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特別


〜〜〜〜特別〜〜〜〜

 その頃の俺はもうシーちゃんのことをすごく信頼していた。そしてシーちゃんから信頼されていることも知っていた。

 そして俺はそれが特別なことだとは思わなかった。みんな自分の心の中にシーちゃんみたいな人がいて。みんなその人と話しているのだと。そして信頼できる人が心の中にいるのに、生身の声で生身の人間と話しているクラスメイトの姿を俺はとても不思議に思っていた。


最初に自分がほかの人とは違うと知ったのは小学2年生の時である。


 今からその話をしよう。




 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムがなる。このチャイムは帰りの学活の終わりを告げるものだ。

 俺はランドセルに教科書やら筆箱やらを無理矢理に詰め込む。そして誰よりも早く準備を終えた俺は一番に教室を出てーーーーー

『キョーちゃん。忘れ物。授業中に配った宿題のプリント。あの宿題、提出は明日だから持って帰らなきゃだめでしょ』


『そーだったな。忘れるところだった。サンキュな。シーちゃん』


『いいって、いいって。キョーちゃんの役に立てて、シーはすごくうれしいから』


『そうですか』


 俺は忘れ物に気づき、というか教えられて、慌てて教室に戻る。机の中にあった目的のプリントを見つけランドセルに入れた。

 

『ねー、キョーちゃん。おなかすいたー。早く帰ってなんか食べよー』


『あーわかった。ていうかシーちゃん。そのキョーちゃんっていうの恥ずかしいからやめてくんない』


『えー、じゃあ私はキョーちゃんのことなんて呼べばいいの?』


『なんてって。そりゃ、京介って呼んでくれればいいんだけど』


『京介・・・・やっぱキョーちゃんが一番しっくりくるからキョーちゃんって呼ぶね』


『好きにしてくれ』

 

 俺、神奈木京介が話している相手はシーちゃん。本名とかそういうものがあるのかは知らないが、自分のことをシー、と呼んでいるから今はそのまま呼んでいる。

 俺はシーの顔を知らない。シーの本名も、シーの身長も体重も。

 ただ知っているのはシーの声、性格、考えていること。そして俺はそれらを視認することができない。


 俺はいつものように教室をでて、自分の教室がある2階から昇降口がある1階まで階段で降りた。いつものように靴を履き昇降口を出た。校門までの距離は100メートルといったところだ。ちなみに学校から自宅までは約1キロ。徒歩でいくと15分ぐらい。

 確か今日は俺の好きなアニメがやる予定なので早く帰りたい。しかし今日はどうやら帰りが遅くなりそうだ。なぜなら

『ねー、キョーちゃん。大変なことが起きた。ていうか今現在起きているところなの。行こっ』

というシーちゃんの声が頭の中に響いたからである。


 シーちゃんが言うには校舎の裏で生徒がいじめられているのだという。シーちゃんは周りの声が聞こえない。シーちゃんが聞こえるのは俺の心の言葉だけだと言う。しかしシーちゃんは見ることはできる。しかしこれも風景ではなく人限定だが。もちろん今いる場所からは校舎裏なんか見えない。ほとんど真逆の方向にある。しかしシーちゃんは俺を中心としてかなり広い範囲にいる人の位置を正確に認識することができる。なんでそんなことができるのかは俺にもシーちゃん自身にもわからない。

 そしてシーちゃんのこの力によっていじめられている生徒を見つけ、俺はそこに向かわされている。

 校舎裏なんかもう2年も通っているのに行ったことがない。

 シーちゃんに、早く早くとせかされた俺は多分かなりの速さで校舎裏が見える位置にたどり着いた。そして校舎裏からはぎりぎりで見えないように壁に背をつけ隠れる。

『なあシーちゃん。校舎裏にいる人の人数と名前。それといじめられている人のことも教えてくれ』

 

俺は心の中でシーちゃんに詳しい状況を聞いた。もちろんいじめている連中には聞こえていない。

『えっとね。いじめている人の人数は6人。会ったことがないから名前はわかんないけど学年は4年生だよ。いじめられている人も同じ4年生だと思う』


『4年生か。俺より学年が二つ上だから、けんかしてあの子を助けるってことはできないな』


『でもこのままじゃ彼女が・・・・』


『今、いじめられている人はどういう状況なの』


『うん。えっとね6人に囲まれて、うずくまっている。多分泣いていると思う』


『それじゃあ可及的速やかに助けてやらないとな』

 

 俺は隠れていた場所から抜け出した。確かに校舎裏の壁際に6人の集団が集まっている。6人に隠れていじめられている子はみることができない。彼らとの距離はおよそ20メートルほど。そして彼らはまだ俺の存在に気づいていない。

『ちょっとキョーちゃん。何をやる気なの?』


『何って助ける気だよ』


『でもどうやって・・・けんかはだめだからね』


『何で?』


『キョーちゃんが殴られると私も痛いもん』


『大丈夫だよ。まあゆっくりと見物しててよ』

 シーちゃんとの心の中での会話をしていると不思議と心が安らいだ。これでぱぱっとやっちゃいますか。

「おーい。そこの先輩たち」

 しばらくぶりに出た俺の生身の声は意外にもしっかりとしていた。

 壁際にいた6人が一斉にこちらに顔を向ける。みんなどこかですれ違って見たような気がするが、名前まではわからない。

「何だよ。お前」

 6人の中の一人が言う。

「先輩たち。いじめはやってはいけないことですよ。いじめっていうのは人間のクズがすることです」

「何だよ。お前。低学年のくせに中学年の俺たちに文句をいうのか」

 この先輩たちはなかなかのクズっぷりを発揮している。

「いじめをするような人を俺は人間だとは認めません。つまり先輩がたは俺にとって人間じゃありません」

「なんだと」

 いい感じにはらわたが煮えくり返っている。できればもう少し怒らせて、理性を吹っ飛ばさなければいけない。

「先輩たちはいじめをすることでしか存在価値を証明できないクズです。今の先輩がたはゴキブリ並みかそれ以下。よくてカブトムシってところですかね」

「てめえぶん殴るぞ」

 6人の拳がいい感じに力んできた。もう少しだ。

「おや。ゴキブリが人間の言葉を話していいと思っているのですか。身の程を知った方がいいと思います」

 俺の言葉の直後。いじめっ子6人の理性がぷっつり切れる音が聞こえた気がした。

「うおおおおおおおおおおぽおおおおおおおおおお」

 6人がまるで獣のような声を出して俺に向かってきた。とりあえずいじめられっこを助け出すという第一目標は達成したようだ。

 俺はとりあえず逃げた。4年生のいじめっ子6人と俺との距離は20メートルほど開いている。俺はこの距離を維持しつつ校舎の中に逃げ込んだ。

 相変わらず6人は「くそ野郎」とか「しね」とかの罵声を浴びせながら俺を追いかけている。6人は理性を失って周りが見えていない。しかしこの状況はどう見ても6人が悪者。そして今日は週に一度の委員会がある日で校舎内は放課後にも関わらず生徒がたくさんいた。好都合である。

『シーちゃん』


 俺は校舎の中で馬鹿な6人から逃げながら心の中でシーちゃんとの会話をする。

『なーに。キョーちゃん』


『先生を捜してくれ。できれば怖くて厳しい感じの先生』


『怖くて厳しいとか言われても』


『とりあえず身長が高い人とか体が大きい人を捜してくれ』


『うん。わかった』

 俺は後ろを確認した。6人は相変わらず追いかけてきている。やはり年齢の差のせいか距離が少し短くなっている。距離は13メートルほど。

『キョーちゃん。見つけた。2階の2年3組の教室の中に身長が189センチの体のおっきな先生がいるよ』


 身長189センチ。巨漢。男。これは間違いなく、学校一怖いと言われている橋本先生だ。勝負は見えた。

 俺はもう一度後ろを確認して6人が追いかけてきていることを確認するとすぐさま近くにあった階段を上った。目指すは2階。橋本先生。

 2階に上がった俺は2年3組に向かって全力でダッシュした。そろそろ俺のスタミナも限界が近い。

 2年3組の教室まで残り10メートルほどのところで渾身の演技を開始した。

「うわあああああん。たすけてええええええ。なぐられるううううう」

 できるだけ子供っぽく。できるだけ間抜けにを心がけたが少しやり過ぎた。委員会で残っていた同学年たちが皆こちらに注目している。そこで目の前の扉が開いた。この扉は2年3組の扉。ということは。

「どうしたんだ、神奈木くん」

 扉を開けて出てきたのは学校一怖い橋本先生だ。狙い通り。そして最後の仕上げ。

「橋本せんせええ。たすけてくらさい。おっきなお兄ちゃんたちが僕をなぐろうとしてくりゅうううう」

 我ながら演技力がすごいなと思う。別にだそうとしていた訳ではないけれど涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃだ。

「どうしたんだ。神奈木くん」

「あのお・・兄ちゃんたちが。僕を。僕をいじめてくりゅうううう」

 そして俺は振り向いて6人組を指差す。そしてそこには顔を真っ青にして固まっている6人の姿があった。

 そしてその6人のなかの一人は完全に俺を見ている。俺の演技に気づいたか。

「お前。猫かぶってんじゃねええ」

 再び襲いかかってきた。しかしこちらには最強の神。橋本ティーチャーがいる。かかってこいや。

「いやああ。お兄ちゃんたち怖いいいいい。たすけて。橋本せんせええええ」

 最後にだめ押しの演技をした。それを最後に橋本先生は6人を力技で押さえ込み、後から駆けつけた先生たちに生徒指導室へと連れて行った。

 連れて行かれる際、最後に襲いかかっていた、俺の演技に気づいた男は終始俺を睨みつけていたので、俺はフッっと不適に笑っておいた。我ながら性格が悪い。

 6人との楽しい鬼ごっこを終えた俺は最後の任務のためにある場所へ向かった。校舎裏。いじめられていた子がここにいればいいのだが。6人と鬼ごっこを開始してから既に30分ほどがたっているのでその子はもう帰ってしまったかと思ったが、校舎裏にはうずくまっている女の子がいた。俺はその子に話しかける。

「ねえ。君」

 彼女は何を言うでもなくただただ俺を上目遣いで見上げる。

『シーちゃん。俺なんて言ったらいいの?女の子と話したことなんてないから全然わからないんだけど』


『とりあえず、名前聞いたらいいんじゃないかな』

 名前ね。よし聞こう。

「俺は神奈木京介。2年生。君は」

「私は・・・城之内美鈴。4年生」

「よろしく。美鈴さん。ところで君にお願いがあるんだけど」

「な・・なんですか」

「演技をしてくれないかな」

「演技?」

「そう演技。このままじゃ俺、ちょっとヤバいからさ。橋本に怒られちゃいそうだからさ。演技してくんね?」

「わ・・わかりました。でも私は何をすればいいのでしょうか」

「うん。とっても簡単。もし君が俺のことを先生に聞かれたら、こう言う。京介くんはいじめられていた私をたすけてくれたんですって。あと俺が6人に悪口は言ってないって言うんだ。わかった?」

「は・・はい。わかりました」

「それじゃあね」

「はい。さ・・さよう・・なら」

 俺は振り返り校舎裏を離れた。


 校舎裏を抜けた俺はそのまま学校の校門を抜けて家に向かう。途中でシーちゃんから、どうなったかをこと細かく話すように言われた。俺は今までのいきさつと最後の台詞など、かなり詳しく話したので説明に10分近くもかかってしまった。

『キョーちゃん。最後の台詞を彼女に言わせたのはなんで?キョーちゃんがあの子をたすけたのは本当だけど、わざわざ先生に言わせるの?』


『よーし。バカなシーちゃんに教えてあげよう』


『むっ、バカって言った方がバカなんだからね。バカっ』


『お前も馬鹿じゃん』


『っ・・・それで?』


『はあ・・・俺がどんな演技をしたかはさっき説明した通りだ。で、あの6人は先生に連れて行かれた。多分詳しく事情を聞かれる。でも彼らは十中八九自分たちに都合のいいことしか言わない。要するに彼らは俺が彼らに言った暴言のことだけを話す』


『キョーちゃんが言った暴言って・・ゴキブリとか人間のクズとか?』


『うん、そう。で今度は俺が先生に事情聴取される。そこで俺は悪口を否定する。美鈴さんをいじめた人たちが許せなくて、でも年上だからけんかはできなくて、しょうがないから彼らを煽って注意を自分に向けさせ、美鈴さんを助けたかった、みたいなことを言う。そんで今度は美鈴さんが先生に事情聴取される。で、さっきの台詞だ。俺の計画は完璧だな』


『ふーん。キョーちゃん意外と考えていたんだね』


『ああ。俺はめちゃくちゃ考えていた』


 二日後学校の状況は俺が予想した通りになった。


 6人は橋本先生にみっちりと怒られ、親まで介入するほど事が大きくなった。

 俺の迫真の演技のせいか、クラスのみんなが俺の事をすごく心配してくれた。なんかみんなを騙しているようで良心がいたむ。俺は心配してくれるクラスのみんなには例外なく

「ありがとう」

 とお礼を言っておいた。

『ねーキョーちゃん。なんでクラスのみんながキョーちゃんの周りに集まっているの?』


『みんな俺の事心配してくれてるみたい。ほらこの前の俺の演技のせいで』


『ふーん。キョーちゃんがみんなと一緒に話すなんて珍しいね』


『まあ、これもすぐになくなると思うけどね』


 そして俺の予想通り、1週間もしないうちに俺がクラスのみんなと話す事はなくなった。

 

 いじめられっこの彼女を助けてから1ヶ月ほどたったある日の事。俺は学校が終わり、家路についていた。

『ねー、キョーちゃん。今日のご飯何かな』


『うーん。今日はオムライスだって母さんが言ってた気がするけど』


『オムライス?やったー。おかわりいっぱいしちゃお』


『って、おかわりするのは俺だろ』


『よろしくねー。キョーちゃん』


『へいへい』


『あっ・・・・』


『ん、どうした』


『うん。後ろから誰か走ってくる。多分キョーちゃんに向かってると思う』


『誰だかわかる?』


『うーん。わかんないや』


『そう』

 確かに後ろから足音が聞こえてくる。だんだん大きくなってきた。誰だろう。俺は自慢する訳ではないが、学校では生身の人間と話す事はほとんどない。いつもシーちゃんと話している。そんな俺はもちろん一緒に誰かと帰る事もない。なのに誰かが追いかけてきているということは、俺、もしかして怖い人たちに目を付けられたのだろうか。

 足音も大きくなり多分もう5メートルほど後ろにいるのだろう。怖い人に殴られるとしたら後2秒後ぐらいにーーーー

「あ、あの・・京介くん」

 声をかけてきたのは女の子。それにこの声はどこかで聞いた事がある。確かこの声は・・・

「美鈴さん」

振り返るとそこには予想通り美鈴さんがいた。この前見たときは泣いていたのでわからなかったがかなりかわいいと思う。

『ん、キョーちゃん今なんか変な事考えなかった?」


 別に伝えるつもりはなかった感情がシーちゃんに伝わってしまった。

「どうしたの。美鈴さん」

「あの、京介くんにお礼を言いたくて・・・」

「お礼なんていいよ。それよりいじめはどうなったの」

「はい。あの後、私へのいじめはなくなりました。でもあの6人が今は京介くんの悪口ばっかり言ってて・・・」

「うん。それならよかった。俺にも実害出てないし、襲ってきたら橋本先生に助けてもらうから」

「はい。あの、それで京介くん」

「なに?」

「わ、私と友達になりませんか?」

「友達?なんで?」

「なんでって。京介くんのクラスの人に聞いたら、京介くんいつも一人でいるって・・・それで私も一人だから、友達になれたらいいなって・・・

だめ・・かな」

「うーん。いいけど、俺一人じゃないよ」

「え、でも京介くん。この前見たときは一人で本読んでたし」

「いや。俺にはシーちゃんがいるし」

「シーちゃんって誰?」

「シーちゃんって・・えっと・・いつも心の中で話している友達。女の子だよ」

「心の中に友達?それってなんか変じゃない?」

「別に変じゃないだろ。ていうか美鈴さんにもいるんじゃないの?」

「私にはそんなのいない。そのシーちゃんって言う子とはどうやって会ったの?」

 俺はシーちゃんの声が初めて聞こえた幼稚園のときの事や、シーちゃんと話すために心の声を出す練習をした事を美鈴さんに話した。

「へー。京介くんうらやましいな」

「そっか?まあ話してると楽しいけどね」

「私もシーちゃんって子と話してみたいな」

「それは無理だと思うけど」

「なんで」

「シーちゃんは俺の声しか聞こえないんだ」

「・・・・残念だな」

「あっでも俺は美鈴さんの友達になるよ」

「ありがとう。じゃあさ。美鈴って呼び捨てにして。私も京介って呼ぶから」

「わかった。美鈴」

「うん。じゃあ私帰るね」

「じゃあな」


 この日。俺は自分が、自分の中にいるシーちゃんが特別なものだという事を始めて知った。俺はシーちゃんに助けられている。シーちゃんがいるから一人でも平気だし、つらいとも思わない。シーちゃんがいるから寂しくない。

 ではシーちゃんがいなくなってしまったら俺はいったい・・・・

 そんな一抹の不安を抱えたまま俺は家に帰った。


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