38 不審な動き ②
イライアス様が帰ってきてから三日ほどは、特に動きはなく平穏に暮らすことができた。
イライアス様と一緒に過ごす日々は楽しいし、ベェやルピもいる。ミティ様もラックス殿下とうまくいっているし、ロガンや王妃陛下たちも大人しくしている。
時戻しの魔法はもう使う必要はないかと思い始めた時のことだった。
イライアス様と一緒に執務室で仕事をしていると、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。
普段よりも勢いのあるノックに、イライアス様が目を丸くしながらも返事をすると、執事が中に入ってきた。
いつも穏やかな彼の表情が悲痛のものになっており、嫌な予感がする。
「どうかしたのかい?」
「使用人のパンナが、通り魔被害に遭い、命を落としたと連絡がありました」
尋ねたイライアス様に答えたあと、執事は悲しそうに目を伏せた。
驚きで、私もイライアス様もすぐには、言葉が出せなかった。
そんなの嘘よ。
今日のパンナは仕事が休みの日で、家族と食事に出かけるのだと嬉しそうに話してくれていた。その時の笑顔を思い出すと目の奥が熱くなる。
今日は楽しい一日になる日じゃないの!
現実を受け入れられない、私の頭の上でベェが大きな声で鳴いた。
「ベェェー!」
その瞬間、私の体は執務室ではなく、自分の自室に移動していた。
室内にある壁時計を見ると8時過ぎだった。窓の外は明るくて、太陽の光が眩しい。
ということは、朝の8時ということだろう。
寝間着姿ではないので、この時間だとそろそろ朝食の準備ができる頃だ。
日記帳を確認し、昨日書いたはずの日記が書かれておらず、一昨日で終わっていることから、私は一昨日の朝に戻ったのだとわかった。
事件が起きる前に時戻しができたのはいいものの、どういう状況でパンナが襲われたのかなど、詳しいことはわからない。
あの時の私は、パニックになってしまって、どうにかして助けなくては、という気持ちしかなかった。
イライアス様が私を助けてくれた時のように、感情のコントロールができていない。無意識のうちに時戻しの魔法を発動してしまったみたいだった。
動揺しすぎては駄目だ。とにかく、状況を整理しましょう。
報告があったのは夕方近かったから、パンナが襲われたのは、明日の昼前から昼過ぎくらいだと考えられる。
それならまだパンナを助ける時間は十分にある。
だけど、それだけではいけない。相手が通り魔なら、パンナ以外を傷つける可能性が高い。パンナだけ助ければいいというものではない。誰かを傷つけさせる前に取り押さえなくてはならない。
このままパンナを助けて、犯人が分かった時点で時戻しをすることも可能だろうけれと、それは最後の手段にしたい。
「ベェェー!」
考え込んでいる私に『どうしたの?』とベェがシルバートレイを使って尋ねてきた。
「ベェにも時戻し前の記憶はあるのよね?」
「ベェ!」
はい! と言わんばかりにベェは勢いよく前脚を上げた。
「まずは、パンナに明日のことを確認してみようと思うの。それに、レイハート公爵領内で通り魔だなんて、今まで起きなかったことよ。ありえないこととは言わないけれど、ロガンとイライアス様が話をしてすぐ後のことだから気になるわ」
ベェに話しかけていると、扉がノックされ、パンナが朝食の準備ができたと知らせてくれた。
「ありがとう。ところでパンナ、明日は休みだったわよね?」
「そうでございます。……あの、何かございましたか?」
「普段、パンナがどんなお休みを過ごしているか気になったの」
いきなりこんなことを言うなんて不自然かしらと不安になったが、パンナは気にする様子もなく微笑む。
「大したことはしておりません。ウィンドウショッピングをすることが好きですが、明日は家族で出かけることになっているのです」
「そうなの。普段は、どんな所に出かけているの?」
朝食をとるためにダイニングルームに向かいながら、パンナから情報を聞き出した。
その後、合流したイライアス様に話をして、今日はイライアス様に仕事を任せ、私は通り魔の件を調べることにした。
調べていくうちにわかったのは、私への報告漏れだった。ソレイユが何度か、レイハート公爵領内の繁華街に現れていることは聞いていたが、彼女を見失い、何をしているかわからない時間があったことが報告されていなかった。
見失ったことは仕方がないにしても、わざと報告しない理由にはならない。二人がソレイユに加担している恐れもある。厳しいと思われるかもしれないが、その時間、ソレイユを監視していた二人は解雇し、新たに人を雇うことにした。
ソレイユが絡んでいるのなら、執事は通り魔だと言っていたけれど、本当は違い、最初からパンナを狙っていたのかもしれない。
ソレイユは私とパンナの仲が良いことを知っているもの。だから、私への逆恨みで彼女を襲わせた可能性が高い。
絶対にソレイユの思い通りにはさせない。
パンナには予約をしていたレストランではなく、日頃の感謝も込めて、彼女が一度は行ってみたいと口にしていた高級レストランに行ってもらうことにした。




