Episode2 #8 Alicia
ダフネ女史の説明に、シドニーがああとうなずき、そして一言。
「……災難だったな」
ジェームズがその直後大笑いしたのが聞こえ、そしてバートは眉根を寄せて呟いた。
「ええ、あらゆる意味でそう思いますよ」
――まさかこんな二次災害がでるなんて。バートはそう続けたかったが、それは慌てて飲み込んだ。
そんな中、くすくすとこらえるような女の笑い声が聞こえた。それが何であるかいち早く予想が付いたバートが声の聞こえる方を向くと――そこには、先程の「アリシア」が、おかしそうに笑っていたのである。
原因は、分かっている。だからこそ、バートは目を剥き、顔を赤らめた。
「……ごめんなさい」
女――アリシアはこらえた笑いと共に、バートにそう言った。ここまで笑われてしまうと戸惑いを通り越して、気が抜けてしまう。バートは黙らざるを得なかった。
アリシアはバートを見て、手で涙をぬぐいながら彼に改めて話しかけた。
「ホントにごめんなさい。本人目の前にしてこんなに笑うの、失礼よね」
アリシアの言葉に、バートはジェームズをちらっと見た。そして一言。
「……笑いは大抵不可抗力だから、気にしないよ」
バートの言葉に、ジェームズは「何も知らない」と言いたげな様子で視線を上へと向けるだけ。そんな二人の無言のやり取りを見て、彼女はくすりとまた笑うと、バートに近づいて手を差し伸べた。
「ええと、ピンクのラブリーなお兄さん。私、アリシアって言うの。こう見えても退魔師」
どうやら握手を求めているらしい。バートはそれに応じ、彼女の手を握った。身体相応の大きさのその手。すべすべした綺麗な手、とまでは行かないが、手に気を遣っているのか、酷く荒れている訳でもない。
「僕はバーソロミュー。バート、って呼ばれてる。『ピンク』とか『ラブリー』とか言われるより、そっちで呼んでもらえると有難いな」
バートがおどけた様子で肩を竦め、言う。彼女はそれを見てはにかんだように笑った。バートも、思わずつられて笑う。
――ピンクでハート柄のマントのせいで笑われてしまったけど、まあ。こうやってアリシアと親しく話せてよかったかな。
バートがそう思えたのも、束の間。
「もしもし?」
それに割って入ってきたのは、ジェームズだった。見れば手にホウキを2本持っている。彼はそのうちの1本をバートに、もう1本をアリシアへと黙ったまま手渡した。
「……何これ?」
危うく仕事そっちのけでアリシアとの会話を楽しんでいたのは自分の落ち度だから仕方がないとして。何故、タリスマンを置くだけの仕事にホウキが必要なのか。これでタリスマンを置く場所をきれいにしろとでも言うのか。その疑問が思わず表情に出て、彼の眉間のしわを深くさせた。
バートの問いに、ジェームズはさらりと一言。
「空飛ぶホウキさ」
「ええ!?」
バートは面食らい、再び目を剥いた。まさか、ファンタジーに定番の代物がこうやって目の前に出てくるなんて。
「本当に飛ぶのか!? これが!?」
「……そ。まあ、それについては後で僕等が説明するからさ」
その言葉と共に、ジェームズはある方向を指さした。バートがそちらを見ると、10数人の人が、バンの近くにいたシドニーからホウキを受け取っている。どうやら、あのホウキがバンの積み荷だったらしい。そのホウキを受け取った人たちは一様に黒いマントを着ていて、更にとんがった帽子を頭にかぶっていた。
ホウキと、マントと、とんがり帽子。完全に魔女の出で立ちだ。ホウキを受け取ったその人達は、ダフネ女史の前に集まって、彼女の話を聞こうとしていた。
「忙しい中来てくれてありがとう」
ダフネ女史はまずそう言葉を切り出してから、話を進めた。
「これからタリスマンによる結界の展開作業を始めます。事前に説明した通り、それぞれ与えられた地図のポイントにタリスマンを置くこと。シドニーの魔術で結界を開くから、タリスマンを置き終わったらこの場所に戻ってきてね」
ダフネ女史の言葉に、各々が一様に頷く。
「それじゃ、ひとまず解散!」
彼女が一言言ったその瞬間、彼等の姿はあっという間に消えてしまった。バートは驚きで目を丸くし、辺りを見回した。アリシアの姿もない。
「みんな、タリスマン置きの為にホウキで飛んで行ったんだよ」
「本当?」
クリスの言葉に、バートが空を仰ぐ。しかし見えるのは黒い空ばかり。
「姿は見えないけど?」
「そりゃあ、バートと同じ姿消しのマントで見えなくしてるからね」
「空中でぶつかったりしないのか?」
「同じ『姿消し』の魔法が掛かってる人同士は、あの黒いとんがり帽を被ると見えるんだよ」
「……すごい話だ」
感嘆の溜息と共に、バートはぽつりとこぼす。アリシアもあの空に飛んで行ったのかと考えると何だか少し寂しい気もするが、今は仕事が優先だ。
「ジェームズ。それで、僕は何をすればいいんだ?」
「とりあえず、クリスと一緒にタリスマン置きに行ってくれ」
「君は何をするのさ?」
「僕? 僕は見回り。みんながタリスマンを置いている最中に悪魔が出たらまずいからね。いざってときの戦闘要員」
ジェームズの説明に、クリスがため息を吐いてから、一言。
「俺も普段は戦闘要員なんだけど、ジェームズが『バートの監督の方が大事だ』って」
その様子はどこか、ジェームズの命令に不満げである。しかし当のジェームズは気にする様子もなく、彼の肩を笑顔でたたいた。
「クーリス。君のことはいーっつも頼りにしてるんだから。大船に『なった』つもりで頑張れよ」
「俺が大船……?」
ジェームズの訳の分からない慣用句に、クリスはジェームズを恨めし気に見て、溜息を吐いた。
「とにかくさ。頼りにしてるからって、俺にジェームズの仕事、押し付けんなよなー……」
「悪い悪い。今回の埋め合わせはまたすっからさ」
「約束しろよ?」
「ああ。約束する。悪魔の名に誓って、ね」
ジェームズのその一言でようやくカタが付いたようで、クリスはバートに近寄った。バートはそれを見て、少しまごつく。
「あー……クリス?」
「何?」
「僕の監督、嫌だった?」
バートのその問いにクリスは目を剥いた後、その目を瞬きさせて驚き、ああと言ってから首を横に振った。
「いや、そういう意味じゃないって。ジェームズが自分の仕事を俺に押し付けていることに、不満を言っただけだから。ジェームズの奴、悪魔だけあって勤勉じゃないって言うかさー」
クリスの言葉が聞こえていたのか、その瞬間、ジェームズが声を上げて言った。
「悪魔だけあって、安息日も働かされてるけどねー?」
その言葉に、クリスとバートは思わず笑みを浮かべた。
「じゃ、バート。行こうか」
バートはクリスの言葉に頷いた後、ふと、あることに気付く。
「……ところでさ」
「ん?」
「このホウキ、どうやったら飛ぶの?」
「ああ、柄を2回、手のひらでたたくと動くよ」
――手のひらでたたくとホウキが動く。バートはその説明に、まあ、少々ホウキが身じろぎするのかなぐらいにしか思っておらず。
それ故。何の気なしに、柄を、2回。ポンポンと。
「ちょ、バート!?」
クリスが悲鳴に近い声を上げる。当然の如くというか、何というか。
次の瞬間、ホウキは大きく震え。
「え、ちょ」
そして柄を掴んだままのバートを容赦なく引っ張って、勢いよく飛び出したのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
バートのホウキは、他の人達が乗ったホウキと違い、指定の場所に飛ぶように設計されていた。しかし、バートがまだホウキにまたがっていないのに、それを察知するほどの知能はホウキには与えられていない。
まさか、こんな簡単にホウキが飛ぶとは思っていなかったバートは、折角ダフネ女史が作ってくれたマントのフードを被る余裕も、素晴らしい空中散歩を楽しむ余裕もなく、地面から遠く、遠く、飛んで行ったのであった――。
* * *
クライアントに会い、ジェームズがひとまず休憩だと言ってから、既に十数分の時が経とうとしていた。
「アレはホントに災難だったね」
バートのカルチャーショック発言や、ピンクのマントの話から、バートがホウキと共に飛んで行った時のことをクリスが思い出し、苦笑いと共にバートにそう言う。
バートは眉根を寄せたあと、何とも言えない表情を浮かべてから一言。
「まあね。色々災難続きだ」
当然のことながら、あの後特に怪我もなくクリスに保護されたため、バートは今こうやってぴんぴんしている訳だ。
当時の反省点を踏まえ、シドニーは『ホウキに安全装置を付けるべきか』と考え始めているし(しかも、また新たな魔術を考えそうな様子だ)、ダフネ女史はバートの為に黒い姿消しのマントを用意するそうだ。
――それはともかくとして。
「ところでさ。ジェームズ、遅くないか?」
バートがそう呟く。辺りを見回すが、彼はいない。一体全体、何処をほっつきまわっているのだろうか。
「ジェームズ、確かにサボリ魔なところあるけど……」
クリスも不思議に思っていたらしい。しかし、居ないのは事実だ。
一体全体、ジェームズが何処に行ったのか。バートが嫌な予感を感じたその瞬間。
誰かが、バートの髪の毛を大きく引っ張ったのだ。
「ったあっ!!」
バートは痛さと驚きで、本日何度目かの悲鳴を上げた。犯人は、分かっている。
「ライラ!」
バートの声は珍しく怒気を帯びていた。先程も彼女に注意をしたにもかかわらず、自分の髪を引っ張ったからだ。
「さっきも言っただろう! 僕の髪を引っ張るなって!!」
見えないライラを怒鳴りつけるバート。しかし、その見えない妖精から帰ってきた言葉は、意外なものだった。
「それどころじゃないのよ!」
「……へ?」
バートが呆気に取られた矢先、ぽすんとバートは何かが自分の頭に乗った感覚を覚えた。恐らくライラだ。
「早く、今から指示する所に行って!」
「何が――」
「ジェームズが! 襲われてたの!!」
「何だって!!」
ライラのその台詞に、クリスが驚いて声を上げた。いくら悪戯好きなライラとはいえ、そこまで人騒がせな嘘をつく様な妖精ではない。
「早く教えてくれ!!」
バートの言葉に、姿を消したライラは彼の髪の毛を引っ張った。
「ててててててて!!」
「こっち! こっち!!」
バートは痛さで悲鳴を上げる。どうやら髪を引っ張る方向に誘導するつもりらしいが、この痛みは頂けない。
「もう少し加減して引っ張ってててててて!!!」
「何よー! 少し位ガマンしなさい!」
「ガマンとかいう問題じゃないだろ!!」
バートの最後の抗議の言葉に、クリスがライラの代わりにゴメンと答える。バートはそれに、苦笑いを浮かべるしかなかった――。




