表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Mr.Enigma  作者: 浦辺 京
Episode1:A bargain is a bargain
7/69

Episode1 #6 The detective

 その後、フォレスト刑事はある事件の資料を用意してくれたようだ。ジェームズは“黒いファイル”と引き換えに、意気揚々としながらその資料を車へ持って帰っていった。バートは結局、最初から最後まで何も言葉を発することはなく。ようやく口を開いたのは、止めておいた車の中に戻ってからのことだった。

「……一つ聞いていいか?」

 黙々と資料に目を通すジェームズを横目で見つつ、バートはそう問いかけた。

「一つと言わずどうぞ」

「じゃあ聞くけど、ブルーベルって何なんだ?」

 バートはジェームズとフォレスト、二人のやり取りを見ていたその時から、その『ブルーベル』について気になっていたのだ。フォレストがブルーベルというその言葉を聞いた瞬間、確かに凍り付いていた。しかも脅しとして成立していたわけなのだから、相当な脅迫材料なのだろう。ジェームズはバートの問いに、ああと素っ気なく返事をしてから口を開いた。

「春になると咲く、青いキュートな花さ。真っ青な花がね、森の地面に青いカーペットみたいに一面に咲くわけなんだけど、それがまあ綺麗でさ……」

「そうじゃない」

 予想外の返答に、バートは思わずため息とともにそう突っ込む。どうやらシラを切るつもりらしい。

「ん? あの花知ってるの?」

「いや、花自体は知っててその花の名前は知らなかったけど……そうじゃない」

 ジェームズは書類を読んでいた手を止め、ようやくバートの方を向いた。その視線があまりにも真っ直ぐだったため、これは決してシラを切っているわけではなく、素でそう切り返したのだな、と悟る。

「じゃあ何の話?」

「だから、さっきの話で――」

 しかしバートとしては先程の言葉が通じなかったことに僅かにムッとしていたのも事実で、思わず少し語気を荒らげ、言おうとしたその時のことだった。

 こんこん、と車のガラスをノックする音。二人の視線は同時にそちらを向き――そしてジェームズは小さく笑みを浮かべると、車のドアガラスを開けた。

「ああ。何だ。ノアじゃないか」

 ジェームズがノアと呼んだその男は――眼光の鋭い、小柄な中年の男性だった。濃い茶の入った金髪をオールバックにした、体格のいい男で、その鋭い瞳は印象に強く残るような真っ青な色だ。歳はまだ50を過ぎて間もないぐらいに見える。

 ノアはジェームズの微笑みにつられて笑みを返してから、口を開いた。

「ジェームズ。お前、俺を尋ねに来たのか?」

「まあね。ちょっとさ、気になる事件があったもんで。でも君がいなかったから、フォレスト刑事に頼んだよ」

 どうやらこの男が、ジェームズが最初に尋ねようとしていた『スプルース刑事』らしい。見た目こそ厳ついものの、ジェームズと話している所を見るとそう怖い人物でもなさそうだ。バートはそう思いながら特に意識することなく耳を傾けていたが――次の瞬間聞こえた言葉に、驚きを隠せなかった。

「知ってる。あいつ、ベネー商会の商品カタログ読んでたよ。お前持ってきたもんだろ? あれ」

「ああ。この資料と引き換えにあげたんだ」

「……へっ?」

 二人のやり取りに、バートが驚きの声を上げる。そんなまさか、あのジェームズの持っていた黒いファイルの正体は――。

「どうした?」

 驚いた様子の声にジェームズは軽く目を見開き、バートの方を向いて問いかけた。

「どうしたもこうしたも……。あれ、君が見せた脅迫の決定的証拠じゃないのか……!?」

 そう。バートはあの二人のやり取りを見た時から、ジェームズが取り出した黒いファイルが脅迫材料であって、それを渡す代わりに欲しい資料をよこせと脅しているのだと思っていたのだ。いや。あのやり取りを見ていれば、そう見えるのが普通だろう。

 あまりに驚くバートを見て、ジェームズはぱちぱちと目を瞬かせた後、ああと頷いて笑って見せた。

「そうだった。脅したね……確かに脅した。『ブルーベル』って。何だ。それがずっと気になっていたのか」

「『ブルーベル』って……あのフランソワ通りストリートの?」

 今度はノアがそう問いかける。現職の刑事と思しきその男にそう問われても、ジェームズは決してバツの悪そうな顔はせず――むしろ嬉しそうに笑って言った。

「そ。銀食器シルバーの店。あの通りにいる『お喋り夫人マダムデボラ』がね、あそこに入っていくフォレスト刑事を見た、って」

「オイ。本当かよ? それで脅したって!?」

 そう問うノアの口調は、怒っている――わけではなく。むしろ愉快そうな声だったわけで。

「ホ・ン・ト。……やっちゃった」

「おいおい……! ここに悪魔がいるぞ! しかも脅迫の証拠と勘違いさせてカタログ渡すなんて、なんつー鬼畜の所業だ!」

「よしてくれ。照れるじゃないか」

 面白おかしそうに話をし、遂には笑い出す二人を見て、バートは訳が分からなくなった。ジェームズがフォレスト刑事を脅したのは事実だ。しかしその取引材料として渡したのは弱みを握るための物ではなく、カタログなのであって、しかもその『脅した』という事実を現職刑事が知っても全く悪びれず、むしろ楽しそうに話している。一体全体、これはどういうことなのだ。

「あのー……? お二人さん? 楽しそうなところ大変申し訳ないんですけど……」

 バートが恐る恐る口を開き、呟いた言葉に、ノアとジェームズがそちらを向く。

「……全く話が掴めないんだけど。結局何なの? あの脅し」

 バートのその問いに、ノアとジェームズは互いに目を見合わせ、そして再び笑った。

「フォレストのカミさんが、臨月なんだよ。さしずめその産まれてくる子供の為に、銀のスプーンでも買ったんだろうさ」

 ノアの言葉に、一気に疑問が氷解した。銀製品で出来た食器は高級品であり、昔はそれこそ裕福さの象徴と言っても過言ではなかった。そのため、今では子供が将来裕福に暮らせるようにと銀で出来た食器―特にスプーンが選ばれる―を贈るのだそうだ。

「……ま。フォレストの奴、愛妻家なんだが……とにかく素直じゃなくてな。子供やカミさんにプレゼント贈るなんて柄じゃあないって自分で思ってる。間違いなくサプライズで贈ろうとするだろ。あいつの性格上」

「で、僕がブルーベルでのその情報を掴んじゃって脅した、っていう」

「ったく、酷いことしやがるな! ジェームズ」

「まあね。フォレスト刑事にも悪魔って言われちゃったしね!」

「絶対ばらすんじゃないぞ。そんなことしちまったらお前さん、完全に悪魔だ!!」

「しないよ。僕は約束は守る男だ」

「それは知ってる。でもフォレストはさっき真っ青になって『フォータスは約束守ってくれるよな!?』って俺に再三聞いてたぞ?」

 ノアのその言葉に、ジェームズは『わお』とわざと大げさに驚いて見せた後、ニヤリと笑みを浮かべた。その表情はまるで子供が悪戯を思いついたかのような顔だったわけで。

「マジか。じゃあ後でベネー商会から誓約書をフォレストのうちに送ろう。『私、ジェームズ・フォータスはフォレスト氏の秘密を死守することをここに誓います』って」

「おい、それフォレストのカミさんに見られたらどうするんだよ!?」

「……それが狙いさ」

 囁くように、悪戯っぽくジェームズが言った瞬間、彼等は吹き出し、愉快そうに笑いだした。

 だが――その一方で、バートは何故か呆然としていた。その視線は酷く虚ろで、どこか……と言うよりもどこも見ていないようだった。

「臨月……」

 ぼそり、と一言。繰り返すように呟くバート。その瞬間、自分の胸の底から、何かが湧き上がってきて、頭をふっと過った。


 冷たく、不衛生な牢屋の中。そこに蹲っている、一人の人間。身にまとっているのはボロボロの布きれで、足には鎖が繋がれている。

 知っている人、だった。湧き上がってきたのは、『何故ここにこの人が』という感情。

   ――その時から、自分は。



「……バート?」

「……へっ?」

 気が付けば、自分はジェームズに肩を揺らされていた。何があったのかと思い、ジェームズの方を向くと、珍しく心配そうな顔をしてこちらを見ている。

「どうした? 顔色がすごく悪いぞ。……真っ青だ」

 そう言われ、バートは自分の身体がとてつもなく冷たいことに気づいた。……酷い記憶。それを、思い出した気がする。しかし彼は同時に、それが幻であったことを知ると力なく微笑み、首を横に振って見せた。


 ――ああ。今の幻は、この瞬間実際に起きたことじゃないのか。と思いながら。



「大丈夫。特に問題ない。……それよりもさっきのフォレスト刑事、アンタと仲悪いんじゃないのか?」

 一刻も早く話題を逸らしたい気分になり、今度はバートがそのことを聞いてみる。確かにあのオフィスに行ったとき、ジェームズもフォレストも、あまりいい雰囲気とは言えなかった。ジェームズはそれに笑顔のまま困ったように眉根を寄せ、肩をすくめて見せた。

「あー……ああ。まあ、あんまり仲良くない……かな? フォレスト刑事はこのオジサンの相棒だから、あれでもまだ僕らに理解示してくれてると思う。だからああやって“口実”さえあれば、大体は資料提供してくれる。まあ、警察は二言目には証拠だからね。大っぴらにオカルトの類を信じるわけにいかない。僕等は時に超法規的なこともやらなきゃいけないし――そういう点からみれば水と油だから、嫌われて当然かも」

「……公然と退魔師と関わってるのは、俺みたいな変人ぐらいだな」

 途中でノアが、そう付け加える。ジェームズはそれに噴き出した。

「ノア、自分で認めるなよ」

 先ほどから二人とも笑ってばっかりだ。フォレストとノア、ジェームズに対する対応は180度違えども、二人とも警察官として、退魔師・ジェームズの実力は、どうやら認めてくれている、と言うことなのだろうか。バートは今までの会話の内容を反芻しながら、そう結論付けることにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ