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レイハート公爵夫人の時戻し  作者: 風見ゆうみ


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52  元婚約者の末路 ➃

 私に助けを求められても困るわ。


「理解できたと思っていいのかしら?」


 ロガンは「そんな」「でも」など、何か言おうとしていたが、結局、否定することもなく黙り込んでしまった。

 彼が大人しくなったため、場が静かになると、周りの声が耳に届くようになった。

 カフェの中には貴族もいて、テラス席にいた女性二人は小声でこんな話をしていた。


「ソラリア様と一緒にいるのって、オウガ侯爵家の次男の方よね? 家を追い出されたと聞いたわ」

「そうね。私もそう聞いたわ。今は宿屋で暮らしているそうよ」

「だから、ソラリア様にすがっているのかしら」

「たしか、ソラリア様の妹と浮気していたのよね? さっきの言い方だと浮気を強要された時に自分が断ればいいだけだったのに、人のせいにしているってこと?」


 信じられないと言わんばかりの目で、女性たちはロガンを見つめた。

 通りにいる野次馬は人数が多いこともあり、色々な声が聞こえてくる。


「浮気を正当化したいがための言い訳じゃないの?」

「彼女の父親がめちゃくちゃ怖いってこと? というか、自分の娘の恋人に浮気をしろって言うなんて信じられないんだけど!」

「死ぬのは断れるけど、浮気は断らないってこと?」

「まあ、死にたくはないよな」

「死ぬと浮気を一緒にするなよ。浮気相手がよっぽど可愛かったんじゃないか?」

「じゃあ、あなたは浮気をしろと言われたら断らずにするってことなの?」

「い、いや、俺はそんなことはしないよ!」


 多くの人の話し声がこんなにもはっきりと聞こえることに驚いた。そこまで近い位置でもないので、イライアス様が魔法を使って、周りに聞こえるようにしてくれたのかもしれない。

 ロガンが墓穴を掘ってくれたおかげで、私に同情する意見が多いのはありがたかった。


「彼女さん、別れて正解よ」


 この言葉はロガンにとって言われたくなかった言葉だったのか、カッと目を見開いた。


「うるさい! 黙れ! お前たち、どこの人間だ⁉ 名を名乗れ! 僕がオウガ侯爵家の次男だとわかって言っているんだろうな⁉ 大体、見せ物じゃないんだぞ! とっとと失せろ!」


 ロガンが叫ぶと、野次馬たちは一斉に口を閉ざし、蜘蛛の子を散らすように、その場から離れていく。

 顔を真っ赤にして怒るロガンに話しかけた。


「ロガン、私たちが大声で話していたんだから責めるのはおかしいわ。聞かれたくない話なら、こんな所で話すべきじゃなかったわ」

「大きな声で話をしたのは君だ!」

「場所を指定したのはあなたよ。そして、私につられて大声を出したのもあなたよ」


 ロガンは私を睨みつけながら、ヒステリックに叫ぶ。


「僕を辱めるために、大声で話をしたんだな⁉ 僕を裏切るなんて、君は最低な女だ! 許せない!」

「いい加減にしろ」


 テーブルを回り込んで、私につかみかかろうとしたロガンだったが、その手はイライアス様によってつかまれた。


「……え?」

「ベェェー!」


 怒りの鳴き声と共に、ベェがシルバートレイを、間抜けな顔をしているロガンの眉間めがけて振り下ろした。


「うわああっ!」


 ベェの攻撃はかなり痛かったらしく、ロガンは情けない声を上げながら、イライアス様につかまれていない左手で眉間を押さえた。


「痛いっ! なんでだ?」

「ベェ! ベェ! ベェ!」


 ベェは一発では気がすまないのか、指の隙間を狙い、ロガンの眉間めがけてシルバートレイを叩きつける。

 一生懸命頑張ってくれている姿が可愛くて愛おしいけれど、さすがに怪しまれてしまうし、暴力も良くはない。

 私の心の声が聞こえたかのように、ベェは叩くのをやめて私の所に戻ってきた。怒りがまだおさまらないのか、ふーふーと大きな息を吐いていた。


「痛い! 何でだ? こんなこと、前にもあったんじゃないか? 一体、僕の身に何が起こっているんだ⁉」


 ロガンは涙目になりながら困惑の表情を浮かべた。

 私たちのように使い魔が存在すると知っているなら、この不思議な現象も使い魔のせいかもと疑えたかもしれないわね。


「僕の妻に何をしようとしていた?」


 眉間を押さえて痛がっているロガンの手を離し、イライアス様は涙目になっているロガンに尋ねた。


「は、話をしようとしていただけです! それよりもどうして、イライアス様がここにいるんですか?」

「僕がここにいちゃいけない理由はないだろ?」

「そ、それはそうかもしれませんが……っ、おい、ソラリア! どういうことなんだよ⁉」


 なぜか私を責めてくるロガンを呆れた目で見つめる。


「あなたはオウガ侯爵代理に私はイライアス様に洗脳されていると言ったのよね? そう思っていたのなら、こうなることに驚きはないはずよ」


 私が本当にイライアス様の言うことしか聞かないのなら、たとえ第二王子殿下の命令だったとしても、イライアス様に確認しないはずがない。


「や、やっぱり、君はイライアス様に何か言われたんだな? 脅されたのか?」


 彼には例え話が通じないらしい。いや、今の言い方では私の考えたことが伝わりにくかったんだろうか。

 明るい表情で私を見つめるロガンを見て、イライアス様は苦笑する。


「僕はソラリアを洗脳なんてしていない。大体、君は自分がどれだけ失礼なことを言っているのか理解できているのかな」

「理解はしています。ですが、どんなに偉い人であっても人を騙して言うことをきかせるような行為はするべきではありません! 僕は言わなければいけないことを言ったまでです。間違ったことは言っていません!」


 ロガンは自信満々の表情で答えた。そんな彼にイライアス様は聞き返す。


「騙すってどういうこと? 僕が君の悪口を言って、彼女を君の所に戻らせないようにしているとでも言いたいのかな」

「そうです。その通りです!」

「だから、失礼なことを言ってもいいって言いたいんだね?」

「そうです」


 ロガンは何度も首を縦に振った。


「それが事実じゃなかったらどうするの? 僕に謝れば済むという問題じゃないよ」

「そうよ。それにあなた、自分の立場をわかっていないでしょう?」


 イライアス様と私に質問され、ロガンは焦った顔になって首を左右に動かした。

 どちらの質問に先に答えるべきか迷っているようだ。

 少しして、ロガンはイライアス様の質問に答えた。


「今、オウガ侯爵家の事実上のトップは兄上です。兄上から謝ってもらいます。弟の不始末は兄が見るべきです」


 信じられないわ。いくら、親に甘やかされて育ったといっても、兄に迷惑をかけることを何とも思っていないなんて――。

 ロガンの答えに私とイライアス様が呆れ返って顔を見合わせた時だった。


「もうお前はオウガ侯爵家の人間ではない。自分の責任は自分でとるんだな」


 店内とテラス席を繋ぐ扉を開けてやってきたのは、ロガンの兄である、オウガ侯爵代理だった。


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