Episode1 #10 Follow me!
ジェームズと共に行動を共にして数時間経つが、気になることが多すぎる。
バートの関心はいつしか、悪魔のことと、この奇妙な自称セールスマンに向けられていた。
自らの日給の低さを嘆く一方で、雇い主に文句を言いながらも結局、交渉を決裂させることもなく働いているその男。退魔師、という業界がどんなものかは知らないが、あれだけの射撃の腕や肝の据わり方があれば相当なレベルだろう。にもかかわらず、あんな低額で本人曰く「こき使われている」。その状況が、何故かバートの眼には極めて奇妙に見えたのだ。
その上でバートは、こう仮説を立てることにした。
この男は、報酬以外の強い動機があってこの事件を追っているのだ、と。
気が付けば、昼時も近かった。
ここはライバック大聖堂の前。ライバック有数の観光名所である。ライバック市警を出たジェームズとバートは、早めの昼食をとろうとしていた。
近くで適当に食事を買ったバートがジェームズの元に戻った時、ジェームズは噴水のへりに腰かけてどこか呆然としていた。
何だ、この男でもこんなぼうっとした表情をするのかと思った矢先。
「……人間、若いからって無茶するもんじゃあない。冗談抜きで死ぬ」
ぼそり、と。何かを思い出したかのように、ジェームズが何の気なしに呟いた。それを聞いてバートは首を傾げた。
「何だって?」
「……なんでもない」
ジェームズはバートの問いに一言返し、鞄から鏡を取り出して顎の辺りを見始めた。
大聖堂の鐘の音が、響く。その音に驚いて、無数の鳩がバサバサと羽音を立てて空へと飛び立っていく。
何でもないと言われた以上、気にするわけにもいかない。バートはそう思ってジェームズの隣に腰かけ、近くで買った食べ物を食べることにした。
バートが食べていたのは、大聖堂前に出ていた露店で買ったものだ。トークス名産のそば粉を生地に練りこんで揚げてある、拳大程度の揚げ菓子だ。ドーナツ、と言った方が表現としては近いだろう。大体砂糖やシナモンをまぶしてあり、揚げてあることもあって日持ちが良いので、こうやって観光名所で売られていることが多い。もっとも、人が多い場所であれば、日持ちを心配するまでもなく飛ぶように売れて、あっという間に完売してしまうのだが。
とにかく、バートがそんなドーナツをほおばっている一方で、ジェームズは携帯用の鏡であごの辺りを見ていた。ひげの剃り残しでも気にしているのだろうか。
「……あのさ。さっきから思っていたんだけど」
溜息一つ。バートは手をはたいて指に付いた粉砂糖を払いつつ、口を開いた。
「ん? 何だい?」
ジェームズは鏡を見たまま返事をする。
「こんなのんびりしていていいのか? アンタは僕が悪魔に狙われてるって言ってたじゃないか」
「その割には君、よく食えるね」
その発言にバートは思わず一瞬、口をつぐむ。確かに、先程から結構食べている自覚はある。それに、自分の命が狙われていると分かれば、普通食事も喉を通らないだろう。しかし、だからと言ってそれを指摘されるのは癪だ。
「いいだろ別に。お腹が空いたから食べるんだ」
「いい心がけだ。腹が減ってちゃ人間動こうにも動けない」
ジェームズは顎に見つけた剃り残しの髭と格闘しながら、更に一言付け加えた。
「それにどっちにしろ、こんな場所で悪魔は君を狙わないだろうしね」
「何で?」
「人の眼がいっぱいあるからさ」
バートは彼の返答に耳を疑った。それではまるで、悪魔の弱点が人の眼だと言いたげではないか。
「ふざけて言ってるのか?」
「いや、至って真面目さ。現に人の多い場所に来てから、僕等は悪魔に襲われていないじゃないか」
そうジェームズに言われ、バートはハッと目を見開いた。確かに警察署にいた時も、ここに来てからも、全く悪魔に襲われていない。悪魔に襲われたくなければ、人ごみの多い場所に紛れていればいい、ということだ。
しかし。
「まあ、そうも言ってられないか……」
髭と格闘していたジェームズが、ぼそりと呟く。突然の発言に意図が分からないバートは、突然頭を彼に掴まれて思わず悲鳴を上げそうになった。
「何をす……」
「誰かが僕等を尾行ている」
抗議の一つでも言ってやろうかと思った矢先、ジェームズの指摘にバートはぎょっとして、彼の持つ鏡を見た。確かに誰かが障害物に身をひそめ、こちらを見ているようだ。
「『仕事で使うと便利だから鏡ぐらい持っていろ』ってシドニーに言われて持ってたけど、やっぱあいつの言うこと聞いてよかった」
「シドニーって誰?」
果たしてそのシドニーという人物はそんな後ろを見るという用途の為に『鏡を持っていろ』と言ったのか。それが気になってバートがそう問いかけると、ジェームズは鏡を畳んで鞄へと仕舞った。
「僕の仕事の同僚」
「……どっちの仕事だよ? セールスマン?」
「もちろん、退魔師さ」
まさかそんな返答が帰ってくるとは思わなかった。無言になるバートをよそに、ジェームズは勢いよく立ち上がると帽子を目深にかぶり直してから、座ったままのバートに声を掛けた。
「さて、ちょっくら行くか」
「……どこへ?」
今度はどこへと連れまわされるのだろうか。そう思って怪訝な表情を浮かべて問うバート。それを見て、ジェームズはその口元に小さく笑みを浮かべた。
「……尾行している奴が誰なのかを見に行くのさ」
「へっ?」
まさかジェームズがそんなことを言うとは思わず、バートがぽかんとする。しかしジェームズはそんな彼の腕を掴んで立ち上がらせると、走り出した。
「ちょっと!?」
バートは素っ頓狂に叫んだが、気にする様子もない。ジェームズは彼の腕をぐいぐいと引っ張って駆けていくだけ。
「どうするつもりだよ!?」
「……まずあいつらを路地裏まで誘い込む」
「路地裏?」
その言葉を聞いて、バートは目を見開いた。ライバックの街の路地裏はかなり入り組んでいて、土地勘がない限り迷うからだ。
「任しとけって。ここいらは僕にとっちゃ庭みたいなもんさ」
ジェームズはそれだけを言うと、人ごみの間を縫って路地へと進んだ。白く塗られた壁に囲まれた、狭い迷路のような入り組んだ道。その中、床に敷き詰められた石畳の上を駈ける音が響く。
ジェームズはきょろきょろと周囲を見回して、何度も曲がり角を曲がると、突如止まって角へと身を潜めていた。
どうするつもりだ、とバートは言いかけたが、それに気づいたジェームズは言葉を遮って、彼の口を押えて塞いだ。何をすると言いたくなったバートであったが、黙っているうちに聞こえた音に、彼は目を見開いた。
複数の人間の足音だ。
更にはなにやら、複数の人間の会話までもが聞こえてきた。何を話しているのかは分からなかったものの、確かに声が――二人分。男と女の声だとハッキリわかる。
バートがそうやって聞き耳を立てている傍ら、ジェームズは懐から一振りのナイフを取り出していた。襲い掛かるつもりなのだろうか。それだけ追手は脅威であると、ジェームズは気づいているのだろうか。そう思いながら彼をバートが見ていると、ジェームズは足音を消し、気配を殺して声のする方へと駆けていく。
しかし声の主たちも相当な手練だったらしい。追跡者の二人は即座にジェームズの存在に気が付くと、その内の一人が彼の首筋に、細いナイフを突きつけた。
「動くな」
敵意と、警戒心と、殺意と、静かながらも感じる攻撃性。それらが入り混じった女の声を聞き――ジェームズはわざとらしく困った顔を見せてから、『攻撃するつもりはない』と両手を挙げた。
「……参ったなぁ」
その言葉には、バートが見る限りでは心底『参った』という様子が感じられない。一方でジェームズの首筋にナイフを突きつけていた女は、ジェームズのその発言に更に目を細めた。
「フォータス。……どういうつもりだ」




