道はスポーツではない。大丈夫か?と弟子を甘やかすわけはない。俺は
子供達1人1人の
表情、目、発言、行動
を、空手の練習中に見ている。
悪い事しようとする奴、してる奴は、
俺の目をみれないし、まず目が泳いでいる』
親父が私に言った事をその時思いだした。
そして話し合いをしに来た親に親父が言った。
『うちの道場は商売じゃないけえ、人が減ってもなんともないが、息子さん、それでええんか?』
その相談をしに来た息子は空手を辞めた。
その後、その息子さんがヤンキーになったとの情報が入ってきた。 親父は無言のまま、何もいわなかった。それ以来、その親子は、私の家に姿を見せる事はなかった。
『不良になる子は寂しいんど。何か悪い事をして親を振り向かせたいとか、仲間に家族以上の関係を求めたりとか。そこに、真剣に子供と向き合えない親がいたとしたら、踏み外した後も、フォローさえできなくなる』
と、親父が言った。子供を何百人と指導してきた
親父の一言だ。
『結局 人間なんじゃ。親と子であっても、1人の人間と人間。その人の思う事、行動、言動をしっかりと受け止め、真剣に目を向き合えるか
どうかじゃ』
この家に生まれた私はというと、もちろん空手をしていた。物心つく前から。写真では、1歳から
空手道着を着せられ、親父に抱っこをされている写真がある位だ。そこには、空手をしたい、したくない、それ以前の問題だ。
物心ついた時にはすでに空手があった。