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ヘイヨーさんの短編集

どうしようもない彼と、私の関係

「まったく、もう…」と、私はつぶやいた。

 一緒に暮らしている彼氏のことだ。

 まったく何を考えているのかわからない。いい加減、手を切ろうかと思ったコトも数え切れないほどある。

 でも、どうしても踏み切れない。そのたびに思い直すのだ。

「これほど酷い人は他にはいない。だけど同時に、これほど魅力的な人も他にもいない」と。


 夜は遅くまでゲームをやっている。深夜の2時や3時まで起きているだなんて、日常茶飯事。大音量で音楽を聞いたかと思うと、私のコトは一切無視。自分がやりたい作業に没頭してしまう。

 もちろん、朝は遅い。起きてくる時間は決まっていない。早朝4時くらいに起きていたかと思うと、昼過ぎまで寝てみたりもする。いいえ、それならまだマシな方。夕方になっても夜になっても起きてこないなんて日もザラにある。

 自分では全然ご飯を作ろうとしないし、お皿の1枚すら洗ってくれない。食べるばっかりだ。

 だけど、全然文句もいわない。この人が、食べる物に不満をもらした所なんて見たことがない。それどころか、何を作っても「おいしい!おいしい!」といって食べてくれる。

「君は天才だな~!こんなにも美味おいしい料理が作れるだなんて!もしかして、素材がいいのかな?え?材料は、そこら辺のスーパーで買ってきたものに過ぎないって?なんだ。じゃあ、やっぱり君の腕がいいんじゃないか!まったくもって天才だよ!」

 そんな風にほめてくれる。

 私も最初はそんな言葉に気をよくして、いくらでも彼のために手料理をふるまったものだ。

 でも、そんなほめ言葉にも段々と慣れてきてしまい、徐々に苦痛に感じてくる。

「私、なんのためにこの人に食事を作ってあげてるのかしら?まるで、ブタのエサやりね」なんて気持ちになってくる。それでも、どうしてもやめられない。やめられない理由がある。

「おせじなのかな~?」と疑ったこともある。でも、どうやらそうではないらしい。この人は、心の底から「美味しい!」と思って食べてくれているのだ。そこだけは、ほんとらしい。彼の言葉は、どう聞いてもわざとらしさを感じないのだから。心の底から信じて言葉をはいているのだ。


 料理だけじゃない。

 掃除も洗濯も何1つしてくれない。布団の1枚だって干してはくれない。ぜ~んぶ私の役割なのだ。

 それだけじゃない。お金だって全然かせいできてはくれない。ここの家賃も食費も、デートの費用だって全部全部、私持ちなのだ。

「さいってい!そんな酷い男とは、サッサと別れちゃいなさいよ!」

 なんて、女友達はみんないう。

 でも、どうしても私にはそれができない。

 こういうのを“くさえん”というのだろうか?


 彼は人間的には最低だけど、同時にとても魅力的でもあるのだ。

 たとえば、一緒に水族館だとか博物館だとかにデートに出かけたとする。

 すると、他の人が目につかないような奇妙な視点で物事をとらえてみたりする。突然、突拍子もないような言葉をはいてみたりする。

 たとえば、こうだ。

「この魚はね、異次元から来た生物なんだ。みんなそのコトを知らない。あるいは、忘れてしまっている。でも、遺伝子には確実に刻み込まれている。いずれ、そのコトを思い出す時がくるさ」

 こんな感じ。それを嘘とか冗談でいっているわけではない。“心の底から信じ込んでいる”のだ。彼にとっては、それが真実なのだ。そうして、その話を聞いていると、段々と私の方も「もしかしたら、ほんとにそうなのかもしれない…」なんて彼の世界に引き込まれていってしまうのだった。

 頭のおかしな話だと思うかもしれないけれども、それが事実なのだから仕方がない。そんな部分に私はかれ、彼の方も私を頼ってくれている。頼られてしまうと、ますます突き放せなくなってしまう。

 それが私と彼の関係。


         *


 私は、彼の寝顔を見ながら思う。

 この人は非常に気まぐれで、自分勝手で、予測不能で、そんなところが迷惑でもあるし魅力的でもある。よくも悪くも、型にはまっていないのだ。他の人たちとは全然違っている。代わりがいない。


「世界はパターン化してしまっているんだ。誰も彼もが成功者に従い、そのマネをしたがる。攻略法が発見されれば、皆、それを追随する。誰かがそれを破壊してやらなければ。そうでなければ、この世界はつまらなくなってしまう。どんどんどんどん、つまらなくなっていってしまい、最後には完全に閉塞してしまう」

 彼は、よくそんな風に語っていた。

「あなたが、その役割を果たすの?」と、私はたずねる。

「そう。オレが破壊する。世界の壁を!閉塞した空間を!でも、必ずしもそうじゃなくてもいい。他の誰かがそれをやれるというならば、そうしてそれだけの能力を持ち合わせているというならば、そいつにまかせてしまえばいい。そうすれば、オレは寝て過ごせる。毎日ゲームでもやりながら悠長に暮らしていける。そうじゃないなら、オレが戦うまでさ」

 まさに、この人はそういう人だった。決してパターンにはまらない。パターンにはまったと思った瞬間に、もう別の行動を起こしている。別の考え方に移ってしまっている。そうやって、次から次へといろいろな世界へと飛び回って生きている。

 たとえるなら蝶。この人は、まるで異次元からやって来た不思議な模様をした蝶のような人だった。


 そんな彼が、今は小説なんてものを書いている。

 以前はマンガだった。その前は演劇。そんな時、彼は異様な力を発揮する。普段は人と関わろうとしないくせに、ある日突然に立ち上がり、どこからともなく仲間を集めてくるのだ。そうして、一緒にマンガを描いたり、劇団を立ち上げたりする。ひとしきりその行為に没頭すると、やがてパッと飽きてやめてしまう。

 後には、残された人々が茫然と立ち尽くすばかり。私は、いつもそんな彼を支え続けてきたのだ。きっと、これからもそれは変わりはしないだろう。


「今度は、ほんとなんだよ!今度こそ本気なんだ!」

 そうはいってるけど、どうなるかわかったものじゃない。いつまた飽きてポ~ンと放り投げてしまうのかしれない。

「いやいや、今までのは共同作業だからダメだったんだ。今回は、ひとりでする作業だから。小説ならばひとりで書ける。むしろ、ひとりでしか書けない。ひとりで書くしかない。こういう方が向いていると思うんだ、オレには」

 私は、その言葉を信じるしかない。信じて支え続けるしか他に方法はない。

 それに、確かに今回はほんとにモノになりそうな気もしていた。彼の書いたものを読ませてもらったけど、なんだか不思議な魅力がある。まるで、彼自身の人生みたいに。

 ストーリー的にはよくわからないところも多いし、技術的にはおかしな部分が山ほどあるのだけど。とにかく情熱であふれかえっている。その情熱も、あまりにも熱すぎてちょっと空回からまわりしている感じがあるんだけど、そういうのは、きっと書いている内に落ち着いてくるだろう。


「まったく、もう。やれやれね。まったく、どうしようもないんだから…」

 私はそんな風に文句をいいながら、今日もお皿を洗い、料理を作り続けるのだった。いつになるかわからない成功の日を夢見て待ちながら。同時に、そんな境遇を楽しみながら。

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