Episode2 #4 His brother
結局、バートが見た夢の正体は分からぬまま、昼休みは終わった。今日は午後からクライアントのもとへ行く用事があったこともあり、話をするのをそうそうに切り上げた、というのも理由にはあったのだが。
「クリスが西ライバック駅にいるらしいから、彼を拾ってからクライアントの所へ行こう」
バートがいつも通り、車の助手席に座った時、ジェームズがそう言ったのを聞いて、バートはああと頷いた。車のエンジンがかかり、ゆっくりと動き始める。
「クリスも一緒ってことは、退魔師の仕事か……」
――バートがベネー商会に勤めて、2週間の時が経とうとしていた。退魔師の仕事では、ジェームズがバートの教育係として就くことに決まっていた。だが、以前の事件でバートが悪魔に狙われていたこともあり、クリスという青年も念のため、バートの教育係を担当することになったのである。……とはいえ、クリスの場合、その教育係の仕事は半ばジェームズから押し付けられたものであるのだが。
「ああ。退魔師の仕事だ」
退魔師の仕事。その言葉をジェームズから改めて聞いて、バートは一人ぽつりとそうかと呟いた。
退魔師の仕事は、切った張ったの荒事ばかりではない。バートがその事実を知らされたのは、一週間前の話だ。
ある日の晩、『悪魔退治だ』ということでバートはある仕事をやらされた。その内容はと言えば――地図を渡され、その地図にマークされた場所に、タリスマン―魔術的な紋章の書かれた円盤状の護符のことだが―を置いていけ、というものだったのだ。
これにはバートも呆気に取られた。初めてジェームズと出会ったとき見た光景が壮絶であっただけあって、そんな事が退魔師の仕事なのだとは思ってもいなかったのだ。
「……今日もこの間みたいにタリスマン置くだけ?」
バートがそう問うと、ジェームズは可笑しそうに『ははは』と笑った。
「……何がそんなに可笑しいんだ?」
「よっぽどアレがショックだったか、って」
――ショック。そういわれて、バートは思わず眉根を寄せた。
「……まあ。確かにそうかも。ある種ショックだ」
「大体の連中はむしろ反応が逆になるんだけどね。仕事がユルいと思ってた矢先に、悪魔との切った張ったで音をあげる。――それで手が足りない時もよくあるもんだ」
そう嬉しそうに語るジェームズを見て、バートはふぅんと呟き、そして考えた。どうやらこれは、自分がそれなりに期待されているようだ。そう感じたのだ。
人手も足りず、仮に来たとしてもこの業界で荒事に耐えられる人材がそう来ない。そんな中で、丁度そういう荒事に対応できる人物がやって来たら、そりゃ確かに歓迎ムードにもなるだろう。
「……所でさ」
バートが再び、口を開く。ジェームズは行き先を見据えながら、なんだと機嫌良く答えた。
「さっきの昼休み、ボスと何か話をしてたのか?」
「あぁ、ウィリアムと?」
そう。唐突に、ふと。バートの脳裏を過ったのは、昼間ウィリアムが自分を起こしたときのこと。あの時ウィリアムがあの場所にいたということは、彼はひょっとしたら、ジェームズと話をしていたのかもしれない。特にこれと言った理由ではないが、バートは彼等の話の内容が気になったのだ。
「あぁ、ケヴィンがトークスに来るって話」
「……ケヴィン?」
初めて聞く名前である。きょとんとした声でバートが問うと、ジェームズは『あ、』と一言だけ呟き、そしてまた口を開いた。
「そういやバートはケヴィンのこと知らないわな。……ウィリアムの古い友達。スカした野郎さ」
「……酷い言い様だな」
バートは、面識は愚か初めて聞く人物だった為に、ジェームズの説明に眉根を寄せた。
「酷い言い様だろうと何だろうと事実だ。スカしてることに変わりはないし、それに軟派だ。顔のいいのを見つけたら、見境なく口説いて……後は察しろ」
「……手が早いってことか」
ジェームズが言葉を濁したのを見て、バートは溜め息をついた。これは恐らく、過去ジェームズはそのケヴィンとやらのせいで酷い目に遭ったのだろうな、とは感じた。恐らく、アイリス――ウィリアムの秘書でジェームズが気にかけている女性だが――あたりを、ケヴィンはナンパしたのだろう。だが、バートはそれを口には出さなかった。これ以上憤慨させるのは賢明ではない。
「まぁ、僕の兄弟も今日海外出張から帰ってくるし。ケヴィンがくるのはそれで相殺だ」
「えっ……?」
――兄弟。ジェームズは確かにさっき、そう言った。しかし、バートにはそれが半ば信じられず、今度は目を丸くしたのだ。
「君、兄弟いるのか!? 悪魔だろ!?」
バートは思わずすっとんきょうな声をあげた。しかし、ジェームズは極めて平然とした顔で一言。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「……聞いてない」
妻子がいて、別れたという話は以前、ノアといた時に聞いたが、兄弟までいたとは初耳だ。しかしジェームズはさほど気にする様子はなく、笑うだけ。
「……そもそも、悪魔に家族がいるってこと自体、僕にはかなり奇妙に見えるんだが」
バートはてっきり、悪魔は人とは全く別の種か何かで、子供をもうけることが出来ないと思っていた。しかし実際にはジェームズは過去妻子がいたらしいし、兄弟までいる。一体全体、どういうことなのか。眉根を寄せるバートは、しかし次の瞬間、ジェームズの言葉に目を見開いた。
「ああ、一応言っておくけど。ちなみにね。僕の兄弟は天上の教会の者だから。悪魔じゃなくて天上の使い」
「はぁ!?」
今、物凄く訳のわからない言葉が、ジェームズの口から出た気がする。確かジェームズは過去、天上の教会に喧嘩を売って悪魔にされたと、バートは聞いていた。だが、彼の兄弟が悪魔ではない。
「つまり――何だ? 君の兄弟は天使?」
バートの質問に、ジェームズは思わず笑い出した。
「何がおかしいんだよ?」
「……いや、あいつ、エンジェルっていう柄じゃないけど、確かに天使だからさ。つい」
「…………」
どうやらバートの聞き間違いではなかったらしい。しかし、その複雑な家族関係に、バートは何とも納得の行かない何かを抱えていた。
「階級は大天使にもなってなかったと思う。確か普通に天使だったかな? だから階級的には一番下っぱだ」
「悪魔には無いのか? そういう階級って」
「大昔にはあったらしいけど、天上の教会みたいな官僚制敷いてるのは一部の悪魔連中だけで、あって無いようなもんだってことで廃止されたみたい」
「ふぅん……」
もし悪魔に階級があったとしたら、ジェームズも彼の兄弟同様、一番下の階級なのだろうか。そんなことをバートが思っていると、ジェームズは何かを察したのか、今度はジェームズの方から口を開いた。
「でも、天使の階級ってコロコロ変わるし、そもそも階級が低い方が霊的度合いがなくなる分、物質界での影響は強いから。一概に下級だと偉くないってことはないみたいだよ?」
「物質界?」
「この、君ら人間が暮らしてる世界のことさ。『霊的』の対義語が『物質的』あるいは『物理的』。物質的であればあるほど物質界のものへの物理的影響力が強くなる、ってのが普通の話」
「影響力って、何だよ?」
「そのままの意味さ。物質界の事柄に作用し、干渉できる力だ。霊感の無い人間にも普通に見えて、普通に触れて、普通にコンタクトできる」
「じゃあ、君もかなり物質的ってことか?」
「まあね。そうなる。逆に幽霊が人によって見えたり見えなかったりするのは、幽霊は原則霊的要素が大きいからって訳。物質界で人の目に見えるってことは、物質界で活動する天使にも悪魔にも一番大事なことさ」
バートはふぅんと呟いた後、窓ガラスの向こうに見える景色を眺めた。いくら霊が見えるとはいえ、悪魔とも果敢に戦えるとはいえ、バートにはそれ以外の知識はない。こうやってジェームズから多くのことを教わっているが、それでもまだ、今回の様に自分には知らないことが多すぎる。バートは常々そう感じていた。
――だから、疑問に思うことも、次から次へと湧いてくる。
「所でさ、さっきからずっと気になってたんだけど」
バートは思わず、ゆっくりと口を開いてジェームズに聞いていた。
「ん? 何だ?」
「いくら兄弟とはいえ……天使と悪魔が仲良くしていていいのか?」
そう。ジェームズの兄弟が、悪魔の敵であるはずの天使であるということが、バートにはどうしても納得のいかないことだった。片や天上の教会とやらの意志を遵守する者。片や天上の教会に反旗を翻した者だ。どう考えても水と油だ。しかし、ジェームズはさほど気にする様子もなく、さらりと一言。
「ああ、別に?」
――別に。バートはその言葉に目を見開いた。
「天使と悪魔って、敵同士じゃないのかよ……?」
「ハッキリ言って派閥による。僕の兄弟んとこの上司は一度堕天されてから天使に復帰したから、悪魔との付き合いに寛容なんだよ。僕は僕で仕事柄、天使だろうが悪魔だろうが接するから、使える奴とは付き合うことにしているし。……ぶっちゃけ、天使か悪魔かの違いなんて、ヤハウェの存在やご意志とやらを肯定するかそうでないかぐらいの違いで、ヒトで言えば信じる宗教の違いぐらいのもんなんだ。天使でも極悪の連中もいれば、悪魔でも感心するほど出来た奴もいる。十把ひとからげに『天使』だの『悪魔』だの言う連中の方がナンセンスなのさ」
悪魔だから悪いと言うのはナンセンスだ。確かにそうかもしれないと、バートは心の中で頷いていた。現にこのジェームズだって悪魔であるが、全く悪魔らしさを感じないからだ。
神様ってのは、気まぐれで不可解だ。人の理解を明らかに超えていて、その意思をくみ取ること自体が狂気の沙汰なんじゃないか。天上の教会とやらに喧嘩を売ったせいで悪魔扱いされてしまったジェームズを見ていると、そんな気さえする。




