3.通行人S③
オリバーの恋人になって3日経とうとしていた。
相変わらず私は片思いのときと変わらない、なんならそれ以上の恋心をオリバーに抱いてる。
両想いのいいところは、‘‘好き‘‘という感情を一切隠さなくてもいいところ。
そして、自分が与えた愛を相手も同じように返してくれる可能性が非常に高いこと。
その日も同じように教会の掃除の仕事をしていた。
ただいつもと違うところは夕日が教会を照らすことを辞めても、私が掃除を続けていることだろうか。
私は汚れが一切ない綺麗な窓を必死に拭き、今思いつく中で1番最悪な状況を必死に否定した。
「今日はオリバーくん迎えに来ないの?」
私を気遣うように、ムーアさんが優しく私に尋ねた。
いつもはとっくに私を迎えに来てるはずの時間になってもオリバーが教会に現れることはない。
オリバーも仕事をしているのだから仕方がないこと。気にすることではない。
それでも心配をしてしまうのは彼の職業が関係している。
「魔法騎士の仕事が忙しいのかもしれませんね。」
私は当たり障りのない回答をし、その場を凌ぐ。
内心オリバーが迎えにこないことが不安で不安で仕方がない。
仕事中になにかあったんだろうか?
オリバーは魔法騎士だ。
常に危険と隣り合わせ。
迎えに来れない理由が知りたい。
オリバーが無事であるならそれでいい。
どんなくだらない理由でもいいから…。
オリバーが生きて笑ってさえくれればそれで…。
仮に私への気持ちが薄れ、迎えに来ることが面倒になった、そんな理由でもいいのだ。
オリバーが無事であるなら。
教会のドアが勢いよく開いた。
私は心底ホッとした気持ちで、教会のドアへと視線を移す。
「ソフィアごめん!遅くなった!」
申し訳なさそうにオリバーは私に謝った。
うん、とても元気そう。体に異常はなさそう。
よかった、本当によかったんだけど…。
「オリバーその方は…?」
申し訳なさそうに謝っているオリバーの横には、綺麗な緑髪を1つに纏めた長身でスタイルのいいお姉さんが面倒そうに立っている。
恐らく私たちと同い年くらいだ。それなのになぜお姉さんと呼んだのか?
年上だと思わないと立ち直れないほど彼女のスタイルがよかったからだ。
低身長で、女性らしい身体つきとはかけ離れた私からしたら羨ましくて仕方がない。
「ああ、彼女はニイア。今日から魔法騎士として一緒に働くことになったんだ。ニイアに仕事を教えてたから遅くなった!本当にごめんな、ソフィア。」
モヤモヤもやもや
心に靄がかかったようだ。
仕方がない。
仕方がないのだ。
ただ仕方がないと思っているときは、大抵納得できない時なのだ。
仕事を教える、仕方がない。
仕事を教えていたから迎えが遅くなった、仕方がない。
彼女を迎えに来るのに、綺麗なお姉さんを連れてくる。仕方がない…わけがない!!!
「そっか~…。お仕事忙しいのに迎えきてくれてありがとうね…。」
例え今不満に感じていても、それを口にできる勇気を私は持っていない。
冷静と言えば聞こえがいい。彼の仕事に理解がある私、ならもっと聞こえがいい。
とにかく嘘でもいい、自分は理解のあるいい女と錯覚しないとこの状況を乗り越えることができない。
「どんなに忙しくても絶対迎えに行くよ。ソフィアが1番大切だから。」
な、ななななななななにを言っているんだ、この男は!!!!!!
こんな皆の前で!!!!!!突然!!!!!!!!
私はもちろん顔が一瞬で赤くなった。だが、顔が赤くなったのは私だけではない。
心配そうに見守っていたムーアさんとアンさんも口に手を当てて、顔を赤くし、嬉しそうに私とオリバーを見つめている。
「帰ろうか、ソフィア。」
オリバーはそう言うと、放心状態の私の手を引いた。
「オリバー先輩、私のことも家まで送ってくれるんですよね?」
ニイアさんがオリバーの肩に手をのせながら、オリバーに聞いた。
あんなに幸せな気持ちでいっぱいだったのに不安な気持ちが一気に押し寄せた。
不安でいっぱいになっている顔を隠すかのように私は思わず俯いた。
「ソフィアの家の通り道だから…。ついでにね。」
オリバーはそう言うと、私を安心させるかのように少し強く私の手を握った。
わざとらしくも感じる私への気遣いに思わず泣きそうになった。
とても不器用だけど、絶対に私を傷つけないようにと努力してくれる素敵な人。
ニイアさんはそんな私たちを見てつまらなそうに顔を背ける。
ニイアさんの家は本当に私の家の通り道にあった。
ニイアさんは案外あっさりとした別れの挨拶を交わすと、大人しく家の中へと入って行った。
「ようやく2人になれた。」
オリバーはそう言うと、私の頭に軽くもたれかかる様に頭を寄せた。
ずるい男すぎる。全部どうでもよくなる。
好きって気持ちが溢れそうになる。
溢れても溢れても湧き出るオリバーへの気持ちをぜひ再生利用可能エネルギーとして、世のため人のために利用できないだろうか。
幸せすぎて怖いから、罰が当たりそうで怖いから、人の役に立つことで、なんとか調和をとりたい。
そんな考えこそが卑しくて浅ましいのだろうけど。
「オリバー…、私が不安に思っていたこと気づいてくれたんだね。」
「前にも話しただろ。俺に隠し事はできないよ。ソフィアの考えていることなら何でも分かる。」
嬉しくて涙が出そうになる。涙を流したら、オリバーが心配するから我慢するけど。
私がオリバーに返せる気遣いなんてその程度なんだ。
「ありがとう。でも!ムーアさんとアンさんの前で少し恥ずかしかった!」
「いや!俺のが恥ずかしかったから!」
そう言いながら笑うオリバーの顔が世界で1番大好きだ。
眩しい笑顔のオリバーを見ていると、私も思わずつられて笑顔になれる。
そんな特殊魔法なんかよりも、もっと特別で素敵な魔法をオリバーは使えるのだ。
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「おかえりなさい。機嫌がよさそうね。」
オリバーに送ってもらい、家の中へと入ると、10年後の私が話しかけてきた。
10年後の私と険悪なムードが続いていたが、今日の私は特別機嫌がいい。
少しは優しく私自身と話せそうだ。
「まあね。オリバーのおかげよ。」
「付き合って3日…。ニイアが魔法騎士になった頃ね。オリバーが仕事を教えて、あなたを迎えに行くのが遅くなった。」
10年後の私なのだから、話さなくても知っているのは当たり前だ。
でもなぜか嫌な気持ちになった。
彼女は私が話さなくても今日のことを知っている、実際に彼女も10年前に同じことがあったから。
…そう、それなのに…それなのに彼女は私とオリバーが一緒にいることを拒んでいる。
彼女も10年前に私と同じように幸せな気持ちになったはずなのに。
私が不幸になると思っている。
いや、思っているのではない。
彼女は実際に不幸になったのだ。だから、私がこれから不幸になることも知っている。
分かっている、彼女はずっと意地悪で言っているのではない。
私への切実な‘‘忠告‘‘なのだ。
「ねえ…私にどうしてほしいの…?」
「ずっと言っているでしょ。オリバーと別れなさい。オリバーを好きでいるのを辞めなさい。オリバーのことはもう忘れなさい。」
真剣な顔で、視線を逸らすことも瞳が揺らぐこともない。
それだけで10年後の私が本気で言っている事がわかる。
「…それは…どうして…?」
「不幸になるから。10年後のあなたが不幸になるからよ。」
「私が不幸になることにオリバーが関係しているの…?」
「関係しているどころか元凶よ。」
手が震えた。
彼女の言っていることが本当なら10年後に一体なにが起きるのだろうか…?
こんなにもオリバーを恨むほど…。
あれ…いや、別にオリバーを恨んでいるわけではないのか…。
そんなことは一言も言っていないはずだ。
それなら…10年後の私は…?
「ねえ…あなたもオリバーが好き?」
初めて10年後の私が顔を歪めた。
泣きそうな顔で、震えた声で10年後の私は今の私と同じ答えを導く。
「世界で1番大好きよ…。」