Episode3 #11 Whereabouts
「……つまり、彼女は警察に出頭したと思われる"ヘンリー"を待っている訳か」
数十分後。教会の中にいたジェームズは、バートとアリシア、そして少女―名前はマーガレットというらしい―と、この教会の神父、ロメオから聞いた話をまとめてそう言った。
悪魔だからといってジェームズが教会の中に入れないことはない。悪魔に対しての呪いがあるのならともかく、こんな風に様々な人がやってくる場所には、彼も容易く入れるのだ。
この教会の若き神父であるロメオとも知り合いだそうだ。……ただし、ジェームズが悪魔だとは思っていないようだが。
ちなみに悪魔は聖書や十字架も苦手ではない。むしろジェームズは聖書の内容を暗記しているぐらい、聖書を読みこんでいるらしい。
閑話休題。
マーガレットがここにいる"経緯"をまとめるとこうだ。マーガレットは数日前からヘンリーと共に宿に泊まっていて、今朝起きると彼はいなかった。
焦る彼女の手元には、二通の手紙。一通はマーガレット宛。もう一通はここの神父宛だった。
二通の手紙にはジェームズは既に目を通した。マーガレット宛の手紙の大意はこうだ。
――自分は今から市警に出頭する。マーガレットは神父様の所へ行って待っていてくれ。あの人なら君を守ってくれるはずだ。
神父宛の手紙にはマーガレットをよろしくお願いします云々といった感じの言葉が書かれていて、ヘンリーの神父に対する信頼がにじみ出ていた。
「……だがしかし、ロメオ神父はヘンリーという男は知らない、と」
ジェームズはそう言って、神父のロメオにそう聞いてみた。彼は静かに頷きを返した。
「マーガレットはお母様や叔母様に連れられてここに来ていたんですけど……ヘンリーという男性は、一度も」
ロメオはこの教会に来てまだそう日が浅い。しかしだからこそ、この教会に来ている人達の顔と名前は必死に覚えていたそうだ。
現に、ロメオは数回しか教会に来ていないバートの顔と名前をしっかり覚えていた。記憶力については保証できるだろう。
一応、ジュリアがマーガレットの記憶からヘンリーらしき男の顔を読み取り、絵に描いて、それを神父に見せたがやはり駄目だった。知らないらしい。
更にはこの教会のシスターにも聞いてみたが、誰も彼もそれらしき"ヘンリー"という男を知らなかったらしい。
ここまで来ればこの話は、探偵か警察の話になるのである。それならばジェームズの管轄外だ。しかし、ジェームズが関わらざるを得ない事情というものが、この話にはあった。
問題は数分前、ジェームズがバートとアリシアから事情を聞いていた時のことだ。ジュリアがマーガレットを安心させようとマーガレットの手を握ったのだが、その瞬間。
ジュリアが一言、こう言ったのである。
「ヘンリーって人、間違いなくデーモンね……」
ジュリアは断片になったマーガレットの記憶から、間違いなく『灰が男の姿に変わった』映像を見たのだという。
そんな馬鹿な話があるもんか。というか何でそもそも彼女の記憶が断片化しているんだ。そうジェームズは言ったが、ジュリアはそれについては淡々と言ったのである。
「何らかの形で大きなショックを受けたり、思い出すのが嫌なものがあると、忘れたくって他の記憶ごとバラバラの記憶になっちゃうことがあるの。でも、これだけはまだ彼女の希望だったみたいだから残っていたのかも」
つまり、以上の点をまとめるとこういうことになる。
ヘンリーはデーモンである。彼は何故か灰の中から蘇り、家からマーガレットを連れ出して近所の宿に泊まっていた。宿の名前も分かっている。
しかし何を思ったのか、今日の朝マーガレットを宿に残して警察に出頭した。
残ったものは、マーガレットとロメオへの手紙。その手紙には明らかにマーガレットへの想いと、ロメオへの信頼があった。
だが、ロメオはヘンリーという男を知らないのだという。
「あー……あのさ」
そこまで聞いていたバートが、ようやく口を開く。
「マーガレット、君のご家族は? お母さんと叔母さんはいるんだろう?」
そう言えばマーガレットの家族構成を聞いていない。しかし、バートの問いにマーガレットは首を横に振った。
「お母さんは3日前に自動車にのって、死んだんです。……それで、わたし、こわくなって、ヘンリーといっしょに……」
「ああ、もういいよ。……ありがとう」
こわい、という言葉が引っかかったが、これ以上少女に辛い記憶を思い出させるのも酷だと判断したのだろう。バートはマーガレットをなだめていた。
ジェームズは溜息一つ。ヘンリーという男は警察に行ったらしいが、それも何処か不安に感じる。
しかし、これは彼の仕事ではない。彼が口を出すべきことではないのだ。第一、マーガレットは神父と共に彼の帰りを待っている。それで十分ではないか。
しかしそれを良しとしなかった人物が、ここに三人いた。
「ジェームズ」
ジュリアが口を開き、彼の名を呼ぶ。彼がそちらを見てみれば――ジュリアが彼を真剣な眼差しで見ていた。
いや、彼女だけではない。アリシアも、マーガレットもこちらをじっと見ていたのだ。
その視線だけで、何が言いたいかは分かった。
「お願い。ヘンリーを探して。報酬は出すわ」
「……言うと思ったよ」
溜息一つ。彼は別に困っているわけではない。むしろ、逆の感情だ。
ジェームズは立ち上がり、バートの肩を叩いた。
「バート。仕事だ。……退魔師のな」
突然それを言われたバートは言えば僅かに驚いたものの、しかしすぐに笑顔を浮かべていた。
「ジュリア、アリシア借りるぞ。いいだろ?」
ジュリアもアリシアも頷きを返している。それ以上の同意は、要らなかった。
「今からノアに連絡を入れるから、アリシアとバートは彼の所へ。"ヘンリー"という人物が出頭しているか聞いて来い。それと、マーガレットの母親の"自動車事故"のこともだ。僕は別のところから手がかりを探す。信頼できる筋だから、安心してくれ。あと、何か分かったら連絡は逐一取ること。……いいな?」
三人は一様に頷きを返した。ジェームズは傍らに置いたコートを羽織り、帽子を被る。
「ジュリアと神父はマーガレットの傍に居てくれ。……万が一の為に、な」
二人の頷きを見て、彼等は教会を後にした。
ジェームズはバート達に言った通り、まずノアに連絡を取った。バート達が話を聞きやすいようにノアに概要を話しておくためでもある。しかし、今彼が分かっている限りだと、"ヘンリー"という名前の人物は警察に来ていないそうだ。
ならばハンク、ハル、ヘニーという名前―つまりヘンリーの愛称だが―はどうだと聞いたが、それも該当ナシ。容姿を詳しく述べておいたが、それらしい男もいないようだ。
まあ、身体中火傷のある男なら見れば印象にも残るだろう。ということは、ヘンリーという男について、少なくともノアは全く把握していないということだ。
「忙しいからあまり相手が出来るとは思えんが、教えられることだけは教えておく」
「……ありがとう」
最後にそんなやりとりをして、ジェームズは電話を切った。
しかしジェームズには、次に電話を掛けるべき相手がいた。すぐに電話帳から電話番号を選び、発信ボタンを押す。
「ありがとうございます。ベネー商会です」
数コールの後、アイリスの声が聞こえた。しかし、話すべき相手は彼女ではない。
「アイリス。僕だ。ジェームズだ。……ウィリアムに代わってくれないか?」
「いいわ」
アイリスの言葉から、数秒も経たない間に電話がつながる。
「もしもし。どうかしましたか?」
いつも通りの落ち着いた声。ジェームズはそれに僅かに眉根を寄せつつ口を開いた。
「退魔師の仕事が入った。……ジュリアからの依頼だ」
ジェームズの言葉。それに受話器の向こうのウィリアムはしばし沈黙をしていた。
「そう、ですか」
「ちょっとばかりデーモンを探すことになった。今日中には終わりそうな予感はするがな」
「お気をつけて」
ウィリアムは特に気にすることもなく、彼が依頼を引き受けることを認めた様子だった。そこで改めて、彼はもう一つの話題を切り出すことにした。
「……それより報酬どうするよ?」
そう。それだ。いくら半ば行きがかり上とはいえ、契約を結んだ以上貰わない訳にはいかない。ジェームズもあまり貰うことはできないなと思っていたが、その裁量権はジェームズにはほとんどない。それで交渉も含め、ウィリアムに相談したほうがよさそうだと思ったのだ。
だが。
「そんなもの蹴ってしまいなさい。彼女から受け取ることは許しません」
ウィリアムから言われた言葉はそれだった。ジェームズは思わず顔をしかめる。
「……言うと思った」
というより、そう言われることを見越してウィリアムに連絡をしたと言った方が正しいか。
ジュリアは特別だ。いや、"ジョンの配偶者"だから特別なのだと言った方がより正確かもしれない。
「でもな、彼女も余裕あると思うぞ? 確か本業の占いで相当引っ張りダコだし。それで払うって頑として言われたらどうするんだよ?」
「その時はその時で考えましょう」
「……あんま、重く考え過ぎんなよ」
溜息一つ。あくまでも報酬を受け取るつもりのないウィリアムに、忠告じみた口調でそう言い放つ。しかしそれに対し、ウィリアムは毅然とした口調で言ったのだ。
「君に忠告される筋合いは一切ないはずですが。……第一、これがけじめというものです」
「けじめ、ね……」
契約を結び、遵守する立場の自分。人の上に立ち、その人生に責任を持つ立場のウィリアム。
立場ゆえに、己の守るべきものも違うということか。少し呆れ気味に返事をするが、ウィリアムはそんな言葉を気にしていなかった。
「とにかく、事故災害のないように。貴方だけの仕事ではないのでしょう?」
ジェームズだけならともかく、バートもアリシアも同行している。彼等に危険が及ぶとまずい。ウィリアムがそれに念を押すのも分かる。
「りょーかい」
そこで彼との会話を終えて、ジェームズは電話を切った。
ヘンリーという男が、警察に来ていない。さっきノアから聞いたその事実に、ジェームズは嫌な予感を感じていた。
果たして、ヘンリーはどこへ行ったのか。デーモンだという事実を考えてみても――嫌な予感はする。
道中、それらしき気配を探ってみたが――それさえない。あったらジェームズもジュリアも分かっている筈だ。
「お願いだから、無事でいてくれよ……!」
何かに祈るように呟くしか、ジェームズにはできそうになかった。




