40 利用されていることがわからない元妹 ②
夜の間も情報屋は動いてくれており、早朝にレイハート公爵邸を訪ねてきた。
軽食を用意し、食事をしてもらっている間に身支度を整え、イライアス様と共に情報屋のいる応接室に向かった。
私たちが向かいのソファに座ると、情報屋は朝早く訪ねてきた無礼を詫びてすぐに本題に入った。
「どうやら、レイハート公爵邸のメイドの命が狙いのようです。今日、レストランに予約をしているそうですね」
彼の言っているメイドというのは、パンナのことね。
「心当たりのある人間がいるから、違うレストランに行かせることにしたわ」
「元の店の予約はキャンセルされたのですか?」
「いいえ。キャンセルをすれば、相手側も計画を変更するでしょう? 目的はその使用人だけなのよね。それなら、その使用人が来なければ、わかった時点で計画を中止するはずよ」
「今回の計画を阻止できても、相手が諦めるとは限りませんからね」
情報屋はうなずくと、眉根を寄せて話し始めた。
「この件はソレイユ様が考えたもののように見えますが、実際は裏で手を引く人物がいるのではないかと思うのです。しかも相手はかなりの大物だと考えています」
この言い方だと、情報屋は相手が誰だかわかっているように感じられた。イディス様もそう思ったのか、微笑んで先を促す。
「情報料なら追加で払うよ。相手が誰であろうと遠慮なく言ってくれ。そのかわり仮定の話ではなく、確実な話になった時点での支払いだと思ってほしい」
「承知いたしました」
情報屋は頭を下げると、苦笑して続ける。
「今はまだ調べている途中ですので、確実とは言えません。調べ終わり次第、改めてご報告させていただきますが、現段階でわかっていることをお伝えしてもよろしいでしょうか」
「当てずっぽうというわけではないんだろう?」
「もちろんです」
「なら話してくれ」
イライアス様に促された情報屋は、ごくりと唾を飲み込んだあと、ソレイユの姿を見失った日、王妃陛下の侍女が例の店にやって来ていたことを話した。
もしも、本当に王妃陛下がこの件を指示し、それが公にされた場合、王家の信用は失墜する。
イライアス様を気遣ってか、王妃陛下が関わっている可能性が高いが、そうだと決めつけるのも早いと念押ししてから、情報屋は公爵邸を去っていった。
事件が起きるまでに例のレストラン近くに行かなければならないが、まだ時間に余裕がある。改めて情報を整理しようと思い、応接室に残り、イライアス様に話しかけようとした時、彼が眉尻を下げて私に言った。
「離婚したほうがいい」
「はい?」
誰の話をしているのかわからず、私は間抜けな声を上げて聞き返してしまった。
「僕と離婚したほうがいいと言ったんだ」
「え?」
どうしてそんな話になるのか。さっぱりわからなくて、声を上ずらせて尋ねる。
「そ、そんな。いきなり、どうしてそんな話をするのですか?」
イライアス様は大きく息を吐き、目を伏せて話し始めた。
「母上が関与しているなら、今の王家は終わりだ。国民の命を奪うようなことを考える人が王妃なんてありえない。そんな母から生まれた僕を領民が受け入れるはずがない。君に迷惑をかけたくないんだ」
「まだ王妃陛下が関与しているかはわかりません。侍女の勝手な判断だという可能性もあります」
可能性は低いがゼロではない。そう訴えると、イライアス様は首を横に振る。
「そうとは考えられない」
私がイライアス様の立場なら、同じことを言うでしょう。
だけど、言われる立場になったら、はいそうですねなんてすぐに納得なんてできなかった。
「ベェ?」
「ウォフ?」
ベェとルピが不思議そうな声を上げた。
ベェが持っているシルバートレイには『りこん?』と書かれている。
「離婚って意味はわかるの?」
二匹に聞いてみると、ベェはルピと顔を見合わせあと答える。
『よくわからないけど、はなればなれになっちゃうの?』
表情の変化などないはずなのに、なぜか悲しそうにしているように見えるベェに頷く。
「そういうこと。だけど、そうならないように今から努力するつもりだけど、イライアス様はそう言っているわ」
「ベェェ―ッ!」
「キューンッ!」
私の答えを聞いたベェとルピは、悲痛な声で鳴いた。ベェのシルバートレイには『いやあぁぁっ!』という文字が浮かび上がった。
「二匹とも落ち着いて!」
そう叫んだ瞬間、視界が暗転し、気がつくと私は自室にいた。
「また、時戻し?」
焦ってはいたけれど、パニックになったわけではない。今回はベェの暴走みたいなもの? 発動条件がまったくわからないわ!自分のために時は戻せないから、今回の時戻しの理由は、離婚してほしくないルピとベェのためかしら。
目の前で飛んでいる、ベェに話しかける。
「今から、王妃陛下と話をすれば間に合うかしら」
「ベェ!」
「ウォフ!」
ベェだけじゃなくルピにも記憶があるらしい。二匹は私の目の前で気合いを入れるように鳴いた。
王家の信用が失墜して困るのは、王妃陛下も同じこと。少なくとも、リット殿下は助けたいはず。話が通じるかはわからないけれど、馬鹿なことを考えるのはやめるよう交渉するしかないわね。
王妃陛下に謁見を求める書状を書き、返事を待つ間に、イライアス様に事情を話した。




