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 俺は、いわゆる恵まれた人間ではない。

 勉強はどんなに努力しても上の下だったし、運動神経も悪くはないが良くもない。多彩であると言われたこともあるが器用貧乏なだけでどんなに頑張っても大きな結果は残せない。自分にそれなりの才能が有ることを自覚しているために卑屈にもなれず、人に当たる程の才能もないために我儘にもなれない。

 だから、ひたすらひたむきに頑張った。

 頑張った結果、俺は高校生活の終盤でやっと卑屈になれた。正直、それは遅すぎた。


 けれど、俺は自分の人生を呪わない。広くはなくとも深い付き合いをする友人はいるし、仕事面ではよく出来た後輩もいる。収入はそこまで多くないが独り身の俺には十分な額だし、それなりの親孝行だってできる。

 だけど、時々思う。もし、”あの時”に違う答えを出していたのなら俺の人生は変わっていたのかもしれない。と……。



 俺も今年で29。会社での地位も係長と、悪くはない(しかし、小さな会社なので給料にはあまり反映されない)。俺の仕事の3分の1は後輩の指導や仕事のチェックに費やされるのだがこれがなかなか面白い。

「先輩、資料まとめ終わりました」

「ご苦労様。じゃあ、チェックさせてもらうね」

 後輩の女の子が持ってきたA4用紙数ページに渡る資料をペラペラとめくって確認する。なんの問題もない、それどころか素晴らしい出来だ。

「うん、文句なし。ありがとう」

「いえ、これも先輩のご指導のお陰です! あ、あの。あと。それから、ですね。もしよければ今日仕事が終わ………………いえ、やっぱり。なんでもないです。」

 元気に答えたあとほぼ声を出さずにぼそぼそ喋ったかと思えばにっこり笑って深くお辞儀をし、彼女は踵を返して歩き出した。その完璧とまで言える仕草にわずかに思わずドキッとしてしまう。ここまで明るさと真面目さを併せ持つ人間はそうはいないだろう。

「せんぱぁ~い、さっちゃん先輩に見惚れてないで手動かしてくださいよ」

「バッ!! これでもお前の倍は働いてるわ!!」

「ば、倍は言いすぎですよ!! もう、自分ができる人間だからって手厳しいなぁー、もう。」

 茶化してきた後輩に反撃を食らわし、俺も自分の仕事に戻る。さっちゃん先輩と呼ばれた先ほどの彼女に数秒見惚れたのは確かにその通りなのだが、三十路手前の身(おっさん)としてそんな事を一々指摘されたくない。というのもある。

 確かに彼女は魅力的だ。ボブカットの髪型や日本人的な慎ましさを感じる体型、真面目な性格などすべてが俺の好みである。だが、その程度の理由で恋をするほど俺も若くはない。第一、彼女は5つも年下なのだ。

「はぁ、いい加減彼女作んねーと。親がうるさいんだよなぁ」

「先輩ならそれなりに努力すれば作れると思いますよー。さっちゃん先輩とか、絶対先輩に気がありますって」

「やめろバカ。お前、6つ年上の俺によくそこまでの口がきけるな……。」

 カタカタとキーボードを叩く後輩は数秒「うーん」と唸ったあとに、引き出しからガムを取り出し口に咥えた。

「まぁ、先輩はその堅い性格を直さにゃー彼女はできませんよね」

「うっ。」

「酔った勢いで聞きだした先輩の”あの話”、惜しいと思うなぁ。……って、あれ。そういえば今日って例のあの日ですよね? ってことは、先輩今日誕生――」

「あーもう! 黙って仕事しろ。この歳で祝ってほしくなんかねぇ!!」

 成り行きとはいえこいつに相談したのは失敗だったか。ひとまず今は仕事が先決だ。

 少しばかりの雑談を無理やり終わらせ俺はまた手を動かし始めた。


「ただいまーっと」

 そういえば妹が無人の家で「ただいま」をいうようになったらヤバイ。みたいなことを言っていたが本当なのか? まぁ、特段気にすることもないか。

 俺はいつもの様に夕食の準備を進めながらテレビを付けた。何やら、明日は大荒れらしい。勘弁してくれ。

「今日も白米にサラダに漬物か」

 ここ最近弱くなってきた胃袋を忌々しく思いながら、せめてもの抵抗に缶ビールをプシュリと開けた。ビールをちびちびと口に運び漬物をつまみ代わりに口に含む。

「あの話、思い出しちまったなぁ……」

 あの話。とは、俺が小学生の頃の話だ。今から17年前、俺の12歳の誕生日の出来事。

 俺は正直いって、モテないわけではなかった。むしろ大人っぽいところが人気で小学生の頃なんかは後輩からハーレム状態だっと言っても過言ではない。しかし、どう頑張っても俺は自分の堅い性格を直せなかった。

 キスや、デートというモノが嫌いを通り越して気持ち悪いと感じるほどだったし、下世話な話や他人の色恋沙汰にも興味が無い。友人からさんざん菩薩が地蔵だと言われ、人を好きになってみようと努力するも結果は虚しく終わっただけだった。

「今ではだいぶん収まったけどなぁ」

 俺の堅い性格を確固たるものにした”あの時”。

 もし今の性格の状態で”あの時”を迎えていれば俺はどうなっていたのだろう? 今とは違う人生を歩めていたのだろうか。……おそらく、そうだろう。その道が今よりもいいものかどうかはさて置き俺の人生を大きく変えたであろうことに変わりはない。

「もしも過去に戻れたなら……。」

 もちろん、昔に戻ってやり直すなど不可能なのは知っている。もし可能だとしても現状に満足している身として絶対にそんなことはしない。


 だから、その申し出はあまりにも突然過ぎた。


「人生、やり直したいと思ったことはありませんか?」

 突如目の前に現れた天使のコスプレをした少年が、にこりと笑って右手を横にふる。どうやらそれは特殊な力を開放するための動作らしく、俺の体はみるみるうちに光りに包まれた。

「拒否権はありません、ノルマ果たさないと僕クビなので」

 語尾に音符マークでもつけんばかりの声色でいうものだから、思わず俺は「はあ……?」などと間抜けな声を出すばかりで何もできなかった。

 せめてテレビを消したい。なんて思いながら、何もできずに意識が飛ぶ。

 2024年12月27日(金)。俺は最低最悪、基い、ムカツク体験をしてしまった。


時代計算や誤字脱字など気になる点がありましたら指摘していただけると幸いです

今後よろしくお願いしたします

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