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カデンツァ  作者: 立田
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――うちは歌姫です。今日はどないな歌をご希望ですやろか。




 今日はほんにぎょうさん人がでてきはって、えらいにぎやかになりました。他の町ではなかなかこうはいきまへん。やっぱりいちばん華やかで、お客さんの金離れが奇麗なんもこの都市ならではなんやろうと思います。こないな流れものの一座ですけれど、うちなんかのために何回も来てくれはるお客さんも居てはりますし。うちもこないな暮しをしてるうちに、同じとこにずうっと居るのが苦になるような難儀な性格にもなってしもたんですけど、一度行ったとこの方がおぼえていてくださると、なんや心んなかがほうっと暖こうなるような気がします。


 そうです、うちは生まれたときからずうっとこの一座で旅をしとります。夏は北に冬は南へと、渡り鳥みたいに行ったり来たりをくり返しとるうちに、もうこないな歳になりました。物心ついたときには母の真似っこして、この竪琴をかき鳴らしては歌うのが何よりの遊びでしたさかい、蛙の子は蛙ということなんやろと思います。うちの母も歌うのが何よりも好きやいうひとでしたから。父は何をさせても一通りは器用にこなすひとで、特に動物やらの面倒を見るのが上手だったそうですわ。座長さんもはじめはそないな父の腕をかって、二人をこの一座に加えてくれはったんですけど、そのうち母もお客さんの前に出して歌わせはったいうことです。あいにくとうちは二人のことをよう覚えてへんのですけど。二人とも国を離れての旅にかなり無理をしてやったみたいで、ある町で流行病に寝付いたと思うたら、そのまんま亡くなってしもたと聞いてます。


 そないなわけで、うちはこの一座に育ててもらいました。そん時の病気で一座の人もだいぶ減ってしまったさかい、歌えるようになったらすぐに看板娘ということで売り出されたんですわ。もちろん女になってからは、お客さんのご所望があれば夜のお相手もするようになりました。占いの婆ちゃんなんかは、お金を出してくれはるひとがおるときが女の盛りやなんていいやりますけど、ほんまのこと言えば、あんまそっちのほうは好きやないのんです。ほんまは歌だけで暮していけたらええと思います。そうやけど、どうしても嫌やったら嫌っていえるんやし、それに結構なお金にもなりますよって、まあ割り切って考えるようにつとめてます。お金が貯まったら、両親の供養をしてやりたいんですわ。たぶんどっかの無縁墓地かなんかにほうり込まれてしまっとるんやと思いますから。他の孝行をするまえに居らんようになってしまいましたから、せめてそれくらいは。けどきょうびは、歌だけ聴いて満足してくれはるお客さんがおおくなりましたさかい、ほんまうれしいですわ。


 それで、お客さんはどんな歌をお望みですやろか? おまかせと言わはるんやったら、流行りのにさせてもらいましょか? まあどこでも人気があるのんは恋歌ですやろ。あとは行くとこによって、そこの騎士とかお姫さんの話とか。新しい歌を教えてくれはるお客さんも居らはります。いつもいろいろ混ぜて飽きさせんようにしてますけど、かならず歌うのが一曲だけあるんですわ。さっきまで弾いてた歌なんですけど、えらいさびしゅうて面白味にかける歌ですやろ? うちかてそう思うんですから、そんなにむきになってくれんでもええのに。


 うちの髪とか目はここらへんでよう見かけん色でしょう。うちの両親の国は、ずうっと前に戦に負けて、そこに住んでた皆ちりぢりばらばらになってしまいやったいうことです。なんやそれまでは西の方の大草原で、のんびり毎日暮しておったらしいんですけど。それでまあ子守歌がわりに、母が生きてた時分に毎晩歌ってくれたんがあれやったんです。なんや言うてみれば、その国の国歌やいうことですわ。そうしやると、必ず父も途中から声を合わせて歌うのんです。ほかはどんどん忘れてしもたんですけど、そん時のすこうしかなしげな二人の声だけはしっかり覚えてますわ。


 そないなわけで、もう音が体のすみずみまで染み込んでいやるんです。恋歌も洒落歌も、歌やったらなんでも好きですけど、なんも考えんと歌いはじめたら必ず出てくるのんはあれですわ。べつに両親が恋しいとか、その国に戻りたいとか、そないなことを考えて歌うわけやないのんですけど。行ってみたいかと聞かれれば、どうなんやろう、うちはそこで生まれたわけでもなし、ことばもなんも覚えておらんし、どこかもよう知らんのやから、なんやもうこのまんまに、心ん中でだけ奇麗なとこやろうと信じとくほうがええような。けど、いつか、どこか、なんも知らんと行ったとこで、あの歌を歌ったときに、聴いてるお客さんたちが声を合わせてくれはるようなことがもしあったら、なんともいえん気持ちやろうなとは思います。

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