愛情暴走系男子と冷静令嬢の日常会話
気分転換に、またくだらない短編をひとつ笑
「ユイエ!来月から学園に通うんだって!?」
そう言いながら勢いよく部屋に飛び込んで来たのは、少し長めの艶やかな黒髪と、冷えた青色の瞳を持つ端正な顔立ちをした少年だった。
慌てて現れたにも関わらず彼の身なりは整っており、髪にも服装にも乱れはない。爽やかな白シャツに、肩飾りの付いたジャケットを羽織っている。
「レネット様、それがどうかなさいまして?」
優雅にティーカップを手にしながら彼の問いに答えたのは、白銀の髪が美しい少女だ。
突然自分の部屋に現れたレネットに一切動じることなく、一人用のソファーに腰掛けたまま、肩越しに振り返りながら淡く微笑む。
彼女の紫水晶のような魅惑的な瞳を向けられたレネットが、キリリとした表情のまま自身の胸ぐらを掴んだ。下唇を噛み締める。
「それはダメだ。そんな風に振り返り美人をしては、あらゆる者が君に魅了されてしまう。僕だって耐えられない。…むしろ今すぐに負けてしまいたい。」
「この邸には女性しかおりませんわ。父上も兄上も、レネット様が領地送りにしましたもの。」
「あと何度も言っているが、僕からソファーを贈らせて欲しい。ギリギリ大人二人が座れるサイズのものを是非。」
いつの間にか目の前に膝をついて懇願の瞳を向けてくるレネット。その目は軽く血走っており、彼の並々ならぬ想いが伝わってくる。が、伝わることと相手に受け取ってもらえることは全くの別物だ。
「それで、ご用件は何でございましょう?」
「君が学園に通うと聞いて、その真偽を確かめに来た。どうか嘘だと言ってくれ…僕の可愛いユイエ。」
レネットの瞳にじわじわと水分が込み上げてくる。瞬き一つで今にも決壊してしまいそうだ。
「もちろん、行きますわよ。」
「どうして…?僕のことが嫌になってしまったの…?」
レネットの顔が絶望に歪み、光を失った瞳が暗く沈む。血の気が引いた顔は壊れた人形のようで、これから捨てられるのだと信じて疑わない。
ユイエの一言で彼の全てが失われた。
「我が国の貴族は、16歳になる年に学園へ通うことが定められていますわ。無論、レネット様もご存知ですわよね?」
「学園には年頃の男がいるんだぞ…?」
「ええ、存じておりますわ。」
「それも、うじゃうじゃといるんだぞ…」
「人の半数は男性ですわね。」
「あいつらの視界にユイエが入るなんて…想像しただけで…罪を犯したくなる。」
「懺悔なら教会でお願いしますわ。」
はぁと小さくため息を吐くが、レネットは気付かない。
彼は床に跪いたまま頭を抱え、血走った目は忙しなく左右に揺れていた。これが街中だったのなら、見回りの騎士に職務質問されていたに違いない。
「こちらをどうぞ。」
俯くレネットの目の前に差し出されたのは、湯気の立つティーカップだった。彼が自失してる間にユイエが淹れてくれたらしい。
レネットの瞳がカップを捉えた途端、彼の瞳に光と水分が戻り、じわじわとまた溢れ出しそうになってくる。堪えた表情で両手を差し出し受け取ろうとしたが、その手前でピタリと動きが止まった。
「僕はあちらで構わない。僕の大切な婚約者である君が新しいお茶を飲んでくれ。」
彼がとてつもなく紳士的な動作で指し示したのは、テーブルの上に置かれていたユイエの紅茶だった。
それはすっかり冷めていて湯気が立っておらず、中身が残っているかどうかも怪しい。それでもこちらが良いのだと、レネットが強固な意思をその瞳に宿す。
それに対し、ユイエがゆっくりと首を横に振った。
「いけませんわ。レネット様に飲みかけのものをお出しするなど…」
「いや、あれがいい。僕にとって、君の飲みかけの方が価値が高いんだ。」
「それはどういう意味で仰ってますの?」
「そのままの意味だが?真っ白なカップに薄く付いた紅のおかげで君の口を付けた位置が…」
「すぐに片付けてちょうだい。」
ユイエが低い声で遮った。
影のように頭なく現れた使用人が物凄い速さでティーカップを回収していく。去り際代わりに新しいカップを置いていったが、それは見たこともない真っ黒な磁器であった。
「では、入学を1年遅らせてはくれないか?僕から国王陛下に許しを得る。君は既に家庭教師から学びを得て、あらゆる学問に精通している。開始が遅れたとしても問題ないだろう?」
真っ白なハンカチで冷や汗を拭いたレネットが立ち上がり、この部屋の隅にある勉強机の椅子を持ってくると、ユイエの隣に並べて腰掛けた。
太腿の上に肘を置いて手を組み、整った笑みを浮かべる。年頃の令嬢なら絶叫ものの完璧な仕草であった。
「1年遅らせることが何か意味を持ちますの?」
普段は大人びた印象を与える切れ長の紫の瞳がほんの少し丸くなる。ユイエが不思議そうに顔を傾けた。
「く」
愛しき美少女の可憐な仕草に、レネットが唇を噛み締める。キラキラと星が飛ぶように輝く視界を軽く手で払い、理性で正気を取り戻した。
「もちろんだ。その一年で、令嬢だけの学舎を作る。その上、人の背丈の倍以上ある頑丈な塀で囲えば安心だろう?」
これは名案閃いたと、瞳を輝かせたレネットが片眉を上げて胸を張った。すぐ隣の椅子に座るユイエに、褒めてと言わんばかりに見えない尻尾を振って近づく。
「でもそれだと一つ問題が…」
「安全面も心配ない。国の女性騎士をかき集めて専用の騎士団を新設しようと思う。」
安心して欲しいとレネットが精悍な顔つきで頷く。それは公爵令息として培った矜持が溢れており、堂々とした振る舞いであった。
「レネット様と一緒に通えませんわ。」
「……い」
ユイエの言葉が光の速さでレネットの心を鷲掴みにし、止まらぬ勢いのまま彼の心臓を貫いた。それは全身震えるほどの衝撃で、後から突き抜けるような喜びがやってくる。
伝えたい言葉が一気に溢れ出して、高速で取捨選択を繰り返していく。信じられないという顔をした彼が数秒後、ようやく言葉を発した。
「ユイエ、結婚しよう。」
「既に婚約してますわ。」
「今すぐ婚姻を結ぼう。」
「まだ成人してませんわよ。」
「では、先ほどのカップを僕にくれ。」
「・・・・・・」
とても良い笑顔をしたユイエの眉間に、ぴしりと音を立てて皺が出来る。部屋の温度が一気に下がった。顔を出していた太陽に雲ががかかり、部屋の中が暗くなる。
「それで、本日はどうしていらっしゃいましたの?」
「急に、愛しの婚約者殿の顔が見たくなってな。はははは。」
「まぁそうでしたの。ふふふふふ。」
美男美女の二人がまるで今顔を合わせたかのように、貴族らしく優雅に微笑み合う。互いに、この10分間の記憶は闇に葬ることにしたらしい。
画家が筆を取りたくなるような風景の中、真っ黒なティーカップだけが異質さを放っていたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
さらにくだらない短編はこちら↓笑
思ってた婚約破棄イベントとちょっと違うんですけど
婚約者の本音に負けそうになる王子様
また機会ありましたらよろしくお願いします!
ありがとうございました!




