Episode3 #14 Not guilty
網膜の損傷。バートからその言葉を聞いたジェームズには、ある一つの"心当たり"があった。
「……それで来たのか」
そこで、ベネー商会に足を運んだジェームズは、弟――レナードに会いに来たのだ。
レナードはジェームズとは対照的に光を操る能力をもつ。それ故、光についてもある程度詳しいと考えて彼のもとを訪れたのだ。
もっとも、概要を話した所、弟には心底呆れを含んだため息を吐かれたのだが。
ジェームズは僅かに拍子抜けしたが、レナードにへらりと笑ってみせた。
「そんなため息吐くなよ。老けちまうぞ? 現にお前の方が僕より年上に見えるし」
「……それはお前に責任感が無いからだ」
ジェームズとしては彼に忠告も含めてそう言ったつもりなのだが、まさかそんなカウンターが来るとは思わなかった。
しかし、レナードはそうは言いつつもまじめな男だ。彼はワープロソフトで書きかけの書類を一旦上書き保存すると、パソコンの電源を切ってから口を開く。
「で、網膜を損傷させるほどの光が作れるか、だったか?」
「そうそう」
眼そのものは傷ついていないのに、網膜だけを傷つける方法。それを考えたら自然と、『光で焼く』という方法をジェームズは思いついたのだ。
しかし、当のレナードは一言、
「ナンセンスだな」
とだけ。これにはジェームズも目を見開くしかなかった。
「何がどうナンセンスなんだよ……!」
「そもそも何のために光で網膜を損傷させる必要がある?」
「自動車事故に見せかけて人を殺すため」
「なら網膜をそこまで傷つけなくてもいいだろう。例えば強いフラッシュで一時的に視覚を奪った方が遺体に何も残らない。そこまで苦労して網膜を傷つけるなんて、非合理的だ」
理路整然としているレナードの説明。しかし現にダーナの網膜は損傷していたのだから、それを『ナンセンスだ』と一蹴されるのは頂けない。
ジェームズはレナードの机にあったメモ帳から一枚メモ用紙をはぎ取り、レナードにそれを付きつけて、おどけた口調で言った。
「んなこと言って。レニーちゃんはこの紙一枚さえ焼けないから、そういう『ナンセンス』なんて……」
――この紙一枚さえ焼けないから、そういう『ナンセンス』なんて言葉が出てくるんだろう。
ジェームズがその言葉を言い切る前に、レナードが眉根を寄せ、ジェームズを睨んで指をパチンと弾く。
瞬間、光が紙に集まって黒い点ができ、そこから一瞬にして持っていた紙が燃え上がった。
「……前言撤回」
危険を察知して炎上する前に手を離したからよかったものの、あと数秒遅かったらスーツの袖が燃えていた。
目の前の紙が燃えたことに驚きを隠せないジェームズに呆れたのか、レナードは再びため息を吐いてから口を開いた。
「……とにかく、だ。私はこうやって光そのものを発生させることができるから、こういう風に紙も燃やせる。だが光を反射させるだけで網膜を傷つけるのなんて無理だな」
「つまり何? 光を反射させるだけの能力のデーモンなら、網膜を損傷させるのは不可能ってこと?」
「まあ、そう考えて差支えはないだろう。まず圧倒的に光量が足りない。そもそも反射能力だけならば、さっきも言ったが視覚を奪うだけで十分なはずだしな」
「ふぅん……」
ジェームズは、ヘンリーが反射に特化した能力を持つデーモンであることを詳しくは知らない。ただ、それらしいデーモンの気配が読めない以上、ヘンリーが何らかの『反射に関わる能力』を持っていると判断しても間違いはなさそうだと思っていた。
つまり、これでヘンリーの容疑はほとんど晴れた。
しかし、そうなると逆に気になることが増える。
「じゃあ、デーモンの力じゃなくて、他の方法で網膜を損傷させる方法ってあるんだろうか……?」
そう。そのことだ。網膜だけを損傷させるには、光が一番手っ取り早い。しかし、その為の自然光は少なくとも当時の事件現場には存在していなかった。
ならば、何がダーナの網膜を傷つけたのか。
レナードはその問いに特に悩む様子もなく、机の引き出しを開けて"あるもの"をジェームズに渡す。
「……これなら可能だ」
それを見た瞬間、ジェームズの顔に笑顔が浮かんだ。
――答えが分かった以上、そろそろしかるべき所に連絡すべきだろう。
「もう行くのか」
レナードの問いに、ジェームズは頷きを返した。
「ああ。……色々教えてくれてありがとう」
「どうってことはないさ。私も忙しいし、そろそろ行ってもらった方が有難い」
レナードのその率直な言葉に、ジェームズは苦笑いを浮かべた。
「そんなに忙しいのか」
「……来週も出張でな。まあ、慣れの問題だ」
どうやらレナードが担当している部分というのは人手が足りないらしく、彼にしわ寄せが来ているらしい。
「もう一人ぐらいいれば私の負担も減るんだが。とりあえず言語が堪能で肝が据わってて感じがよければそれだけでいい」
「それ、結構条件厳しいだろ……」
「この際だからデーモンでもいい。いや、デーモンの方がいいな」
デーモンは基本的に多種多様な言語を扱える。身体も頑丈だからまあ、人材としては魅力があるかもしれない。
もっとも、デーモンはそこらへんに転がっているもんじゃないが。
「……全然譲歩になっていないぞ」
弟も遂に多忙で思考がおかしくなったか。レナードの発言に、流石のジェームズもツッコミを入れざるを得なかった。
そんなときのことだ。
いきなり鳴り響く、携帯電話。ジェームズのものだ。何かと思って見てみれば、アリシアからの電話らしい。
「もしもし?」
「ジェームズ、大変」
「何が?」
「マーガレットが、消えたって」
「……え?」
アリシアの驚愕に染まった声に、何事かと思って聞いてみれば、まさかそんなこととは。
呆気に取られるジェームズに、アリシアは自身が知りうる限りの情報を教えてくれた。
レナードに電話の内容は聞こえていなかったようだが、彼も事態の深刻さは察したらしい。手で「早く行け」とジェームズに言っている。
ジェームズはレナードに頷きを返すと、すぐに会社を出ることにした。
「……分かった。とりあえず予定通り教会で落ち合おう」
最後にそんな言葉をアリシアに掛けて。
それから教会に集合したジェームズ達は、ロメオ神父からマーガレットが消えた経緯を聞いた。
彼女が「散歩をしてきていいか」と聞いたので、教会の周りを歩く程度ならいいとロメオが言ったらしいのだが――目を離した隙に消えたらしい。
「申し訳ないです。私があの時きちんと止めていれば……」
ロメオの申し訳なさそうな言葉に、ジェームズは首を横に振った。
「こぼれたミルクを嘆いても仕方がないだろう。それよりマーガレットとヘンリーの行方だ」
今嘆くのは建設的ではない。それよりも、彼等を探すことこそが第一優先事項だ。
「ジュリア、マーガレットの居場所を視てくれないか?」
ジュリアの霊視なら、恐らくマーガレットの視点を通じて何処に彼女がいるかが分かる筈だ。そう思ってジェームズはジュリアに頼んだのだが。
「……ちょっと、これは分からない……」
開口一番言われたのがそれでは、驚くしかなかった。
「分からない!?」
「見えないのよ。何も」
「……見えない?」
「口と眼を塞がれているみたい。多分、両腕も縛られてて……倒れてる。動けない」
ジュリアが見たその光景に、その場にいた一同は凍り付くしかなかった。
手足の自由を奪われ、視覚も声も奪われているということは、つまり。
「監禁されてるってことか……?」
呆気に取られてそう呟くジェームズに、ジュリアは頷きを返した。
ヘンリーは誘拐犯ではない。そう結論付けたジェームズ達であったが、そうなると今度は一体誰がマーガレットを拉致監禁したのか。
その疑問が、否が応にも頭をよぎった。
恐らくその犯人は――
そのことにジェームズの考えが行った矢先。
頭の奥に感じた"それ"に、彼は眼を見開いた。
「この気配……!」
間違いない。今まで感じたこともない、デーモンの気配。
ジェームズはすぐさま立ち上がると、帽子もコートも着ることもなく、教会を出て行ったのだ。
――そして。
突然出て行ったジェームズを追ったバートに捕まったジェームズは、バートと共にヘンリーのもとに向かったわけである。
そこで嫌な予感を感じたジェームズは、バートを待たせておいた訳なのだが……まさか、アルフレッドと対峙することになろうとは、あまりジェームズ自身思っていなかった。
それからヘンリーを保護し、傷の手当てをして、現在―つまりヘンリーの意識が回復するのを待っている状態―に至るわけである。
これで、ヘンリーは見つかった。しかし、当のマーガレットが行方不明、しかも監禁されている状態ではどうしようもない。
溜息一つ。上を向いて天井を眺めた後、彼はひとり、ごちるように呟いた。
「"あの弟子"の頭、そろそろ冷えてるといいけどな……」




