流転の國 エルフの里⑦
愚かなエルフ共の処分はネクロマンサーの役目。
大切な仲間を傷付けた男に天誅を下すのはサキュバスの役目。
情け容赦のない二人の悪魔がエルフ達に襲いかかります。
時は遡る。
ジェイとルーリが書庫で地図の解析を終えた後、マヤリィはネクロを呼んで『エルフの里救済作戦』の交渉役を務めるよう命じた。
「はっ。畏まりました、ご主人様。エルフの里がこの流転の城のように皆にとって平和な場所になるよう、交渉役として力を尽くして参ります」
「ええ。よろしく頼むわよ、ネクロ」
「はっ!」
流転の國の方針は『誰もが心穏やかに健やかに自由に過ごせる環境』を作り、それを維持することである。たとえ配下であっても、緊急時には主に助けを求めることも許される國である。
「それにしても、リス殿のように苦しむ人々がいるのは許し難いことですな。少し故郷を離れている間にそんなことになるとは、シェル殿もリス殿もお気の毒でございます」
事の一部始終を聞いたネクロはそう言って肩を落とす。自分の持つ魔力では傷付いたリスを救うことが出来ない。それが悲しかった。
「出来れば、エルフの里の若き族長には我が國の方針を理解してもらい、皆が平和に暮らせる里を作って欲しいと思っているわ。けれど、リスの話を聞く限りでは、そう簡単にはいかないような気がするのよね」
それを聞いて、ネクロは不安になる。
「畏れながら、ご主人様。万が一、交渉が失敗に終わり、悪法が蔓延るエルフの里を変えられない場合はいかが致しましょう?」
「その時は、悪法を作った族長とそれに賛同した愚か者共を殲滅するまでだ」
マヤリィの代わりにルーリが答える。
「エルフの里の地獄を終わらせるにはそれしかないだろう」
「ちょっと待ってよ、ルーリ」
話を進めようとするルーリをジェイが制する。
「リスを傷付けた者達に報いを与えるのは当然のことだと思うけど、殲滅するなんて…。姫は本当にそれでいいんですか?」
これまで、罪を犯した者に対しても慈悲深く接してきたマヤリィは、目的の為なら殺戮を厭わないルーリとは考え方が根本的に違うので、ジェイは少し心配になる。しかし、優しすぎる主と情け容赦のない配下の組み合わせはある意味バランスが良いと言えるかもしれない。
マヤリィは悩む。
「…そうね。どうするのが一番良いのかしら」
これまでのように、罪人達とともに償いの方法を探していくという選択肢もある。しかし、さすがのマヤリィも、強姦罪を合法化しているに等しいエルフ達のことは許せないと思った。
そして、暫く考え込んだ末に、最悪の事態を想定した上でネクロに命じる。
「…ネクロ。もし交渉が決裂した場合、その場にいるエルフの処分をお願いしていいかしら」
「姫!?」
「マヤリィ様!?」
ネクロが返事をする前に二人が驚きの声をあげる。エルフの…処分!?
「ご主人様…!本当に、よろしいのですかな…!?」
ネクロ本人は嬉しそうにマヤリィを見る。
「思い出したのよ。確か、前に貴女は黒魔術の実験台を欲しがっていたわね?」
「はっ。私などの願いを覚えていて下さったとは、恐悦至極に存じます」
(黒魔術の実験台…)
かつて天界から密偵として送り込まれたユキの処遇について考えていた時の話をジェイは思い出す。
今一度自分に絶対の忠誠を誓うことで罪を不問にするというマヤリィの提案を、ユキがそれは許されないことではないかと躊躇してしまった時のやりとりだ。
(確か、こんなことを言ってたような…)
ジェイは回想する。vol.1参照。
「貴女、言葉が通じないの?…私、きちんと話を聞いてくれない人は好きではないのだけれど」
(玉座の間が崩れそうな魔力圧ですな…!)
マヤリィの殺気は、玉座の間を揺るがしかねないほどの魔力を帯びていた。
「もう一度言う。私の配下になりなさい。…拒むなら、貴女をネクロに引き渡す」
「本当でございますか、ご主人様!?…ユキ殿、ご主人様に誓って拷問は致しませんが、黒魔術の実験台となって頂きますぞ」
回想終わり。
(そうだ。その時からネクロは実験台を欲しがってたんだ…!)
かなり前の話だが、ジェイは鮮明に思い出した。
「貴女は死を司るネクロマンサー。その力を極めるにはどうしても『実験台』が必要なのではないかしら?」
「はっ。仰る通りにございます、ご主人様」
「あくまでも結果次第だけれど、万が一『救済作戦』がうまくいかなかったら、里の人々を苦しめてきた愚か者共の処分を全て貴女に任せるわ。…こんな機会、滅多にないものね」
マヤリィは言う。まるで、最初から作戦が失敗するのを見抜いているかのようだ。
「けれど、貴女も知っての通り、私は誰かが苦しむのを見るのは嫌なの。だから、実験をするとしたら私の見えない所でやりなさいね」
「はっ!畏まりました、ご主人様。万一の場合には、愚かな者共の身体を余すことなくこのネクロマンサーの糧にさせて頂きます」
『隠遁』のローブの下で、ネクロの目が光った。
「ええ。一人残らずね。…任せたわよ、ネクロ」
「はっ!」
マヤリィにとっては一番憂鬱な作業も、ネクロにとっては『ご褒美』のようなものである。
勿論、交渉の末に流転の國の方針が族長達に受け入れられた際は『エルフの里救済作戦』の文字通り、マヤリィ達が彼等を支援する為に動くことになる。
(これが成功したら『エルフの民保護作戦』は必要なくなるから、内政に詳しそうなシャドーレも呼んで、その後の改革について話し合うことにしましょう)
成功した場合は自分自身がその場で事細かく指示を出せばいい。マヤリィはそう思った。
一方、ジェイとルーリはそれぞれ複雑な思いを抱えていた。
(ネクロの実験台…。姫、それって普通に殺すより残酷じゃないですか?)
(マヤリィ様…私の出番はないのでしょうか…?)
二人は念話で会話することもせず、意気消沈していた。
しかし、次のマヤリィの一言でルーリの目が輝く。
「ルーリ、貴女には特別な任務を与えるわ」
「はっ!畏まりました!なんなりとお申し付け下さいませ、マヤリィ様」
ルーリは嬉々として答えると、マヤリィの御前に跪く。
「貴女に頼みたいのは、リスを傷付けた張本人を捕らえて流転の城まで連れてくることよ。他の者には任せられないわ」
マヤリィは言う。
「リスの記憶を辿ればすぐに顔も名前も分かるはずだから、その青年を貴女の『魅惑』で戦闘不能にしてからこの城に連れてきて頂戴。リスの主として、彼には私が直接ご挨拶しないとね」
『救済作戦』の成功の可否にかかわらず、ルーリの任務は確定事項である。
「畏まりました、マヤリィ様。そのような重要な任務をお任せ下さり、光栄の極みにございます。必ずやリスを傷付けた愚か者を見つけ出し、私の『魅惑』魔術を使い、マヤリィ様の御前に連れて参ります」
少し前、ルーリの魔力を使って、昔バイオを辱め傷付けた桜色の都の看守達に天誅を下したが、その時と同じことをするつもりなのだろうか?
城に連行した後のことは何も説明しなかったが、リスの婚約者だといって無理やり彼女の貞操を奪った青年だけは許せないとマヤリィが思っているのは確実である。それは皆が理解していた。
「ところで…あの…」
そう言いかけたのは、完全に置いてけぼりにされているジェイだった。
「…姫、僕は何をすれば良いでしょうか…?」
散々怖い話を聞かされたジェイは不安そうに訊ねる。
ルーリは天性の殺戮者だし、ネクロは生きた実験台を欲しがるネクロマンサーだが、ジェイはいたって普通の人間である。バイオの仇に天誅を下す作戦を立てる際も途中で退出したし、こういう怖そうな作戦には向いていない。
「貴方は…そうね……。どうしようかしら………」
ジェイの任務に関しては何も考えていなかったマヤリィだが、凄惨な現場に彼を立ち会わせるわけにはいかないことくらい分かっている。
「そうね…今回の作戦では色々と恐ろしいことが起こるかもしれないから、貴方は自分の部屋に待機していなさい。何かあれば念話を送るから」
「ありがとうございます…。姫は大丈夫なんですか…?」
「…大丈夫ではなくなったら、すぐに貴方の所へ帰るわ。そしたら、いつものように私を抱きしめて頂戴」
甘い声でジェイにささやきかけるマヤリィ。
いきなり恋人の顔になるマヤリィを見て慌てるジェイ。
「わ、分かりました…!ある意味、これが一番大切な任務ですね…!」
「ええ、そうよ。貴方にしか頼めないの」
《…ネクロ、今マヤリィ様がなんと仰ったか聞こえたか?》
《いえ、聞こえませんでした。しかし、一番大切な任務とは…。非常に気になりますな》
実際のところ、ジェイに与えられた命令は自室待機だが、マヤリィが精神的に不安定になった場合のことを考えると、そういう役割も必要なのかもしれない。
そして、現在。
『エルフの里救済作戦』は族長の最後の言葉によって失敗に終わり、リスをはじめエルフの女性達を苦しめた者共に報いを与える時が来た。
「では、私はこれで失礼するわ。もう二度と会うことはないでしょうね。…さよなら、エルフの里の皆さん」
マヤリィは静かにそう言うと、
「後は自由になさい、ネクロ」
ネクロにそっと耳打ちして、すぐに『転移』していった。
「ふふふ…ふふふふ……」
この場にいる愚かなエルフ共は全て実験台になった。
ネクロは喜びに打ち震えながら、恐ろしい声で告げる。
「只今をもちまして『救済作戦』は終了にございます。こののち、皆様には私の実験台となって頂きますぞ」
そう言って『悪神の化身』を手にしたネクロは、笑いながらエルフ達に襲いかかるのだった。
(エルフ共は憐れだが、ネクロが嬉しそうで何よりだ。本当に実験台が欲しかったんだな…)
ルーリは離れた所で、彼女の恐ろしい所業を平然と見ていた。
ネクロマンサーもサキュバスも同じ悪魔種に属してはいるが、ルーリには『死霊使役』などの魔術は使えない。だからといって、それが恐ろしい魔術だとも思わない。
マヤリィが「私の見えない所でやりなさい」と言ったネクロの実験。ジェイが見たら卒倒しそうなネクロの実験。それを平然と見ていられるルーリはやはり二人とは違う種族なのだろう。そして、今から始める任務もまた然り…。
(さて、ネクロも絶好調のようだし、そろそろ私も自分の役割を果たすとしよう)
マヤリィから特別な任務と言われたことを思い出し、ルーリの口角が上がる。
(…ふふ。敵相手に『夢魔変化』を使う時が来たようだな)
ルーリは『飛行』しながら標的を見つけると、蠱惑的なエルフの姿に『変化』し、リスを傷付けた青年の前に立ちはだかるのだった。
そして、艶っぽいセクシーボイスで誘いかける。
「ねぇ、そこのお兄さん。ちょっとあたしの相手をしてくれない?」
「君、どこの子?すごい美人だなぁ」
『魅惑』魔術にかけられた青年は美しいエルフ(ルーリ)に声をかけられて嬉しそうだ。
もはや逃げることは不可能な夢魔の領域。
そこに足を踏み入れたことさえ気付かず、彼はルーリの肩を抱き、自分の家へと案内する。一妻多夫制を無視して、偶然出会った美人をベッドに連れ込む。
「ふっ…こんなに簡単だとは思わなかったよ」
気付けば、彼はルーリの長く尖った爪に突き刺され、身動きがとれなくなっていた。
「『サイレント』発動」
エルフに『変化』していたルーリは『サイレント』を発動すると、リスが受けた以上の苦痛を彼に与える為、サキュバスの本性を現した。
「痛いか?苦しいか?…お前がこれまでやってきたことの報いを受けるのはどんな気持ちなんだ?」
激しい苦痛を与えながら、ルーリは問いかける。しかし、彼には答える余裕などない。
「もう…勘弁して下さい……どうして…こんな……」
青年は泣きながら許しを請うが、ルーリは首を横に振る。
「言っておくが、これはただの前戯だ。お前を罰するのは私ではなく、流転の國の最高権力者。つまり、リスがお仕えしている偉大なる主様だ」
「リ、リス…!?」
その名を聞くと、青年は激しく動揺した。彼女が流転の國の主様直属の配下であることは聞いている。そんな彼女を自分がどんな風に扱ってきたかということも覚えている。
「楽に死ねると思うなよ?…まずはこの罪深い男の象徴に罰をくれてやる」
ルーリはそう言うと、サキュバスの本能のままに青年を弄んだ。
「き、気持ちいい……」
死刑宣告を受けた後なのに、物凄い快感が身体中を駆け巡る。青年は戸惑うことも忘れてサキュバスの海で溺れ、恍惚とした表情になる。
「ああ、もっと……」
ルーリはひとしきり青年を蕩けさせた後、唐突に彼のペニスを鋭い牙で切り裂いた。
周囲には『サイレント』がかけられている為、彼の叫び声は誰にも聞こえない。
「なかなかいい反応をしてくれる。お前の名は確か、アラタと言ったな?今から、流転の城に来てもらうぞ」
リスから聞いたその青年の名はアラタ。
痛みに悶え、転げ回りながら何かを訴えているが、ルーリには何も聞こえない。
「悪いが、お前の叫び声が聞こえないように『サイレント』を発動している。…アラタ、お前の言い分は後でゆっくり聞いてやるよ」
アラタは必死で痛みに耐えようとしている。その為、今自分が全裸で『拘束』されていることに気付いていない。
「…こんなに騒いでるようじゃ、城でも『サイレント』が必要かもしれないな。喉を潰すわけにもいかないだろうし」
ルーリはわざわざ彼に聞こえるように言う。
アラタは涙を流し、絶望の表情を浮かべ、それでもなお叫び声をあげている。
「…分かったよ。面白い顔を見せてくれたお礼に、このルーリ様のキスをやろう」
そう言って、ルーリは長く尖った爪を光らせてアラタの顔を引っ掴むと、牙を剥き出しにしたままその唇にキスをした。途端に、彼の顔から血が噴き出す。出血多量で死なない程度に、爪と牙を食い込ませたのだ。
「………………」
やがて、アラタは気を失った。痛みに耐え切れなくなったのだろう。
「やれやれ。やっと落ちたか」
ルーリはもっと早く城に連行するつもりだったが、思いの外アラタを戦闘不能にするまで時間がかかってしまった。
マヤリィの命令は、リスを傷付けた青年を『魅惑』で戦闘不能にしてからこの城に連れてくること。
つまり、目を覚ました瞬間、アラタは流転の國の主様と対面することになる。
「こいつをリスに見せてやりたいが、見せない方が良いんだろうな…」
ルーリはそう呟くと『変化』を解き、玉座の間ではなく第4会議室に『転移』するのだった。
…罪人を連れて行くのは、いつも決まって第4会議室である。
エルフの里の族長に別れを告げ、第4会議室で待機するマヤリィ。
主から許可を与えられ、嬉々として愚かなエルフを実験台にするネクロ。
そして、リスを傷付けた張本人アラタを流転の城に連行するルーリ。
バイオの境遇を聞いた時も然り、性犯罪者に対しては容赦なく罰を与えるマヤリィ様です。