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――あたしは歌姫だ。何にだってなれるし、どこにだって連れていってやろう。
あたしが、この国一、それからたぶん、この大陸一の歌手だということは、あたしが一番よく知っている。だから、そういうおべっかを言ってくるやつをみると気がくさくさしてしょうがない。それとは逆に、ぶくぶく太った中年女が、傾国の美姫、夢見る乙女やなんかを演じるな見苦しい、って文句を垂れるやつもいるね。あたしに言わせりゃ、それはお門違いもはなはだしい。この体重は声量を保つためのもんだし、まずそんなことが気になるやつは聞きにこなきゃいいんだから。まあ病的に神経質で想像力が貧困なくせに、あたしの声に虜になってしまうってことも有りえるね。あたしだって容姿じゃなくて声で商売しているわけだし、劇場がお客でいっぱいになるのはいいことだ。だから、別に怒らないよ。そういう場合は席について、前奏が始まったら目をつぶればいい。次に聞えるのは、異国の古城にこだまする呪いにかかった姫の嘆きか、はたまたのどかな田園に響き渡る婚礼直前の乙女の喜びか。何にだってなってみせるし、どこにだって連れていってやろう。寝てしまうかもしれないって? あたしが歌ってるっていうのに、そんなことできるわけないだろう?
とまあ、あたしは分ってものをわきまえてるから、今の容姿をどんなにけなされようが気にはしないけどね、若い頃はほんとに奇麗だった。そのかわり歌は今より下手だった。技術的には今とそんなに違わないんじゃないかね。でも、だからこそ、なんだか頭でっかち杓子定規な歌いかただったと思うよ。というわけで、もらえる役も端役ばっかりで、そう例えば、主人公の友人の一人、みたいな役ばっかりだった。まあ若くて経験が足りなかったから、というのも理由だったんだろうけど。だから、ほとんどの場合、主役は今のあたしくらいの歳だったね。だけど考えてみれば、ふたまわりも年齢が違う女たちが舞台の上では親友気取って、手をつないでぐるぐる踊ったりするんだから笑っちゃうね。いや、今でもあたしはそれをやってるわけだけどさ、主役ってこともあって気にはならないんだ。でも若いときにはそれがすごく屈辱でさ、たまんなかったんだよね。ってことは、今、あたしと一緒に舞台をやっている若い子たちのうちに、そう思ってる子もいるんだろうね。こわいもんだ。いまさらかもしれないけどさ、あのとき主役をやっていた歌手には、心の中であやまっておくよ。そのうちあたしもあとから来た子に取って代わられるんだからお互いさまだけどさ。
ああやだやだ、しめっぽくなっちゃったね。なんの話をしようとしてたかといえば、あたしが若くて奇麗だったころの話だったね。そう、それで端役ばっかりで毎日すごくつまらなかった。そうしたらある日恋文が来たんだよ。その時あたしのいた都市に遊学に来ていた貴族のお坊ちゃんからだった。気弱な優男でね、父親のあとを継ぐより、絵描きになりたいっていってた。それで、ここから話はとってもありきたりなものになるんだよ。簡単にいっちゃうなら、身分違いの悲恋だね。ふと訪れた劇場で貴族は美しい歌姫に一目ぼれする。 彼が心をつくして書きあげた恋文は歌姫の心をとらえ、二人は逢い引きをはじめるんだね。ずるずると貴族は都市に居続け、不信に思った彼の家族が何が起きてるか調べたところ、さあ大変、大切な跡継ぎはあばずれにのぼせ上がって学校もとっくにやめていた。
それで、本当に起こったありきたりな話にあるように、たくさんの醜いこと嫌らしいこともあったんだけど、ありきたりな話らしくそこらへんははぶいておくよ。
ともかく彼は、ほとんど力ずくで家に連れてかれることになった。その前の日にね、劇場にやってきて、この指輪をくれた。これを買うのに、家の金はまったく使っていない、はじめて自分で稼いだんだといって。ほら、みてごらん。その証拠にこれは正真正銘の安物だ。銀メッキどころじゃない、ただの鉄の輪っかでしかない。ほんとに育ちのいいひとだったから、何したってうまくお金を稼げなかったんだろうね。だから、あたしもあのひとと結婚しなくて、とどのつまりは良かったんだろう。あのひとにとってもさ、貧乏ぐらしなんてすぐに耐えられなくなって、音をあげたろうしね。それからもうあのひとに会ったことはないんだけど、きっともう会ってもわかんないだろう、おたがい。なんせ、もらったときは、この指輪が薬指にぴったりだったんだけど、いまとなっては小指にしか入らないんだからね。
そう、だけどあたしはいまでも、どんな舞台にもこの指輪をつけて出るし、遺書には、あたしが死んだらこの指輪を直すように書き残しておこうと思ってる。ちょうどあたしの薬指にぴったりになるように。 そしたら、それを左手の薬指にはめて埋めてほしいって。
結局、ありきたりな話には、そういうありきたりだけど奇麗な結末が似合うとおもわないかい?




