Episode2 #6 Culture shock
アバネシー氏宅のポルターガイスト騒ぎの件で、ひとまず事態を収拾させたのち、ジェームズ一行は一旦休みを取る事にした。ジェームズは少し、嫌な予感を感じていて、バートとクリスを置いてある場所に向かう事にしたのだ。
そう思って向かった先は、バートたちが居る通りから2ブロック先にある、狭い路地。
――恐らくこの辺りに、何かが居る。その感覚だけはあって、道を進んでいたその時のこと。唐突に携帯電話が震えた。
ウィリアムからのメールだ。何だと思って内容を見てみれば、彼の“兄弟”からの話だった。どうも何かトラブルがあったらしく、時間通りに会社に来ることが出来なくなったらしい。彼の兄弟は取り急ぎウィリアムには連絡したようだが、ジェームズの元には連絡が来ていないとまずいと思って、その旨をウィリアムが伝えてくれたようだ。
何があったのだろう。そう思った矢先の事だった。
――ちょうど真後ろに、嫌な気配。まあこうなることは予測していたし、それで警戒もせずに携帯電話のバイブレーション機能を切らなかった訳だが。
「……動くな」
後ろから聞こえる、よく知った男の声。背中に当たる、銃口。ジェームズはゆっくりと両手を挙げ――そして一言言った。
「君の場合、どっちにせよ撃つんだろうね」
* * *
一方その頃、アバネシー氏宅で唖然としていたバートはと言えば。表に出て、ひとまず休憩を取ることにしたのだ。
「……どうしたのさ? バート」
「……ん?」
大通りに出て、近くの屋台でコーヒーを買った後。クリスがバートに話しかけてきた。ジェームズはどこかに行っていて、ライラはいつも通り姿を消していて。人の往来はあるものの、いまこの道にいるのは二人だけの状態だった。
「何かさっきから、『納得いかない』って顔しているよ」
「……否定はしない」
ため息を一つつき、バートはブラックコーヒーに口を付けた。一方、クリスはどこかげんなりしたバートの言葉に、苦笑いを浮かべていた。
「さっきの消臭スプレー、そんなにショックだったんだ?」
「……まあね」
今度はクリスが砂糖の入っていないカフェオレに口を付ける。それを見ていたバートが、一人低い声でぼやいた。
「不満を言う訳じゃないけど……そもそも、この会社に入ってから――カルチャーショックを受けることが多すぎるんだ」
ベネー商会に入ってから、おおよそ2週間。ジェームズもクリスも含め、嫌な同僚は今のところいない。自分が幽霊が見えることや、記憶を失っていることを知っていても普通に接してくれて、それがありがたいとは思っている。
だが、しかし。
「じゃあ、俺のあの事聞いて、未だにショック受けてるんだ?」
クリスはそう言いながら自身の黒い髪をつまんで持ち上げ、僅かに隠れていた耳をバートに見せた。ちょこんと尖った耳だ。まるで神話やお伽噺に出てくる種族のようなその耳を見て、バートは眉根を寄せた。
「あの当時はね。今はもうあんまり」
あれは確か、バートがベネー商会に勤めはじめてから、数日たった時のことだった。その時には既にクリスとは面識があって―クリスの性格も幸いして―バートはクリスのことを信用していた。そんな日の出来事だ。
昼休み。ふと何の気なしに誰かの机を見てみると、そこにはちょこんと、逆さに置かれた紙コップがあった。まぁ、そこまではどこにでもある話だろう。しかしバートはその紙コップを見て、驚きを隠せなかったのである。
何故ならその紙コップは――勝手に小刻みにカタカタと動き、しかも少しずつ、ふらふらと移動していたのだから。辺りの窓は閉まっているから、風の仕業ではないことは確かだ。
しかも、紙コップの中から幽かに声が聞こえるのだ。
――何かが入っているのか。不審に思ったバートが恐る恐る紙コップを持ち上げた、その時。
「きゃあっ!!」
コップの中身が、小さく、しかし甲高い悲鳴をあげた。
「のわぁっ!?」
バートは思わず後ろにひっくり返った。当然だ。その“中身”は――見るからにおとぎ話に出てきそうな、小さな妖精だったのだから。
「ちょっと! 助けてくれたのは感謝するけど、人のこと見て驚かないでよね! 男の癖に情けない!」
目を吊り上げてそう叫ぶ妖精を見て、バートはあまりの驚き様に口を金魚の如くパクパクさせるだけ。
「き、君は一体何なんだ!?」
かろうじて言った言葉はそれだけで。バートが混乱の中に突き落とされて必死にもがいていた、その時の事。
「……ちょっと、ライラ。バートの立場も考えてあげなよ」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、バートはとっさにそちらを振り向いた。そこにはクリスが立っていて、妖精――ライラを見るなり溜息を吐いたのだ。
「だって、この程度の事でびっくりするのよ?」
「『この程度』の事……ってね……」
クリスはライラの発言に、呆れを隠せず苦笑いを浮かべていた。片やライラは自分が妖精であることが当たり前であって、片やバートは妖精など初めて見るのだ。バートが驚くのも当然だ、という認識に至らない辺りが、彼女の限界なのだろうか。
一方、バートはクリスとライラが面識があるのだと知って、先程から丸い目を更に丸くさせていた。
「君の知り合い?」
「うん。母さんの眷属でさ。勝手に付いてきてるんだよ」
「勝手とは失礼ね。私はアリエルからクリスの面倒見を仰せつかっているの!」
「……そういう事にしておくよ」
ライラがクリスの説明に横やりを入れ、クリスに呆れられる一方で、バートは更に聞きなれぬ言葉に首を傾げた。
「……眷属?」
いや、厳密にいえば、その言葉は過去聞いた事がある。確かジェームズと初めて出会ったあの日、彼が悪魔のランクについて説明した時の事だ。彼はあの時、悪魔が眷属を持つことを教えてくれた。
つまり、そうなると。
「……クリス、君……何? 君の母親は妖精か何かなのか?」
バートの問いにクリスは少し驚いた後、どこかぎこちなく、ゆっくりとうなずいたのである――。
「うん。母さんは風の精霊。で、俺は風の精霊と人間のハーフ」
まあそのあとバートは当然の如くそれに腰を抜かしたのであり、更に言えばそのせいでまたライラに『何を驚いているの』と叱られもしたのだが。
そして、現在に至るわけだ。
思ってみれば悪魔やら魔女やら妖精やらいる商社で、精霊と人間のハーフがいたってそうおかしくはない。しかし、こうもおとぎ話に出てきそうな者ばかりがいると、それはそれでなんというか。現実を生きているはずなのに、現実離れした感覚を覚えてしまう。
「君の事はもうその当時しか驚かなかったけどさ。この間のタリスマンもちょっとびっくりすることだらけだったかも」
バートが切り出したその件を聞いて、クリスはふふっと吹き出した。
「ああ、ピンクのハート柄?」
「……やめてくれよ。それ。今でも鞄の中に入れてるけど、改めて言われるとちょっと恥ずかしいから。あんまり言わないでくれ」
「ごめんごめん。まさか、チーフがあれ持ってくるとは思ってなくて」
「それはむしろ僕のセリフだよ」
ピンクのハート柄。その発端は、一週間前バートが夜、“悪魔退治”に付き合った時のことである。あの時は結局タリスマンを置くだけという極めて地味な作業に終わってしまったのだが――その前後や間にも、色々な出来事があったわけだ。
今から一週間前。バートは確かにその日、悪魔退治に闘志を静かに燃やしていたと言っても過言ではなかった。無理もない。バートがジェームズと出会ったあの日、バートは実際に悪魔と戦い、退治したのだから。ああいう仕事を請け負うことになったのかと、彼は勝手に思っていたわけである。
バートが悪魔退治の仕事の話を聞いたのは、昼休みが終わった直後のことだった。バートはチーフことダフネ女史に呼び出されたのだ。
ダフネ女史。バートやジェームズ達の直属の上司である、40代ぐらいの女性だ。実際の年齢がいくつであるかはバートは聞いていない。150cm程度の小柄な女性であり、真っ赤なショートヘアと、それに映える深い青の瞳が印象的な女性だ。
ジェームズ曰く、彼女は魔女の一族らしく、彼女の怒りを買うとカエルかサンショウウオに変えられてしまうそうだ。
ジェームズも過去数度危うくカエルに変えられそうになったらしく、何とか「せめてウーパールーパーに変えてくれ」と懇願してカエルになることは免れたらしい。
バートはジェームズがそのあとどうやってウーパールーパから戻ったかについては、詳しく聞いてはいない。そもそも彼がウーパールーパーに変えられたのかは不明であるわけで、それさえもジェームズの冗談ぐらいの認識で、話半分に聞いていたからだ。
だが、確かに一見すると優しくて美人ではあるが――怒ったら怖いのかもしれないな、とはバートも思っていた。
閑話休題。そんなダフネ女史から、バートが話を聞かされた時の事だが。
「バート、今日の夜――ちょっと仕事してほしいんだけど。もちろん残業代は出すから」
彼女にそう切り出された時、彼女はただ、その仕事を『悪魔退治よ』とだけ言っていたわけだ。まあその言葉を聞いてバートが眼の色を変えたのを見て、ダフネ女史がどこか可笑しそうに笑った辺りで、バートは仕事内容を予測しておくべきだった。
当然の如く、悪魔退治が激しい戦いのたぐいだと思っていたバートは、指定の時間、指定の場所――ライバックの市街地の外れに向かった時、相当意気揚々としていた。
まあそれで、その夜。その市街地外れに行った時、ダフネ女史がにこにこしながら待っていた辺りで、バートは酷い違和感をようやく覚えたのである。
――なんか、これは。僕の知っている悪魔退治とは違う、と。
その場所には、ダフネ女史以外にもクリスやジェームズがいた。
「あともう少ししたらシドも来るし……あとね、他の魔女や退魔師の人達も来るから。それまでに貴方に頼む仕事内容の説明をするわ」
シド。その名前を聞いてバートはああとうなずいた。シドは愛称であり、本当の名前はシドニー・ロートスという。ジェームズ達の同僚で、痩せた中年の男だ。あの男も今回の仕事に携わるのかとバートが感心しているのも束の間。
ダフネ女史が語った仕事内容に――バートはしこたま驚いた。
それを傍らで聞いていたジェームズにげらげら大笑いされたのを、バートは未だに忘れられそうにない。
「……笑うなよ」
「だってさ。あの時の悪魔退治の印象がそんなに強かったんだなって思ったら、可笑しいじゃないか」
「……君のせいだろ」
バートは眉間にしわを寄せてぼそりと呟いた。事の発端はと言えば、自分が殺人事件を見てしまったからだ。だが、その自分の目の前で悪魔を退治したのはジェームズだ。彼の戦いの印象が強く残るのも無理はない。
「ほらほら。その話はそこまで」
バートとジェームズのやり取りを見ていたダフネ女史が、ため息を吐きつつ苦笑いを浮かべて話を中断させる。
「とにかく、そういうことでね。目立たないようにタリスマンを街中に置いて行って欲しいから、これ渡すわ。羽織って行ってちょうだい」
その時、彼女から渡されたものが。
ピンクのハート柄の、布だったのである。
どうやら、ポンチョのようなものらしい。羽織れ、ということだ。
バートは本日何度目か分からぬ衝撃に、頭の中の言葉が一気に爆発して四方に散らばる感覚を覚えた。そして、しばし、考えた。
「えー……あのー……チーフ?」
ジェームズがその衝撃に思わず吹き出し、再びげらげらと笑い出す。クリスも笑いをこらえきれず、肩が震えている。しかしバートにはそのことさえ突っ込む余裕が無かったわけで。
「何か手違いがあったんですか?」
バートが必死になって考えたその質問に、ダフネ女史はまた苦笑いを浮かべていた。
「ごめんなさい。あのね。ちょっと黒い布が無くて。でも今回の悪魔退治が決まって、貴方のそれ用意する暇が無かったのよ。だから、うちの姪っ子がちっちゃい時、作ってあげたワンピースのあまり布で作っちゃったの」
なるほど。布の柄については納得が行った。しかし、バートはまだ肝心な理由が分かっていない気がした。
「これを、着ろと?」
バートの問いに、ダフネ女史は苦笑いを浮かべたまま、しかしゆっくりと首を縦に振ったのであった――。




