流転の國 エルフの里⑥
エルフの里を訪ね、族長に主の言葉を伝えるネクロ。
しかし、危惧した通りの結果が待っていた…。
「流転の國の主様のお言葉は大変有り難いですが、我々には我々のやり方がございます。どうか、お帰り下さい」
計画通りにネクロがエルフの里の族長の元を訪れ、悪法を改正し皆が健やかに暮らせる里を作ってはどうかという流転の國の主の言葉を伝えたが、検討もされずに断られた。周りにいるエルフ達も族長の言葉に頷いている。
「お言葉ですが、今現在も苦しんでいる者がいるということをご存知ないのですか?」
今のエルフの里において、女性は子供を増やす道具であり、男の性欲を満たす玩具である。
「エルフの里を繁栄させる為には、次世代を担う子供達の存在が必要不可欠です。子孫繁栄を願えばこそ、私はこの人口増加政策を打ち出しました。何か間違っているでしょうか?」
結婚年齢の引き下げ。婚前交渉の推奨。一人の女性に対して四〜五人の男性をあてがう一妻多夫制。生殖能力のない女性に対する不妊治療の強制。そして、これらを拒否した者には罰が与えられるという。
「はい。これは紛れもなく悪法ですな」
「は?」
「子孫繁栄の為という大義名分を掲げて、その裏では女性を物のように扱い、苦しむ者達の声は無視する。倫理観が狂っているとしか思えませんが、女性を欲する貴方達にとって都合の良い法律であることは確かですね」
ネクロの言葉に、族長の周りにいるエルフ達が騒ぎ始める。ここには若い男しかいない。
「さっきから黙って聞いてれば勝手なことばかり言いやがって。流転の國の主様とやらはそんなに偉いのか?」
「女だって聞いたぜ。美人だったら抱いてやってもいいんだがなぁ」
「でも、人間だろ?やっぱ信用ならねぇな。…ていうか、お前はどうなんだ?魔術師さんよぉ」
そう言いながら、エルフの一人がネクロのローブに手をかけようとした瞬間、
「『流転の迅雷』」
殺人級の雷が落ちた。
「っ…!?」
直撃したエルフは即死。すぐ傍にいた者達は何が起きたか理解出来ず、その場に立ちすくむ。
「な、何者だ…!?」
族長は立ち上がり、突如として現れた謎の人物を見据える。
「私は流転の國の主様に仕える者。使者として参上した者の言葉を蔑ろにし、あろうことか主様を侮辱したお前達の発言を許すわけにはいかない」
『隠遁』のローブを身に纏い、声音も多少変えているが、目の前にいる謎の人物がルーリであることは明白だった。ネクロは小声で聞く。
「この場で殲滅することになったのですか?」
「いや…私はただついてきただけなんだが。そいつの暴言を聞いて、我慢出来ずに雷を落としてしまった。…計画外のことをしてしまい申し訳ございません、ご主人様」
ルーリは何もない空間に向かって頭を下げる。
すると、
「いいのよ、ルーリ。私の為に怒ってくれてありがとう」
そう言って現れたのは、流転の國の最高権力者マヤリィだった。
「初めまして、エルフの里の族長さん。私は流転の國の最高権力者マヤリィ。…改めて貴方の意向を確認したいのだけれど、私達の目指す國づくりには協力してもらえないということで合っているかしら?」
「…………!」
族長も周りのエルフ達も、まさか流転の國の主様ご本人が登場するとは思っていなかったので、驚いて口も利けないでいる。
「挨拶くらいして欲しいものね。なんとか言ったらどう?わざわざ貴方の為に来てあげたのよ?」
「お、お初にお目にかかります…」
族長がやっとの思いで声を出す。
世代交代したばかりとは聞いていたが、随分と若い族長である。周囲のエルフ達も彼とさほど変わらず、高校生の集まりみたいに見える。
「私が来たのは最終確認をする為よ。…もう一度だけ聞くわ。流転の國の方針に従い、誰も苦しむことのないエルフの里を作ってはいかが?」
マヤリィは穏やかな声で、微笑みを浮かべながら、族長にファイナルアンサーを求める。しかし、その目は笑っていない。
「る、流転の國の主様直々にお越し下さったことには感謝致します。でも、我々には我々のやり方がございます。貴女に従うつもりはありません。…お帰り下さい」
「そう…。残念ね」
頑なに悪法の改正を拒み、最後のチャンスを握り潰した族長に対し、マヤリィは憐憫の眼差しを向けたが、それも束の間。すぐに次の命令を下す。
《保護作戦を始めるわ、ネクロ》
《畏まりました》
マヤリィの命を受けて、ネクロはシャドーレに念話を送った。
《こちらネクロ。交渉は決裂致しました。速やかに女性達を保護して下され》
《こちらシャドーレにございます。…畏まりましたわ、ネクロ様。では、作戦の通りに》
こうして、エルフの里の運命は決まった。
ここにいる誰もが知らぬ間に、シャドーレ達による『エルフの民保護作戦』が始まった。
そして、まもなくここにいる誰もがマヤリィの言葉に従わなかったことを悔やむことになる…。
次回、最恐のネクロマンサーが降臨します。