真実の愛に気付いた王太子に告げられた婚約破棄を受け入れた公爵令嬢の話
「スカーレット・バゥム。貴女との婚約を破棄する」
見下すような瞳で、王太子ロランはバゥム公爵令嬢スカーレットに告げた。ロランが座る傍らには、甘えるように彼を見上げる小柄な姿がある。国王は病床にあり、政治的実権はロランが握っている。居並ぶ廷臣が戸惑いにざわめいた。
「私は真実の愛に気付いたのだ。貴女との偽りの関係を清算し、自分自身の生を取り戻さねばならぬ。もはや己を欺くことはできぬのだ!」
ロランは傍らの愛しい存在に目を向けて微笑む。スカーレットは無言でロランを見つめていた。ロランは再びスカーレットに向き直り、怒りと憤りを彼女にぶつける。
「聞けば、貴女は彼女に対しひどい仕打ちを繰り返していたというではないか。彼女を追い立て、部屋から追い出し、食事も与えず、安心して眠ることすら難しい状況に追い込んだ。この国の貴き身分にある貴女が、かような下劣な品性を宿していること自体が度し難い。貴族とは常に寛容と慈悲を旨として振る舞う者であるべきであろう」
ロランの非難がスカーレットの人格に及び、廷臣たちのざわめきと緊張が大きくなる。王家は本気でバゥム公爵家との決裂を望んでいるのか? 皆の視線がスカーレットに集まる。スカーレットは無言のまま、表情を動かすこともない。その意図を計りかね、皆は沈黙を守る。下手に発言すれば後の身の振り方に影響を与えかねない。
「父は病に伏し、この私こそが国を動かす頂にある。もう誰に気兼ねする必要があろうか。この国は私のものだ。私こそ国である! ゆえにスカーレット、貴女は私に、この国に不要である! 今日の限りを以て貴女を国外追放とする! 己の罪を省み、後悔の日々を送るがいい!」
廷臣たちが一様に唖然とした顔でロランを見る。貴人に対して明確な罪状もなく、裁判も経ず、弁明も聞かずに追放処分を通告するなど前例がない。もし本気で言っているのなら、これはバゥム公爵家に対する宣戦布告に等しい。これは、国を二分する内乱になる――誰かがごくりと唾を飲んだ。
「さあ、君も言ってやるがいい! 貴女の居場所はこの国にはないと!」
ロランは傍らの愛しい存在の頭をなでる。彼女はスカーレットに顔を向けた。つぶらな瞳がスカーレットを見つめ、彼女は口を開いた。
「にゃー」
廷臣たちの祈りが、願いがスカーレットに集まる。どうか断ってくれ。バカなことを言うなと一蹴してくれ。そうすれば家臣一同が総力を挙げてこのバカ王子を取り押さえるから。猫好きだと気付いたから婚約を破棄って何の冗談だよ。
どこか異様な雰囲気の中、スカーレットはくわっと目を見開き、力強く王子に告げた。
「ならばやむなし!」
背筋をまっすぐに伸ばし、スカーレットは踵を返す。廷臣たちはがっくりと膝をついた。この国は終わりだ。国王様、はよ病気治して帰ってきて。絶望に染まる空気の中、ロランは去り行くスカーレットの背中を見送る。
「さすがはスカーレット・バゥム公爵令嬢。その潔さは称賛に値する」
ロランの感嘆が室内に虚ろに響き渡った。
スカーレットは犬派だった。




