Episode1 #20 An eye for an eye
「インチキセールスマンとは心外な」
耳をつんざく轟音。そして、舞い上がる土埃。そののち聞こえたその声に、バートは耳を疑った。
「……前に言った筈だ。『僕は約束を守る男だ』ってね」
再び声が聞こえ、少しずつ土埃が収まっていく。それと共に目の前で響いた轟音の原因のなった"それ"の輪郭が露わになり、バートは目を見開いた。巨大な鉄骨。悪魔がジェームズを押しつぶした際に使ったものの一つだ。誰がそれをここまで飛ばしたのか。その答えはバートにさえも分かったものの――半ば信じられず。しかし彼は開けてきた視界の中に立つ声の主の方を――見た。
完全に土埃が収まった中。そこには、ジェームズがいた。バートは目の前の光景を信じることができなかった。ジェームズの身体には傷一つなく、斬られたはずの両腕もきちんと生えている。おまけに呑気に手を振って笑顔を見せている。緊張感のかけらもない。
「ごめーんバート、待った?」
「フォー……タスさん……?」
ジェームズが指をぱちりと弾くと、バートを縛りつけていた呪縛が一瞬にして解けた。バートが膝から地面に崩れ落ちて倒れる。ジェームズは彼の傍に近寄り、その肩をぽんぽんと叩いてから再び笑みを浮かべた。
「……よくやった」
それだけを呟いて、ジェームズはバートに背を向け――そしてある方向を見据えた。彼の視線の先には、鉄塊を投げられ、辛うじて避けたらしい悪魔の姿が。どうやらジェームズが五体満足の姿で戻ってきたのを見て、信じられなかったらしい。
「何故だ!? 両腕をもいで下敷きにしてやったのに……!」
相当驚いている様子の悪魔を見て、彼は肩を竦めてから自分の左二の腕を2、3回触った。
「何でかって? こういうことだよ」
そう言った瞬間、ジェームズが触ったあたり――丁度二の腕の半分より下が、闇となって霧散した。
「生憎、お前の切った腕は丁度『よくできたニセモノ』でね。……いくらでも生やせるんだよ」
ジェームズの話と今の状態から推測するに、どうやら右腕も同じような状態らしい。再び闇が彼の腕に凝縮し、手の形を取る。そして、今度はその左手を前へと突き出して、グッと握りしめた。
「そして、2つ目の答えはこうだ」
その言葉と共に、ごうと風が吹き、影という影から無数の手が生え、工場内の鉄塊を掴んだ。
闇を自在に操る力。ジェームズは恐らくその力を使い、影の中に身を隠し、鉄塊の下敷きになるのを免れたのだ。
まるで黒い枝を無数に生やした木が、金属の塊を生い茂らせているようなその光景は、酷く異様だった。
「終わりなのはお前の方だ。……後悔しな」
ジェームズが薄い笑みを浮かべる一方で、悪魔は眉間にしわを寄せて歯を食いしばっている。
「貴様……!」
悪魔が忌々しげな顔をすると、今度は青白い火の球が宙に現れた。否、火の球ではない。直径1メートルはあるその大きな球には、無数の人の顔が浮かんでいる。バートはそれに見覚えがあったようで、思わずあっと声を上げた。――霊団だ。霊団はゆらゆらと宙を漂った後、ジェームズの姿を確認すると、そちらへと猛烈な勢いで飛んでいった。
――が。
「今になってソイツか」
ジェームズは一言呟き、つま先で地面をこつんと蹴った。それと共に闇が霊団の真下に広がり、そこから現れた黒い手が霊団を鷲掴みにする。パン、とジェームズが手をたたくと、それと同時に掴まれた霊団が一気に四散し消え失せた。
「悪いが、霊の魔力のつながりが薄い部分を切らせてもらった」
呆気に取られ、あんぐりと口を開ける悪魔。それに対し、ジェームズは呆れ気味に肩を竦める。
「……いい加減気づけよ。グレッグの契約はノアが睨んだときに消滅している。その時点で、お前の術の大半は無効になってるんだよ」
余裕しゃくしゃく、と言った様子で饒舌に語るジェームズをよそに、黒い手はどんどん増えていき、周囲の物を掴んでいく。更に黒い手は悪魔の身体までもを鷲掴みにしようと襲い掛かる。悪魔もそれに抵抗しようと、必死になって最初は手を躱していたものの、結局悪魔はその黒い手にむんずと掴まれてしまった。
「An eye for an eye,a tooth for a tooth……」
ジェームズが言ったその言葉に、悪魔がびくりと身体を震わせる。それを見て、ジェームズはクスリと笑った。
「……安心しな。僕は同害復讐法の本当の意味ぐらい知っている」
鉄の塊を持ったままゆらゆらと動いていた無数の黒い手が、ぴたりと動きを止める。どこか楽しそうに、しかしその口元にはサディスティックにも見える笑みを浮かべたまま、ジェームズは口を開いた。
「『目を潰されても目を潰す以上の報復を与えてはならない』――。そういうことだろ?」
その言葉の最後に、パチン、と。静かな空間に指をはじく音が一つ。それと共に黒い手が手に持っていた鉄塊を一斉に手放す。
「さて、今度はその念力で全部防御するか? もし仮にそれが出来ても、僕はこの手を増やしてお前を叩き潰すまでだがな」
最後にそれだけを言い放ち、悪魔目がけて鉄塊が、降り注ぐ。
「ぎゃああああああああああああっ!!」
先程、ジェームズの頭上に落ちた時とは比べ物にならない程の轟音。そして、耳が割けそうになるほどの大きな悲鳴。それらが周囲に響き、空気を大きく震わせ。再び辺りが土埃に覆われた。
再び訪れた静寂。もわもわと土埃が立ち込める中で、バートがぼそりと一言呟く。
「……これは間違った意味のタリオじゃないか?」
ごもっともな意見である。それに気が付いたのか、ジェームズはバートの声がした方に近寄ると、彼を起こしてからへらりと笑ってみせた。
「そうかもね。でもあいつは僕の両腕をもいで潰した。……同じことじゃない?」
「まあ、それはそうかも」
「そもそも、これが僕に命じられた仕事だし」
「……契約、ね」
契約は契約。バートの脳裏に、その言葉が脳裏を過った。この男は、その契約の為にあの悪魔を殺した。
「これが、アンタが果たすべき約束?」
バートの問いに、ジェームズは眉を下げて笑ったのち後ろを振り向いた。
「そんなところだ。ま、ここからはもう一人交えて話をすることにしよう」
ジェームズが再び指をパチンと弾く。その音を聞いた黒い手がいそいそと落とした鉄塊を掴み、元置いてあった場所に戻していく。―― 一体、何をするつもりなのか。バートが不思議に思いながらその光景を見ている傍らで、一本の黒い手が何か黒い塊をこちらへと持ってきた。
「お、来た来た」
ジェームズが嬉しそうにその黒い塊を両手で持つ。何を探していたのかと思ってバートがそれを覗きこんだその瞬間、彼は度肝を抜かれることになった。
「貴様ら!! よくも俺様をこんな身体に!!」
黒い塊が、工場内の空気を震わせる勢いで叫ぶ。バートは腰を抜かし、後ろにひっくり返ってしりもちをついた。
ジェームズが持っていたその黒い塊は、先程ジェームズが潰した悪魔の生首だったのだ。この悪魔、どうやらこの状態でも生きているらしい。
あまりの異様な光景にバートがぱくぱくと口を開いて泡を食う一方で、ジェームズは別段気にする様子もなく、持っている悪魔の生首に話しかけた。
「悪いね。これが契約でさ」
「ふざけるな! 俺だってあの警察官と契約を結んでいたんだぞ! これじゃ人殺した俺が一方的に損しただけじゃねぇか!」
捲し立てる悪魔を見て、ジェームズは思わず黙る。まさか首をはねた途端、ここまで喋りだすとは思わなかったようだ。彼は僅かに目を見開いた。
わずかな無言。ジェームズがにんまりと笑顔を浮かべると、彼のその右手は黒に染まり、指はまるで長い箸のように伸びていく。そして彼はその手で悪魔の頭を鷲掴みにし、思いっきり握りしめた。
「あでででででで!! いてぇ!! いてぇいてぇいてぇ!!」
悪魔の生首が、悪魔のような手を持つ男に万力の如く握りしめられて、悲鳴を上げている。バートはそのシュールな光景を呆然と見ているしかできなかった。
「……どうやら反省が足りないようだ」
みしみしと何か不吉な音が聞こえ、更に悲鳴が響き渡る。確かにあの手で握りしめられたらかなり痛そうだ。それだけはバートにも分かる。
「魂全てを契約の対価にするのは、この地方じゃ悪魔同士の協定でとうの昔に禁止にされている。一部の特例はあるがそれも今回のには適用されない。……知らない筈はないよな?」
呆気に取られているバートを他所に、ジェームズが悪魔にそう問いかけた。悪魔は思わず口をつぐむ。どうやらこの悪魔、彼が言っていた『禁止』という事実を知っていた上でグレッグとあの契約を結んだらしい。ジェームズは呆れ気味に肩を竦めた後、悪魔の頭を握りしめたまま、再び悪魔に問うた。
「じゃあ更に質問。お前、誰の差し金でバートの命を狙った?」
「……誰が答えるものか」
低い声で、悪魔が呟く。ジェームズとしては予想通りの答えだったらしい。ふぅん、と一言だけぽそりと呟く。
再び、辺りが沈黙に包まれる。ジェームズはまたにんまりと笑った後、その右手に力をくわえた。
「ぎゃああああああああ!!」
再び響く悲鳴。どうやら本気でこの悪魔の頭を潰しにかかっているようだ。みしみしと音を立て、ジェームズの指が悪魔の頭にめり込んでいく。
「バルトロメオ・イゾラ! そして人に飼い慣らされた悪魔め! 貴様らこれで終わりだと思うな!! 裁きの時は近い!! その日までせいぜい首を洗って待ってお……」
――ぐしゃり、と。
悪魔が捨て台詞を言うより早く、その頭がつぶれて飛び散った。
「……ちょっと、『ばっちい』な……」
ジェームズはまるで汚れを飛ばすようにその手を振りながら、元の人の手へと手を戻した。




