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Mr.Enigma  作者: 浦辺 京
Episode3:The apple never falls far from the tree.
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Episode3 #3 Dark and light

 GSCのオフィスに帰ってきた直後、アルフレッドが最初に出くわしたのはマルヴィナだった。彼女はアルフレッドを見るなりその目を吊り上げ、こちらを睨んでいた。

「……どうした?」

 彼は、この女に恨まれるようなことをした覚えはない。彼女の方を黙って見て立っていると、マルヴィナの方から勢いよくこちらに歩み寄ってきて彼に掴み掛かってきた。

「どうした? じゃあない!! 何故お前はそう一人で行動したがる!?」

 どうやら彼女は、アルフレッドが自分と行動を共にしなかったことを問題にしているらしい。溜息一つ。やれやれと言わんばかりだ。

「俺一人で事足りそうなことを、何でお前と一緒にする必要がある? 人手が足りないんだろ?」

 それを言われて、マルヴィナの勢いが止まった。しかし、数秒経ってから彼女はまた噛みついた。

「……とにかく。何故我々で共有できる筈の情報を教えない!?」

 アルフレッドはマルヴィナの言葉に内心舌打ちしたくもなったが、それはやめておいた。マルヴィナの手を外し、今回何度目かの溜息。

「サイモンに聞けばいいだろう。俺はあいつに逐一報告している」

 面倒な奴だとアルフレッドが思っている一方で、マルヴィナは恐らくそれを察したのだろう。彼女が何か言いたげに口を開こうとする。その時のことだった。

「アルフレッド。……よく帰ってきた」

 マルヴィナの後ろから、サイモンがやって来たのだ。マルヴィナは聞こえた声に咄嗟に口を塞ぐ。それを見てアルフレッドは呆れを顔ににじませた。

「どうだ。進捗は?」

 一方で、サイモンはそんなマルヴィナの態度はいつものことだと思っていたのか。特に気にする風も無くアルフレッドに話しかける。話しかけられた相手――アルフレッドもサイモンの話なら特にどうと思わなかったらしい。

「一応現場を見てきただけだ。……ガードレールのあるカーブは緩くて、普通の運転じゃあ突っ切って死ぬとは思えない」

 それだけをきっぱりと言った。

 普通の運転ではそうはならない。つまり、何かの異常があった。言外にそんなニュアンスを含ませたのだが、サイモンは理解したらしい。彼は頷きを返してから話を続けた。

「……ダーナの死亡時の血中アルコール濃度も分かった。個人差はあるだろうが、どう考えてもほろ酔い程度かそれ以下だ。そのせいでハンドル操作を誤ったとも思えん」

 どうやらダーナはデーモンに殺されたという考えが、現実味を帯びてきたらしい。しかし、どうやって殺したかは不明だ。アルフレッドは少し思案を巡らせた後、ゆっくりと口を開いた。

「……例のデーモンの行方を知りたい。奴に会わないことにはどうとも判断できない」

 アルフレッドは人間だ。あの男――ジェームズのように、何処にどんなデーモンがいるかなど分かりはしない。マーガレットとあのデーモンを探す為には、サイモンたちの協力が不可欠だった。

「分かった。すぐ準備しよう。後で暗室に来い」

 サイモンは頷きを返すと、マルヴィナの肩を軽く叩いて促した。どうやら彼女も準備に加わるらしい。マルヴィナはサイモンに素直に頷きを返した後、さも『面白くない』と言わんばかりの視線をアルフレッドにちらりと向けて、そっぽを向いてからスタスタと足早に去って行ってしまった。


「………………」


 ――どっちの方が、協調性がないんだか。


 アルフレッドは立ち止まり、しばらく黙ってから。ふと、小さく溜息を吐いたのであった――。



*  *  *

 十数分経った後、アルフレッドがサイモンの言った暗室に向かうと、そこには既にマルヴィナとサイモンがいた。

 赤い光だけが照らすその中。光が入ってこないようにすぐさまドアを閉めたアルフレッドは、暗がりの中に置いてあるテーブルの上の代物を見た。

 地図だ。どうやらこのトークスの地図らしい。サイモンがその表面を手でスッと撫でると、無数の光が地図の上に浮いた。ふんわりとした、蛍のような光。それぞれが違う色で、ぼんやりと輝いていた。いくつかの光は、地図の上を少しずつ移動している。

「……これが今、この地域にいるデーモンの数と位置だ」

 この中には恐らくジェームズやレナード、ジュードもいるのだろう。移動している光は、今この街の中を歩いているデーモンたちを示しているようだ。

 サイモンは更に薄い布を取り出して、地図の上に掛ける。それと共にいくつかの光が消え、1つの光だけがその上に残った。

「……当たりだな」

 ぼそりと一言、アルフレッドが呟く。サイモンはそれに頷きを返した。今、サイモンが地図に掛けた布は、文字通りフィルターの役割を果たすものだ。この布は、この地域にいて尚且つ彼等が把握していないデーモンが存在する場所を示すように魔術が掛けられているのだ。

「ああ。そして――どうやら灯台下暗しのようだ」

 そう言ってサイモンが指さした所――光から2km程度離れた場所には、ヴィバリーの自宅があった。どうやらあのデーモンの行動範囲はそう広くないらしい。

 例のデーモンが動いている形跡もそう無い。だが、数日どこかに滞在しているとなると、マーガレットの為にも食料などを買うために移動し始めることもありうるだろう。

「恐らく数日以内……早ければ今晩辺り、多分何らかの動きはあるだろうな」

 サイモンのその一言に、アルフレッドは無言で頷いた。


 今日の夜のうちに、何らかの結論は出る。アルフレッドがそう考えていた時のこと。

「失礼します」

 暗室のドアをノックする音。どうやら、GSCの職員がノックしたようだ。サイモンがそれに反応し、即座にドアを開けて表へと出ていった。


 数十秒間の静寂。アルフレッドはマルヴィナを見たが、彼女はアルフレッドの方を見ることもなく、微動だにさえしていない。いつみても仏頂面――いやここまでくるとロボットだなと改めて思う。

 しばらくしてからサイモンは、ドアを開け、身を半分だけ出してアルフレッドに声を掛けた。

「ちょっと耳に入れておきたいことがある。こっちへ来い」

 彼に促され、暗室から出る。煌々と明かりのついた廊下の眩しさに僅かに目を細めていたアルフレッドに、サイモンはある資料を手渡した。

「……ダーナの遺体が再解剖されたらしい。網膜に酷い損傷があったそうだ」

「……網膜?」

 網膜。人間の眼の一部を成し、人が物を見るうえで重要な役割を果たす部分だ。

 人間の眼は、角膜、虹彩、水晶体、毛様体筋、チン小帯、網膜などから構成されるが、その構造はカメラに極めて近い。例えば水晶体はレンズ。虹彩はカメラの絞り。そして、網膜はカメラのフィルムに該当する。

 網膜は眼球の内部を覆い、無数の光の受容体を持つ部分だ。角膜から水晶体を通った光が、スクリーンのように像を結ぶ部分がこの場所で、この箇所には視細胞という光を受容する細胞が集まっている。この視細胞が受け取った光の信号が、視神経を通って脳へと伝わり、映像情報として処理される訳だ。

「失明した、ってことか?」

 手渡された資料に改めて目を通しながら、アルフレッドが問う。サイモンは頷きを返してから、口を開いた。

「そうだ。それなら確かにダーナがあの場所で事故に遭ってもおかしくはない」

 確かに、目が見えていなければハンドルを切りようにも切れないだろう。そのまま突っ込んで死んだ理由もよくわかる。

 だが、問題が一つ。僅かに考えていたアルフレッドが、ゆっくりと口を開いた。

「だが……網膜を損傷するなんて、そうできるもんじゃないだろう」

 当然であるが、網膜は目の内部にある。角膜のように外界と接しているならともかく、目そのものを壊さずに内部の網膜だけが損傷しているなどとは、そう考えられるものじゃない。アルフレッドはそう思った。

 しかし今度は、サイモンは首を横に振ってみせた。

「いや。そうでもない。例えば、目が潰れるほどの光を直視すれば一瞬だ。虫眼鏡で紙を焼く理屈と一緒でな」

 その言葉に、アルフレッドはあっと声を上げそうになる。確かに強い光であれば、そう難しい話ではない。サイモンがたとえたように、像を結ぶはずの網膜に光が集中し、ダメージを受けてしまうのだ。しかしその場合、そんな簡単に目を潰すほどの強い光を調達できるだろうかという疑問が残る。

「事件が起きたのは何時だ?」

「死亡推定時刻だと、午後10時前後だ。とっくに日は沈んでいる。ちなみにあの時間帯だと街路灯が数個ついているぐらいだ。……とてもじゃないが外の環境を利用してダーナの視力を奪う、とはいかないようだな」

 あの場所に太陽が昇っていればまだ話は別か、とは思ってアルフレッドはサイモンに聞いたが、アテは大きく外れた。しかもサイモンは次どんな質問がアルフレッドの口から飛ぶかが分かっていたらしい。街灯にまで言及された時には、心が見透かされた気がした。


 しかし、そうなると。光を用意する手段は極めて限られてくる。これは、やはり――。

「……サイモン」

 最後に、二つ。確認しておきたいことがある。

 一つは、ここで出来ることだ。アルフレッドの言いたいことが大体分かったのか、サイモンとアルフレッドは再び暗室に戻った。暗室にはやはり、微動だにしないマルヴィナと、地図が。アルフレッドはこのマルヴィナも暗室の一部なんじゃないかと錯覚しそうになったが、それは別の話だ。

 アルフレッドがそんなことを思っている一方で、サイモンは地図の前に立っていた。目を閉じ、深い呼吸を数回してから。彼の手が机の上の地図に触れたその瞬間。浮いていた光が早送りで動くように、地図の上を動き始めたのだ。


 地図の上を上下左右。ジグザグと酔歩ランダムウォークのように動くそれは、数秒経つと特定の場所で停止した。

「……これが?」

「ああ。11月2日の午後10時前後の、奴の位置だ」

 光が止まっていた場所は、ちょうど事件現場の半径50m以内。サイモンが施した仕掛けにより、事件当時あのデーモンが何処にいたかを示すようになったらしい。そして、これで例のデーモンが事件現場にいたことが確認された。

 アルフレッドはその目を閉じ、数秒考えを整理した。


 ――ヴィバリーの証言。それと一致する事件の証拠の数々。そして、デーモンが事件発生当時、その現場にいたということ。ここまで来れば状況はかなりクロに近い。

 しかしあと一つ。確認すべきことがある。それを確かめるため、やはり今晩中に行動に移すべきだろう。


「……手数かけたな」

 ぼそりと一言。アルフレッドが呟くように言う。そしてそのまま、暗室を出ようとしたその瞬間。

「アルフレッド」

 先ほどまで黙って……いや、微動だにしなかったマルヴィナが、おもむろに口を開いたのだ。これにはアルフレッドだけではなく、サイモンも目を剥いていた。

「何処へ行くつもりだ?」

 マルヴィナの問いに、アルフレッドは眉根を寄せる。さっき、自分に情報を伝えなかったことをよっぽど根に持っているようだ。彼はしばらく黙り、何かを考えていたが――どうやら今度はアルフレッドの方が根負けしたようだ。自分に突き刺さる視線に、遂に耐えられなくなって口を開いた。

「……分かったよ。俺の負けだ」

 大げさに、まるで投降するように両腕を挙げてアルフレッドはため息を吐いた。どうやら、この女には敵いそうにない。それを彼はひしひしと実感していた。

「クライアントに会ってから、あのデーモンに会いに行く。連絡は以上だ。これで満足だろう?」

 これ以上、この女に因縁を付けられるのは勘弁だ。説明不足なのは分かる。しかし今は時間が惜しい。そう痛感していたアルフレッドは、言葉が終わらぬうちに逃げ出すかの如く、暗室のドアを開けて出ていったのだ。


 恐らく、直後にサイモンが制止したのだろう。マルヴィナがアルフレッドを追いかけてくることは、なかった。


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