Episode2 #15 A mob
まさか。クリスがレナードを殺したとは。
ジェームズはその事実に唖然とし、しばらく信じることが出来なかった。
ジェームズがクリスと出会ったのはクリスが物心つく前後の話である。彼はジェームズにとってしっかりした弟のようなものだった。本当に長いこと彼の成長を見てきた。
だから彼のことはよく知っていると思っていた。
いや、思っていたつもりだった、のかもしれない。
クリスは愛用の槍を携え、いつもとは違って黒いマントと黒い帽子をかぶっていた。恐らくあの黒い帽子とマントは、姿を消し、ここまで飛んでくるために用いたのだろう。ジェームズはそう思っていた。
突如、後方から聞こえた銃声。
弾丸はクリスの真横を通り過ぎるだけ。誰が撃ったものなのか。それは分かっていた。
「……クリス。お前、どういうつもりだ?」
立ち上る硝煙の臭い。そして酷く怒りに満ちた声。それらに振り向けば、そこにはジュードがいた。どうやらようやくジェームズの術から復帰できたらしく、状況を理解できたようだ。それでクリスに向けて威嚇射撃をしたらしい。
だが、怒りを露わにするジュードに対しクリスの態度はといえば、落ち着き切っていた。
「『どういうつもり』? ……分からないのか? ジュード」
その言葉と共にごうと音を立て、風が勢いよく舞う。それを見ても、ジュードは表情一つ変えずに銃を構えたままだった。
「俺は3人を殺しにきた。……それだけだ」
クリスがそう呟き、手に持った槍を振る。それと共に、風は更に彼の周りを渦巻き始めた。そして、彼がその槍の先をジュードに向けた途端、無数の風の刃がジュード目がけて襲い掛かった。
流石にこれは躱しきれない。そう判断したジュードが自らの身体を霧と化し、移動したその瞬間のこと。
クリスはまるでそのジュードの移動先を予測していたかのように、その移動先めがけて風の刃を飛ばしたのである。
速い。レナード以上に。当然ながらジュードはその速度についていくことは出来ず、風の刃は彼の身体に無数の傷を付ける。だが、ジュードの再生能力はクリスの攻撃速度を上回っていた。手数は多いが威力の低い攻撃であれば、すぐに再生してしまう。
しかし、クリスはそれも分かっていた。次の瞬間、ジュードの身体は何者かに突き飛ばされ、横倒しになり。そして、『何か』に首を斬られたのである。
「がっ……!」
飛び散る血。そして、その透明な何かが――人の姿に赤に染まった。
「まさか……」
ジュードも凶刃に倒れた今。ジェームズが、虚ろな声で呟く。
まさか、そんな筈は。ジェームズの声を聞いて、その赤いその人型の何かは、自らの着ていたマントを脱ぎ――そして姿を現したのである。
「……災難だったな。ジェームズ」
「バート……」
そう。そこにいたのは――バートだった。
クリスが黒い帽子をかぶっていたのは、バートの居場所を見る為。自分が風を操っていると見せかけて、バートが最初からいたことを隠したのである。
完全に盲点を突かれた形だった。デーモンは、同じデーモンの気配を察知することが出来る。しかし、クリスは精霊と人間のハーフだ。人の血が混じっている彼の気配を察知することは、彼等にとっては難しい。更に単なる人間となると、デーモンは気配を察知することは最早不可能となる。
つまり、バートが姿消しのマントに身を隠していれば、彼等がバートを知覚することは絶対に出来なくなるのだ。恐らくレナードも、姿を隠したバートにとどめを刺されたのだろう。
二人が倒れた以上、ジェームズがレナードやジュードと戦う理由はなくなった。
――しかし。バートは無言で。そしてジェームズを睨んだまま、彼の元へと歩いていく。
「……バート、何を――」
ジェームズが口を開いたその瞬間。バートは彼目がけてその手に持った短剣を、振るった。
彼は咄嗟にグラスプを呼び出し防御しようとした。だが、その刃は驚くことに、その手ごと彼の首を切り裂いたのである。
* * *
赤く染まる、バートの身体。容易く崩れ落ちる、ジェームズの身体。
「……終わったね」
クリスの言葉にバートは無言で、ただ頷いた。辺りは静寂に包まれ、3人の身体が転がるだけ。
その、直後のことだった。
「ふははははははははははは!!」
突然聞こえた笑い声。バートとクリスはそれにびくりと身体を震わせ、思わず辺りを見回した。
彼等の背後――そこに、奴はいた。
「はーっはっはっはっはっは!! なかなかどうして傑作じゃないか!!」
真っ黒で、大きな人型の何か。それが地面から姿を現し、大笑いしていたのだ。明らかに悪魔だ。それに気づいたクリスは、バートを庇うように彼の前に出て、そして悪魔を睨み付けた。しかし、悪魔はそれを気にする様子はない。悪魔は笑った後、二人を見てにやにやと怪しげな笑みを浮かべていた。
「予想外。至極予想外ではないか。尚且つ傑作だ。よもや人の分際で手駒と化した彼奴等を全員殺すとは」
「お前……まさか……」
表情と共に、クリスの声が険しくなる。しかし悪魔は挑発的な笑みを浮かべたまま。
「左様左様。吾輩が3人にタランチュラの呪いをかけたのだ。同士討ちを狙っていた訳だが……よもやかのような結果になるとはな。思わなんだ」
どうやらこいつが今回の事件の元凶らしい。要するに、こいつさえやっつけてしまえば終わる話なのだが――悪魔が喋ったということは、つまり。
――甘く見られている。バートはそう感じた。
当たり前だ。恐らくあの悪魔は――ジェームズが前言っていた「やっかい」な部類に入る悪魔なのだろうから、なおさら質が悪い。
バートはぎろりと悪魔を睨んだが、特に堪える風も無く悪魔は笑うだけ。
「……怖い怖い人の子よ。まあ、見てくれのみの話であろうがな」
クリスが槍を構え、その先を悪魔に向ける。しかし悪魔がそれを見ても特に驚きもしなかった。バートはクリスに手を向け、攻撃態勢をとることをやめさせた。徒に攻撃態勢を取ると、反撃されて自爆を招くだけ。そう感じたのだ。
「バート!」
それに気づかない様子のクリスを見てバートは首を横に振り、そして口を開いた。
「……クリス。やっぱり物事には道理ってのがあるよ」
「でも……」
その直後のことだった。そんな二人のやり取りを見ていた悪魔が、バートの頭を鷲掴みにした。
「!?」
――何をする。バートは思わずそう言いそうになったが、余計な抵抗は命を縮めかねないと判断した以上、ぐっとこらえて睨むだけにとどめる。
「ほう。道理とな」
「……当たり前だ。もうどっちが死ぬかなんて決まっている。足掻かない方が賢明だ」
バートのその言葉に、悪魔はどうやら気を良くしたらしい。悪魔はさぞかし嬉しそうに笑うと、饒舌に語り出した。
「そうだ。お前らは2人。そして吾輩は1人。然し乍ら、だ。吾輩の方が強い。貴様らは烏合の衆よ」
だが、バートは特に気にすることもなく、睨んだままで口を開く。
「……いいや、5対1だ」
「5対1?」
突然のバートの発言に、悪魔は目を丸くした後、突如げらげらと笑いだした。
5対1とは、つまり。
「とうに死んだ3人のことを含めているのか!? こりゃ滑稽だ!」
だが、バートは悪魔に笑われようと、冷静でいた。
――何故ならば。
「……いや、間違えた」
バートがそう言ったその瞬間。悪魔は察知したその気配に身体を身震いさせた。
「3対1の方が……正確だ」
彼のその台詞は、もはや悪魔の耳には聞こえていなかった。そう。悪魔の後ろには――ジュードとレナード、そしてジェームズが、立っていたのだから。
戦況が一気に、逆転した。片や、悪魔1人。片や、悪魔もが恐れ慄く退魔師が、3人。最早これは烏合の衆ではない。多勢に無勢。しかも実力の差は――明白だった。バートとクリスが手を出すまでもない。
悲鳴を上げ、逃げようとする悪魔の身体を、ジェームズが繰り出したグラスプが鷲掴みにする。その瞬間を狙って、レナードが瞬時に悪魔の元へと近寄り、その刃を薙ぐ。そして、飛んだ頭と、胴めがけて、ジュードの放った無数の鉛玉が貫いた。
まさに瞬殺。一瞬にして、悪魔は彼等の手で討伐されてしまった。
……なんかコレ、すっごく息合っていないか? 彼等3人の連携プレーを目の当りにしたバートは、思わずその言葉を言いそうになる。しかしどうもそれを言う空気ではなさそうだったので、バートは口を噤んでいた。
「……ったく、もうな。悪魔の奴。よく気づかなかったよな」
そんな中、ジェームズが何処か苛立たしそうに口を開く。
「これもうアレだぞ? テレビドラマだったら主要人物3人も死ぬとか、オチが読まれて視聴率落ちるパターンだろ。だっさい三文シナリオだ」
ジュードはため息を吐きつつ、既に懐から煙草を取り出していた。そして、ゆっくりと煙を吐いて、一言。
「……それでもそこのバートに騙された悪魔の手口と頭がお粗末だった、ってこったろ」
そんな2人のやり取りを見ていたレナードが、つられてため息をついて――ようやく、口を開いた。
「……Glasp all,lose all(全てを得ようとすれば、全てを失う)」
その言葉に、ジェームズとジュードが驚いたように彼の方を向いていた。
「……そういう話だろう。あいつは欲をかいて私達3人を一気に嵌めようとしたから、足元をすくわれた。己の傲慢さと、強欲さ故だ。あいつは我々を取るに足らない烏合の衆としか思っていなかったんだから、必然の結果だ」
「あいっかわらずの天使様らしいお言葉で」
ジェームズが何処か茶化すようにそう返すと、レナードは何処か不機嫌そうに眉根を寄せた。
「……ジミー。そういう言葉はやめろと言ってるだろう」
「あー。そうだったっけ? お前の出張の間にそんなこと、忘れてた」
「一体お前の記憶力はどうなっているんだ」




