【連載版投稿しました!】病弱設定の妹に婚約者が惚れ込んでいるので、私は喜んで身を引かせていただきます。なので、妹の嘘が露呈したからって今更よりを戻せと言われても困ります。
★大切なお知らせ★
本作品の連載版を投稿しました!
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「シーナ。悪いが、アイシャのもとへ行かせてくれ」
私の婚約者であるイダムズ様が、いつものようにそんなことを言った。彼は私の実家——ウィルキンス公爵邸へ訪れる度に、邸宅の離れに住む妹——アイシャのもとへ行く。
彼はアスター伯爵家の嫡男である。どんな家の生まれなのかと言うと、簡単に言えば没落貴族である。
昔は商会ギルドの運営をしていたが、イダムズ様の父親の不祥事が露呈したことにより、信用を失って破産。どうやら反社会勢力にお金を渡していたのがバレたらしい。
だけど、私の家は国家を跨いであらゆる場所と取引をして財を成した名家であった。だから彼は嫡男という身でありながら、わざわざこちらへ何度も出向いてどうにか婚約を取り付け、婿に入る形で逆転を狙っている思惑があった……はずなのに。
「——イダムズ様。どうも、随分とアイシャに惚れ込んでいるようですね。そんなに、彼女の儚さが気に入りましたか?」
彼は歩みを止めて、こちらへ振り返って怒鳴る。
「お前……! 病に伏しているアイシャになんてことを言うんだ!」
「病に伏している……ですか」
私の妹であるアイシャは、病に伏している。と、自称している。
彼女は生まれた時から健康優良児ではあったのだが、いつからか自分が大病を患っていると嘘をつくようになった。
それも……あたかも私が原因だとでも言うように。
「アイシャが歩けなくなったのは、お前が階段から突き飛ばしたからだろ! それからもずっと彼女をいじめて、さらに塞ぎ込んでしまって!」
そう、彼女は歩けない。と、自称している。
階段から突き飛ばしたなんて記憶は微塵もない。なんなら、私が突き飛ばされた記憶はある。全治三ヶ月ほどだったか。
「私が突き飛ばされた、であれば記憶にあるんですけどね。あまりあの子のことを信用しない方がいいですよ。彼女を邸宅の離れに住まわせているのも理由が——」
言いかけた瞬間、イダムズ様がぐっと拳を構える。
「——殴るんですか? 婚約者であり、この家の人間でもある私の忠告を無視した上で」
それはもう、大層立派な心意気だ。私ではなく、愛する私の妹アイシャの無念を晴らすために殴ろうとしているんだ。物語であれば感動的なシーンになっているだろう。
「っ……お前は悪人だ! 実の妹であるアイシャをここまで愚弄して!」
「愚弄? まあ、それならこちらも構いません。これからも、あの子のことを大切にしてあげてください。私はあなたから身を引かせていただきます」
私が言うと、イダムズ様は拳を引っ込めてどこか嬉しそうな表情をする。
「そ、そうか! それならこっちも都合がいい!」
と言いながら、イダムズ様はアイシャのもとへと走って行った。
残された私は、ふうと息を吐く。
「あの子の思惑なんて、こちら側はもう分かっているというのに。昔から成長しませんね、私の妹は」
だが、正確に言えば妹ではなく『異母妹』である。それも、お父様が侍女との間に成した庶子でもあった。
そのため、彼女は私のことが随分嫌いなようで、何度も私の立場を失墜させるために欺こうとしてきた。私は本当の妹のように接してきたが、階段から突き飛ばされるし、嘘の悪評を流されたりと散々な目にあってきた。
挙げ句、大病を患っていると自称し始めた。
激怒したお父様はアイシャを離れに追い出して反省させていたわけなのだけれど、まさかイダムズ様に言い寄るだなんて。
お父様は彼女が庶子であることをあまり他言しなかったため、イダムズ様は知らないのだろう。
ひとまず、お父様に婚約解消とその経緯を説明しておこう。イダムズ様とアイシャについては、追って結論が出るだろうし。
ああ……でも。
「伝えた方がよかったかしら。あの子と結婚しても、この家は継げないって」
◆◇◆
「アイシャ、実はシーナとの婚約を破棄できたんだ。これで俺たちは結婚できる」
「ほんとっ!? わたし嬉しいわ!」
ウィルキンス公爵邸の離れにて。
イダムズは喜びを噛みしめながら、ベッドから起き上がったアイシャに抱きついた。アイシャは心底嬉しそうにしている。
「あなたと結婚できれば、意地悪なお姉さまだって追い出せるわ!」
「そうだな。あんな邪魔者、すぐにいなくなる」
二人は己の幸運と幸福を噛みしめていた。イダムズは思い出したかのようにアイシャから離れて立ち上がる。
「すまない、今日のところはこれで。家族にも報告したいんだ。シーナとの婚約はなかったことにしてアイシャと結婚するって」
ふふふ、と笑いながらアイシャは頷く。
「分かった。それじゃあ、また来るの待ってるからね」
「うん。じゃあな」
そう言って、イダムズは離れから出て行く。その足は浮き立っていた。やっと可愛いアイシャと結婚できるんだと。
残されたアイシャはニヤニヤと笑う。
「これで、わたしも貴族ね! うざいお姉さまもこれでおしまい!」
だが、その思惑はすぐに覆ることになる。
数日後。イダムズは急いで実家へと戻り、父親に報告した時のことだった。
「お、お前……! せっかく取り付けた婚約を台無しにしよってっ……!!」
イダムズの父は激怒した。それがどうしてなのかイダムズが理解できないでいると、父親が語り始める。
「あのアイシャは公爵家では継承権は持たない人間だ! そもそもあいつは侍女との間にできた娘で……異母妹なんだぞ!?」
その言葉を聞いて、イダムズは口を開いたまま固まってしまう。理解ができなかったし、そもそもそんな話は聞かされていなかったからだ。
彼女と結婚すれば、公爵家の人間になれると思っていたのに。
「あの家はご子息が産まれなかったから、何度も頭を下げてやっと婚約を取り付けたというのに……! お前は何を考えているんだ!! すぐにでもシーナと復縁しろ!!」
「そ、そんな……」
イダムズは混乱しながら、急いでアイシャのもとへと走った。まだどうにかなる、そう思っていたからだ。
ちゃんと事実を確認して……そのあとシーナがアイシャにしたことを告発して……そうすればまだ家を継げる可能性はあると考えたのだ。
何日もかけてウィルキンス公爵邸に戻り、離れへと飛び込む。アイシャはイダムズを見て嬉しそうに微笑んだ。
「あら、来てくれたのね——」
「聞いたぞ! アイシャ……お前、侍女との間に生まれた異母妹なんだってな」
「あ、言ってなかったわね。でも、それがどうしたの?」
アイシャの言葉を聞いて、イダムズは言葉を失う。彼女は何も理解していなかったからだ。自分自身に継承権が一切なく、たとえ結婚をしたとしても、それは揺るがないと。
学がなかったのだ。人を欺くことしか頭が回らず、少し考えれば分かることが分かっていなかったのだ。
「もし、俺と結婚しても公爵家は継げない。俺の家に来るとしても、庶子である君は俺とは結婚できない。なれたとしても妾なんだ……」
その瞬間、アイシャは目を見開いて驚く。
「そんな!? それじゃああなたと仲良くなったのだって意味がなかったってこと!?」
「仲良くって、なんで俺を騙してたみたい言い方するんだよ……!」
「あっ……それは、ち、違うの!!」
「何が違うんだよ! こっちは精一杯どうにかしようとしていたのに……!」
イダムズは咄嗟にアイシャの肩を掴んで叫ぶ。
「もう……!! 強く触んないでよっ——」
アイシャは彼を突き飛ばす。だがその時、咄嗟に立ち上がってしまったのだ。
「アイシャ、お前。立てないんじゃなかったのか? シーナに階段から突き飛ばされて……?」
「あっ、ええと」
「それじゃあ、シーナがお前をいじめていたって話も全部嘘だったのか……?」
なんせ、これが嘘ともなればシーナの悪事を告発するなんてことはできないからだ。そもそも、そんな悪事なんてなかったことになるからである。
アイシャはしばらく押し黙ったあと、すぐに癇癪を起こした。
「もうううう!!! わたしのことを本当に愛してるなら、なんとかしてよ!! 貴族なんでしょあなた!!」
「……そんなこと言われても無理だ! もう知るかよ!!」
そうして、イダムズは離れを飛び出した。その足は母屋へと向かっていた。
まだ彼は諦めていなかったのだ。アイシャのことはもうどうにもならないが、今すぐシーナに謝って寄りを戻せばまだなんとかなるはずだと考えていたのだ。
だが、邸宅に入った瞬間に兵士がイダムズを取り囲み拘束する。
「な、なにをする!? 俺はこの家の娘の婚約者だ! 離せ!!」
そんな時、コツコツと聞き慣れた足音がした。
◆◇◆
「あら? アイシャとご結婚を望まれている方じゃないですか。何の用ですか?」
なんだか騒がしいと思えば、玄関先で元婚約者であるイダムズ様が兵士と取り囲まれていた。あらあら、なんだか想定していたよりも事態は早く動いたようである。
「シーナ! どうしてこんなことをするんだ!君と復縁したい、そう伝えに来ただけなのに!」
「そんな勝手なこと言われましても……」
さすがはアイシャのことを好きになってしまった人間である。今自分が、どうしてこんなことをされているのかすらも分かっていないようだ。
「イダムズ様との婚約が解消されましたので、私は別の方と結婚することになりました。父にあの日のことを全て説明したら激怒しまして、アイシャを家から正式に追い出すことにしたのです。でも、イダムズ様がいるから、アイシャのことは安心ですね」
「なっ、別の人と結婚? 嘘だろ……それじゃあ俺とはどうなるんだ?」
「もうあなたは部外者ですよ。だから今、こうやって拘束されているんじゃないですか。不法侵入って言葉ご存知じゃないんです?」
彼は絶望顔を浮かべる。でもこれは、あなた自身の選択なのに被害者のように振る舞われても困る。
私が兵士に視線を送ると、兵士が玄関の扉を開け放つ。そこには、兵士に取り押さえられたアイシャの姿があった。
イダムズ様が公爵家に訪れ、離れに入った時点で兵士には両方を押さえるようにと伝えてあったのだ。
「あああああ!!! 離してよ!! 全部あいつが悪いの! わたしは何も悪くないもん!」
アイシャは泣きじゃくりながら、イダムズ様を指さす。
「アイシャ……! お前、なんで俺のせいにするんだよ! よくよく考えてみれば、悪いのは俺を騙していたお前の方じゃないか……!!」
「うるさいうるさいうるさい! お姉さまのもの、あと少しで全部奪えそうだったのにっ!!」
あぁ〜……なんてお似合いなんだろうか。
やはりイダムズ様は私より、アイシャとの相性が格別にいいわね。
「兵士の皆さん。それでは二人を追い出してください」
「待ってくれ!! そんな、待ってくれよ!」
「だから引っ張らないでっ!! そんな強引に……やめてよもう!!」
二人は暴れながらも、兵士たちに引きずられていく。
「アイシャとともに、お幸せに」
そう言って、私は彼らを見送ったのだった。
全く、今更よりを戻せと言われても困りますよ。
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