第1番
ジムノペディを聴いたとき、じぶんが異邦人だと思いだした。
必要なものがすべて入った、からっぽの大きなかばんをもって、旅にでた。
見おぼえのある、親しくはない石畳。黒い電線がじじ、じじ、と音をたてる。
トロリーもメトロもつかわない。
じぶんの足で、一歩ずつしか、近づけないところ。
空も建物も石畳の重たいいろをしている。
まわりのひとがだんだんと、見あげるような大きさになる。
顔のないひとの足にまどいながら、おいぬかれながら。
ちいぽけなわたしが進んでいく。
ふとふりかえると来た道はかすんで見えない。
上も下もわからない霧のなかに、じぶんの足あとだけがくろく残る。
静かな、とても静かなところ。
心のよう。宇宙にあいた穴のよう。
夜のなかで、動くものも音をたてるものもない。遠くのピアノが静寂をきわだたせている。
すべてのものが招待されているのだろう。はるかなにぎやかなパーティーに。
異邦人はよばれない。
ひとりぽっち、一歩、一歩、あゆむ。
栗鼠のような家がちいちゃくうずくまっている。そっと扉をおす。
それは日常の殻。もうずっと、なにも立ち入ったことがないように見える。しっとりと白い埃が積もっている。
そのまんなかに、がらんどうの部屋の床のまんなかに、オルゴールの箱がある。
ジムノペディのすんだ音色。