流転の國 エルフの里⑨
「…これで本当に終わりね」
リスの『烈風』魔術によって喉を切り裂かれ息絶えたアラタ。その後、彼の遺体は『大炎上』(炎系統魔術)と『抹消』(禁術)というマヤリィの魔術によって、跡形もなく消え去った。
「シャドーレやネクロに任せた件も含めて、報告会は明後日に行うわ。皆、ご苦労だったわね」
「はっ!」
「勿体ないお言葉にございます、ご主人様」
ルーリ、シェル、リスの三人が跪いて頭を下げる。
「この後は自由時間にしなさい。私は玉座の間に戻るから、何かあったら念話を送るように」
マヤリィはそう言うと、玉座の間に『転移』していった。
「私も玉座の間に戻る。…リス、よく頑張ったな」
ルーリがリスを労う。
「勿体ないお言葉にございます、ルーリ様。私の代わりに、あの馬鹿を戦闘不能にして下さったと伺っております。本当にありがとうございました」
「ああ。少しでもリスの役に立てたならよかったよ。…今日はゆっくり休め。シェルもな」
ルーリは美しい微笑みを二人に向ける。
「はっ!お優しいお言葉に感謝致します、ルーリ様。リスも疲れていると思いますので、この後は自室にて休ませて頂く所存です」
シェルが恭しく頭を下げる。というのも、ルーリはマヤリィの側近にして、今や流転の國のNo.2である。本来ならば明確な序列のない流転の國だが、彼女に対しては皆が一目置いている。
「…明後日の報告会までに今日の出来事を書類に纏めておく。二人は出席だけしてくれれば、後のことは考えなくていい」
「しかし、ルーリ様…!」
「気にするな。私はここで起きた全てのことを見ていたから。…お前達の負担を増やしたくないんだ」
第4会議室では直接手を下さず、会話もせず、ほとんど傍観者と化していたルーリだが、それゆえに私情を挟むことのない、分かり易く事務的な報告書を書くことが出来るだろう。
「…ルーリ様、何から何までありがとうございます。では、お言葉に甘えまして、貴女様にお任せしたいと思います」
シェルの言葉を聞いたルーリは安堵の表情を浮かべると、
「ああ。任せてくれ。…それじゃ、また報告会で会おう」
そう言い残して、玉座の間に『転移』した。
その頃、第5会議室には、シャドーレとミノリによって保護されたエルフの女性や子供、そして悪法に憤りを感じていた心優しいエルフの男性が待機していた。今、彼等の体調を把握する為に、シロマが一人一人の様子を確認している。
(ここにシロマ様が待機して下さっていて本当によかった…。これで、ひと安心ですわね)
かつて『クロス』が流転の國にやってきた時、隊員達を待機させる為に使った第5会議室。今、この広い部屋は保護されたエルフの民の休憩場所となっている。
(ところで、私はいつまでエルフの姿でいれば良いのかしら…)
エルフの使者に『変化』したまま皆の前に立っているシャドーレ。そんな彼女の元へ、エルフ達の体調を確認していたシロマが戻ってくる。
「シャドーレ様、皆の体調を確認して参りました。ほとんどの者は問題ありませんが、リスさんのように療養を必要とする女性もいます。重大な病や大怪我を負っている者はおりませんので、そこはご安心下さいませ」
「ありがとうございます、シロマ様」
そこへ、エルフの里の最終確認に行っていたミノリが帰還する。
「エルフの里全土に呼びかけてみたけど、保護されることを希望しているのはここにいる人達で全員みたい。恐らく、ご主人様の『救済作戦』に反発したエルフ達は、残らずネクロが……」
ミノリと言えども、その先を想像するのは怖かったが、シャドーレは平然とした顔で言う。
「つまり、後はネクロ様に全てお任せすれば良いということですわね?…では、私達は『エルフの民保護作戦』完了の報告を致しましょう」
「ええ、そうね…。ミノリ達の任務は完了したわけだし、今後のことはご主人様に相談するべきよね」
ミノリとシャドーレは顔を見合わせて頷くと、マヤリィに向けて念話を送るのだった。
《こちらマヤリィ。…了解よ。すぐに行くから待っていて頂戴》
玉座の間に戻ったマヤリィは念話を受け、すぐに第5会議室に向かおうとする。
「『保護作戦』完了の報告にございますか?マヤリィ様」
既に玉座の間に戻ってきていたルーリが訊ねる。
「ええ。ミノリによれば、エルフの里にはもう保護するべき人々は残っていないそうよ。この先は、第5会議室にいるエルフ達の今後について考えなければならないわね」
マヤリィはそう言うと、
「貴女は引き続き、ここで待機していて頂戴。頼んだわよ、ルーリ」
「はっ。畏まりました、マヤリィ様」
マヤリィはルーリの返事を聞くと、すぐに第5会議室に『転移』した。
「三人共、ご苦労だったわね。貴女達が迅速に保護作戦を進めてくれたお陰で、救済作戦のその後も特別任務も成功したわ」
マヤリィはそう言うと、跪こうとする三人を制して、
「詳しいことは明後日の報告会で聞くとして、今はここにいる人々のこれからを考えましょう」
そのままエルフの人々の前に立つ。
「エルフの皆さん、『流転の國』へようこそ。私はこの國の最高権力者を務めているマヤリィ。そこにいるガラドリエルの主であり、貴女達の安全を保証する者よ」
《な、なぜマヤリィ様は私がそう名乗ったことをご存知なの…!?》
いまだに『変化』したままのガラドリエルことシャドーレは、慌てて念話でミノリに聞く。
《ご主人様は何もかもお見通しなのよ。あの御方は…そういう御方なの》
《成程…。本当に恐ろしい御方ですわね…》
ミノリから説明にならない説明を聞いて、シャドーレはそうなのかもしれないと納得してしまう。…それでいいの?
「これから先、皆にはこの私の配下として、流転の城で働いてもらいたいと思っている。…とは言っても希望者だけね。城での生活を希望しない人には移住先を考えるつもりだけれど、それには時間がかかるかもしれないわ。…どちらにせよ、今はこの場所で安心して過ごして頂戴。そして、貴女達が心穏やかに健やかに暮らすことの出来る方法を、一緒に考えていきましょう」
『拡声』魔術を使ったマヤリィの声は、確かにエルフ達に届いたらしい。話し終えた途端、盛大な拍手が沸き起こったのだ。
「流転の國の主様!ありがとうございます!」
「私は貴女様について参ります!」
「このご恩は生涯忘れません!」
「本当にありがとうございます!」
エルフ達は口々に感謝の言葉を叫んだ。
「よかったです、本当に…」
気付けば、その様子を見ていたシロマが涙ぐんでいる。
「皆様のお陰で、ここにいるエルフの方々は救われたのですね…」
傷付いたリスを間近で見守っていた彼女は、同じ境遇に置かれていた女性達が救われたことを実感して、心の底から安心するとともに感動していた。ご主人様をはじめ、シャドーレやミノリの行動によって皆が救われたのだ。
そんなシロマにミノリが言う。
「エルフの人達を救った皆の中にはシロマも入ってるわ。シロマがここにいてくれたからこそ、ミノリは安心して保護するべき人達を迎えに行けたの。そうよね?シャドーレ」
「ええ。その通りですわ。シロマ様のお陰で、私達は『保護作戦』を実行することが出来ました。…ネクロ様も仰っていましたが、我々黒魔術師は人を癒す魔力というものを持っておりませぬゆえ、傷付いたリス様を救って差し上げることが出来ませんでした。此度の一件で、改めて白魔術の偉大さを実感しておりますわ」
シャドーレの出身地である桜色の都は圧倒的に白魔術師が多い為、特にその重要性を感じることはなかったのだが、マヤリィ直属の配下として流転の國の一員となったのちにシロマという最上位白魔術師に出会い、それまでの考えは一変した。…勿論、このことは誰にも話していないが。
「確かに、ネクロはリスの話を聞いた時、随分と悲しそうにしてたって聞いたわ。…ミノリは魔術書さえあれば回復魔法も発動出来るけど、白魔術って難しいのよね」
書物の魔術師ミノリは、魔術書を解析することによってどんな属性の魔術でも発動出来るが、それでも白魔術は難しい部類らしい。
三人が話し込んでいると、シャドーレの元へ念話が入る。
《こちらシャドーレにございます。…畏まりましたわ、ネクロ様。すぐに参ります》
それは、ネクロからの連絡だった。
「シャドーレ、ネクロはなんて言ってた?」
「実験完了の報告よ。これから、もう一度エルフの里まで行ってくるわ」
マヤリィに直接報告に行かないところを見ると、これも事前に決まっていたことらしい。
「実験とは、もしやネクロマンサーの……でございますか…?」
シャドーレの言葉を聞いて、シロマの顔が青ざめる。
「ええ。ネクロ様の実験が終わり次第、連絡を下さるようにとお伝えしていましたの。…では、後処理のお手伝いに行って参ります」
そう言うと、すぐにシャドーレは『転移』した。
シャドーレは涼しい顔をしていたが、残されたミノリとシロマは恐ろしさに震えている。
「…シロマ。ミノリは黒魔術書だけは解析しないことにするわ」
「…はい。その方がよろしいかと思います。シャドーレ様は、やはり只者ではございませんね」
ネクロやルーリは悪魔種だが、シャドーレは黒魔術師というだけでミノリやシロマと同じ人間である。なのに、ネクロマンサーの実験と聞いても怖がらないし、むしろ積極的に後処理に向かったように見える。
「シャドーレって、これまでどんな人生を送ってきたんだろう…」
今更ながら、桜色の都の精鋭黒魔術師部隊『クロス』の副隊長を務めていた頃のシャドーレに思いを馳せるミノリであった。
その後、マヤリィは第5会議室だけでなく他の空き部屋も使って、エルフ達が安心して休める環境を作り出しました。
そのうちの数人は、早くも流転の城のメイドになることを希望し、メイド長であるミノリの配下になったとか。