EP① コトリと寅
『古小烏コトリ』
私の名前だ。コトリという名前はお母さんが付けてくれた。
『翼を広げ、大きく羽ばたく鳥のように、大きな人間になって欲しい』という、割とありふれた理由で付けてくれた名前。
だけど、それなら『ツバサ』など飛んでいけそうな名前が一般的だと思うが、私はコトリだ。飛べたとしても、屋根から屋根の間ぐらいが限界だ。
とはいえ、私はこの名前を気に入っている。そんな大きな人間になるとは思えないし、なりたくもない。コトリぐらいがちょうどいい。
古小烏というのは、当たり前だが、お父さんの苗字だ。
このあたりの地名から来た苗字で、先祖を辿れば、歴史を変えるほどの偉い人物がいたとかいないとか。一応、この辺りでは割と有名な召喚士の家系なのだ。
召喚士と言っても、呪いや、霊媒師みたいな胡散臭いものでは無く、文字通りの召喚士。
干支神を司る召喚士の家系だ。
私も、その家の血を引いている。お母さんは、別の家系からこの家に嫁いできた。いわゆる、政略結婚というやつだ。
政略結婚というと聞こえは悪いが、お父さんとお母さんはとても仲が良く、見ているこっちが恥ずかしくなる。両親の名前は、〔父:古小烏 さとり〕、〔母:古小烏 猫〕という。
娘としては恥ずかしいが、二人は『さー君』『ネコちゃん』と呼び合うほどの間柄だ。
結婚当初は、干支神を司る家系に猫が来ることに抵抗がある親戚もいたそうだが、今の二人の仲の良さに、そんな声はすぐに消えたらしい。
「コトリー!!起きてるのーー?」
私を呼ぶ声が、1階の方から聞こえてくる。お母さんの声だ。
「起きてるから大丈夫ー!!」
「早くおりてきなさーーーい」
今日は、召喚士として私がやっていく第一歩。『寅』との契約の日だった。
昨日から今日が楽しみ過ぎてあまり眠れなかった。
お母さんは私の顔色を見てすぐに寝不足であることに気づく。
「もーう!早く寝なさいってあれだけ言ったのに!!目の下が真っ黒だよ!」
「ちゃんと寝たよ…でも楽しみ過ぎて。。お父さんは?」
「さー君はもう出て行ったよ!『今日はコトリの大事な日だから先に準備に行く!来世で会おう!』って浮かれてたよ」
微妙なセンスのボケの父、ボケに気付かない母。嚙み合ってないようで、噛み合ってる夫婦関係。それが私は誇らしい。自慢の両親だ。
「そっかぁ。嬉しいな」
「さー君はコトリの事となると張り切りすぎる癖があるから、無理してたらコトリがさー君を止めてあげてね!」
「わかったよ!善処します!」
「よし!じゃあ顔を洗って、行ってきなさい!」
「はーい!」
お母さんは、おっとりした性格をしている。でもここぞという時は頼りになる。
実は古小烏家よりもお母さんの家の方が名家らしく、お父さんとお母さんだと、戦闘力はお母さんの方が高いらしい。普段は父を支えるいい奥さんにしか見えないけど、実はあの銀色の眼で父を洗脳しているのかもしれない。
私の髪と眼は銀色をしている、これはお母さんの家系譲りだ。ちなみにお父さんの髪と眼は一般的な濃い茶色だ。
お母さんの眼には人を操る力があるらしく、村の一部の人は、お母さんと眼を合わせるのを嫌がる人もいる。だからか、お母さんはいつも笑顔で、目を合わせないようにしている。
私も同じ銀色の眼をしているが、お母さんの力は遺伝しなかったのか、操る能力は全くない。そもそもお母さんが人を操ったりしているところも見たことは無いのだけれど。
私はお父さんの家系の血が強く、召喚士の力は遺伝したみたいで、今日はその第一歩『寅』との契約をすることになっている。
◇
私はお父さんがいるという村外れにある、広い丘に来た。
お父さんはすぐに私に気付き、大きく手を振る。その横にお父さんと仲良く話す人の姿が見えた。
「コトリー!!こっちだー!」
私が近づくとお父さんが大きな声で私を呼ぶ。
「お父さん!早いよー!一緒に行こうって昨日言ってたじゃん!」
「まぁな!でもせっかくの娘の晴れの日だし、盛大に祝いたくてな!!」
「嬉しいは嬉しいけど、、」
私は、私も浮かれているのを悟られないように、髪の毛で顔を隠しながらこたえる。
「それより、お父さんの隣にいる方は誰ですか?」
「おーー!なんだ?気になるか?」
「ちょっとうざい」
「…父傷ついちゃう」
お父さんの隣にいた人は、私より濃いめの銀色の髪に少し黒のメッシュが入った髪をしている。眼の色は青く鋭い。服装は赤を基調にした迷彩柄のジャケットと、黒のパンツを履いた、いかにもワイルド系という風貌の男性が立っていた。
「はじめまして!コトリさん!私は寅と言います」
「え?寅って、、干支神の寅さん?」
見た目とは裏腹に、とても礼儀正しい好青年という印象だった。
寅さんに動揺する私を見てお父さんがしたり顔をしている。
「おどろいた?」
「本当にうざいよ」
「父ショック!」
そんな親子の会話を聞いていた寅さんが私達を見て笑う。
「さとりさんも父親なんですね!いつもと様子が違っていて面白いです」
「おい!寅!俺の可愛い娘に変なことするなよ!」
「しませんよ!お父さん!」
「お前にお父さんなんて言われる筋合いは無いんだからね!」
謎のツンデレ父を見て本当に恥ずかしくなり、私は大きくため息をし、呆れ声で話す。
「お父さん本当にうざい」
◇
これが、私と寅の最初の出会いだった。
私が困った時にいつもそばにいてくれてありがとう。
未熟な私を初めから理解してくれようとしてくれてありがとう。
『ありがとう』の気持ちを思い出させてくれてありがとう。